⑫距離
自転車を押しながら帰り道を歩く。自転車を挟んで、隣を蒼生が歩いている。蒼生が言った。
「なんか、楽しかった」
「うん、俺も」
楽しかった。大学に入ってからの二年、新山家を訪れたのは片手で数えるほど。最後に訪れたのは二ヶ月前。
「晩ご飯、ありがと。めちゃくちゃおいしかった」
「あはは、褒めすぎ」
「俺、はじめて食べた。侑李くんのご飯」
「そうだっけ?」
「兄貴はよく自慢してたけど」
「朱夏、俺の弁当よく盗み食いしてたからなぁ。そういや、今日も久しぶりにやられた」
「兄貴、意地汚い…」
「なあ?」
二人で笑い合う。そんな「友達同士のやりとり」が心地良い。
今日は、思った以上に楽しかった。久し振りに会う蒼生とも自然に話すことができていた。
(やっぱり、好きなんだよなぁ…)
蒼生への思いは確信たし、あの日の苦い思い出がよみがえって不安にもなったのに。今、こうして二人で歩いていても、不思議と気持ちは落ち着いている。
少し会えない期間があって、気持ちの整理がついたのか、
(単に開き直ったのかも…)
「兄貴、盗み食いだったのか…。『唐揚げ、マジで俺好み』とか言ってて」
「『俺好み』…よくある味付けだと思うけど」
朱夏が、そんなに俺の唐揚げを気に入っていたとは知らなかった。
「…兄貴ずるい、って思ってた」
蒼生がそう言うので、
「じゃ、明日、唐揚げにする」
「え?明日?」
「うん」
「明日も?…マジで嬉しい」
「蒼生も好きなんだな、唐揚げ」
「あ、いや…っていうか…うん、好き」
蒼生は鼻の頭をかいた。
(あ、それ)
恥ずかしいとか、居たたまれないとか、そわそわしている時にやるやつだ。
(恥ずかしい?ま、子どもが好きなメニューだしな)
俺はくすっと笑ってしまった。
「その癖変わんないな~、蒼生」
くすくすと笑いがこみ上げてくる。
「そんなに図体もおっきくなって、バスケやってる時なんか、すごくかっこいいのに…」
こみ上げる笑いを抑えながら、蒼生を見ると、惚けたような表情で俺を見ていた。
「ん?」
「あ、いや…」
初めて出会った頃から今までの蒼生の姿を思い出す。部活や試合を見る機会はほとんどなかったけど、高校時代の、バスケ部の紅白戦はよく覚えている。
たかだか練習終わりの紅白戦だというのに、「新山兄弟が対決するんだって」と、かなりの数の生徒が観戦にきていて、ギャラリーはいっぱいだった。
ハーフゲーム、後半残り三秒、蒼生が放ったボールは、綺麗な放物線を描き、ザンッと小気味良い音を立て、ゴールに吸い込まれた。次の瞬間、試合終了のブザーが鳴った。逆転のスリーポイントシュートだった。
「…久し振りに見たいな、蒼生のシュート」
「あ、そう言えば、来週、高総体なんだ」
「ああ、そんな時期か」
「うん」
「…見に行こうかな」
「え?ほんと?!」
蒼生の顔がパッと明るくなる。
「うん。会場とか、試合時間とか、あとで教えて」
「分かった」
その後も、取りとめない話をしながら歩いているうちに、俺のアパートが見えてきた。
「そこだよ。そのグレーっぽい壁の二階建て」
「思ったより近かった」
アパート前の駐輪場に、自転車を置く。
「送ってくれてありがと、蒼生」
「うん」
「けど、大丈夫だって分かっただろ?大通りに面してるし、近くにコンビニとかもあって、周辺明るいから」
「ん…けど…」
「今は高総体に集中しろって」
俺は笑いかけた。
「試合でかっこいいとこ見せてくれるんだろ?」
「…うん。頑張る。あのさ、高総体終わったら、俺と…」
「ん?」
「あ~、やっぱいいや」
「え、気になる」
「高総体終わった時に言う」
「…そっか」
「うん。じゃ、おやすみ、侑李くん。戸締まりしてね」
「はは、心配しすぎ。蒼生も気を付けてな。おやすみ」
蒼生は、来た方向に走り出す。ランニングがてら帰るのだろう。一度こちらを向いて手を振ると、あっという間に見えなくなった。
俺はアパートの階段を上り、自分の部屋へと帰る。
まだ新しい、シンプルな家具や家電で統一された部屋。最近「俺の家」と自然に思えるようになったばかりだ。
「ただいま」
もちろん返事はない。それが少し切ない。今まで気にしていなかったけど…気づかない振りをしていたけど、今日は「一人なんだな」と実感してしまったのだった。
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