⑭選択

「引退?」

「うん。地区大会、終わったら」

高総体が終わって五日後。その日の夕食時に、俺は蒼生から、部活を引退することを告げられた。

(意外…)

高総体での県準優勝、そして地区大会出場は、母校初の快挙だ。強豪校と肩を並べた今回の健闘ぶりは、見事としか言いようがない。そして、蒼生はその立役者と言っていいと思う。冬まで部活を続ける三年生もいると言うから、蒼生も残るのかと思っていた。

「…やめるとさ」

朱夏は苦々しげに言った。何が言いたげだが、それ以上何も言わないところを見ると、

(もう、あきらめた感じだな…)

そう感じる。

蒼生は、鼻の頭を掻きながら言った。

「バスケ自体はこれからも続ける。けど…他にもやりたいことがあるから…」

俺の方をちらりと見た。


帰り道。結局、初日から毎回、蒼生は俺に付き合っている。俺は自転車を押しながら歩き、自転車を挟んで蒼生が隣を歩く。そうやって歩くのにも随分慣れた。

並んで歩きながら

「…引退するんだな」

独り言みたいな俺の問いかけに、蒼生はあっさり頷く。

「うん。意外?」

「うん、まぁ…意外だとは思った…」

(…あれ?)

このやりとりには既視感がある。


ー蒼生、バスケやるんだ?

ーうん。意外だった?

ーうん、まぁ、意外だとは思った…


「あぁ、そっか…」

「?」

不思議そうな様子の蒼生に、

「いや、中学のときのこと思い出した…」

そう言って笑うと、蒼生はまた鼻の頭を掻いた。


「俺、バスケやる」

人見知りの蒼生がそう言い出した時、朱夏達家族は、ギリギリまで止めたらしい。

朱夏からその話を聞いていた俺は、たまたま遊びに行った時に、

「蒼生、バスケやるんだ?」

「うん。…意外だった?」

「うん、まぁ、意外だとは思った」

朱夏がバスケの話をしているときも、それほど興味がある様子はなかったから、突然言い出したように見えたから。

「けど、いいんじゃないか?蒼生がそう決めたんだろ?」

確か、そう言ったと思う。

特に深い意味はなかったけど、蒼生が決めたことにあれこれ言う気はなかった。

人見知りというか、慎重な蒼生が、ただその場の思い付きで決めたとも思えなかったし。


(今回も同じだ)

「部活を引退する」

と決めた蒼生には、蒼生なりの考えがあるんだろうと思う。なら、それに水を差すようなことをすることはない。

「意外だったけど…蒼生が、そう決めたんだろ?」

「侑李くん…」

「なら、俺はまた、応援するだけだ。…わっ!」

急に蒼生が立ち止まる。俺の自転車をハンドルを…ハンドルを持つ俺の手を掴んだ。自転車を止められ、俺も動きを止めざるを得ない。

「侑李くんは、いつもそう…」

「え?」

「侑李くんだけは、俺を否定しない」

「蒼生…」

蒼生が、俺を見つめてくる。その顔は泣きそうに歪んでいる。

(え、なんで?…この顔、どこかで…)

「…あのさ、『高総体終わったら』って言ったの、覚えてる?」

表情とは裏腹に、蒼生ははっきりした口調で言った。

「あ、ああ…」

「俺ね…」

一度下を向き、また、俺に視線を戻し、またじっと俺を見つめた。

「俺…侑李くんが、好きだ」



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