⑪一人暮らし

「え?!婿入り?」

「いつの間に?」

朱夏と蒼生が驚きの声を上げた。

「入籍はまだだけどね」

「侑李くん、…名字変わるの?」

「いや、俺は『小鳥遊』まま」

父親が結婚した。男手ひとつで俺をここまで育ててくれた人。

「養子縁組とかはしないんだ」

俺が家事を一通りこなせるのは、必要に迫られていたから。料理だって家事のうちのひとつだ。

アパートの管理人から、そろそろ更新時期だという連絡があった時、いい機会だと思った。

(そろそろあの人自身の幸せを優先させていい)

そう思った。

今まで二人で暮らしていたアパートは引き払い、父親は交際相手のマンションに引っ越した。俺も運良く理想のアパートを見つけて、現在は一人暮らし。

父親の交際相手は、我が家の事情も良く理解した上で「一緒になりたい」と言ってくれた人だから、安心して任せられる。

蒼生が、

「寂しくない?」

と聞いてきた。

「うーん、それほどは」

少し心配そうな表情の蒼生には悪いが、本当にそれほど寂しさは感じていない。

「結構、頻繁にメッセージ入ってるんだよね~…」

(愚痴、と見せかけて、これは惚気だよな…)

というメッセージが、交際相手と父親、それぞれから入っている。全部読むのがめんどうなくらいに。

「ちょっと、朱夏達の気持ちが分かった…」

遠い目をしてしまう。

「おぉ…」

「あ~…」

常々両親に仲良しっぷりを見せつけられていた朱夏と蒼生は「メッセージ」の内容を察したらしく、顔を見合わせて苦笑している。

(良かった、早々に別居して)

と、俺は割と本気で思っている。

「っと、もうこんな時間」

時計を見ると、すでに九時を過ぎている。

「じゃ、そろそろ帰る」

「遅くなっちまったな、悪い」

「俺、送る。兄貴、これ貸して」

蒼生が、ソファの背もたれにかかったままの、朱夏の上着を手にした。

「おう」

「え?」

当たり前のような兄弟のやり取りに、少し驚く。

「いや、大丈夫だよ?自転車だし」

ここからアパートまでは、自転車で十分もかからない。歩きでも三十分くらいで着く。父親と住んでいたところよりも、かなり新山家と近くなって、行き来しやすくなった。

(住宅街だし)

しかし朱夏が、いつになく真剣な顔で、力強く言った。

「侑李は、そろそろ危機感を持て」

朱夏の言葉に蒼生もこくっと頷く。

(なんだよ、危機感て…)

「いこ、侑李くん」

「お、え?うん、じゃ…」

俺と蒼生は新山家を後にした。


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