番外 悪夢 ~蒼生side~

中学で伸び始めた身長は、気がついたら侑李くんを追い越して、三年になる頃には、その差はだいぶ開いていた。

少し高い位置から見た侑李くんにドキっとする。

(まつげ、長いんだな…)

伏せた目にかかる睫毛。それがとても…。

「蒼生?」

視線に気付き、俺の顔を不思議そうに見上げる、その上目遣い、うっすらと開いた唇。

「そう言えばさ、また伸びた?今、どんくらい?」

「あ~、百八十一、かな…?」

「え!?そんな!?」

俺の前に回り込み、目線を合わせようと背伸びをする。そういった姿も全部、全部、とても…。思わず言ってしまった。

「侑李くんは、可愛いね」

心からそう思った。


侑李くんは、一瞬目を見開いて、それから…泣いた。睫毛が、白い頰が濡れていた。


その後から、口を聞いてくれなくなった。目を合わせてくれなくなった。侑李くんが名前を呼んでくれない。

(俺が泣かせた…嫌われたかも…。…え?イヤだ…)

そう思ったら、辛くて、苦しくて…怖かった。

(イヤだイヤだ!嫌われたくない…!俺、俺は…ああ、俺、侑李くんが…好きだ)

好きだから、侑李くんが可愛い。好きだから、今ものすごく辛い。

このままでいたくない。

(…ちゃんと謝ろう。けど、許してくれなかったら…。もう、名前を呼んでくれなかったら…そんなのイヤだ…!)


兄貴が、高総体で注目されはじめた。

そんな兄貴の出身中学で、弟もバスケをしている、と知られると、時々知らない人に声をかけられるようになった。遠巻きに何か言われている程度ならまだいい。数人に取り囲まれる、なんてこともあった。

「新山蒼生くんですよね?」

「あ、蒼生くんだ」

「蒼生くん!応援してるよ」

…誰?あんた達。俺はあんた達なんか知らない。やめてよ。馴れ馴れしく呼ばないで。

俺が名前を呼んでほしいのは、あんた達じゃない。


「…い、蒼生!」

「あ…」

好きな声。好きな顔。

(そんな顔、しないで…)

俺を覗き込むきれいな顔が、心配気に歪んでいる。

「…侑李…く」

「大丈夫?うなされてた」

「う、ん…」

全身が少し汗ばんでいる。

「水、持ってくる」

侑李くんがベッドから出ていった。俺も体を起こして、額の汗を拭う。

(なんか、久しぶりに見た、あの夢…)

「はい」

ペットボトルと、タオルが差し出される。

「ありがと…」

顔や首をタオルで拭く。俺が水を一気に飲む。その様子を見ていた侑李くんが、一度ため息をついてから、隣に座った。俺の肩に寄りかかって、頭を預ける。侑李くんの髪が頬に当たってくすぐったい。最近は、こうやって自分から触れてきてくれる。それが嬉しい。

「…根詰めすぎなんじゃないの?勉強」

侑李くんがボソッと呟く。今日は、勉強を見てもらって、そのまま、侑李くん家に泊まったんだった。                                     

「侑李くん…」

「そこまでしなくても、蒼生、ちゃんとできて…」

気遣わしげな上目使いが可愛い。俺は思わず抱き締めてしまう。汗ばんだ後の少し冷えた体に、侑李くんの体温が心地良い。

「心配してくれて、ありがと」

額にチュッとキスする。

「あ、こら蒼生」

俺の名前を呼ぶ、大好きな人は、少し怒ったように顔を背けた。

「人が真面目に…ん、ちょ、ん、こら、ん、んん!」

俺はちゅっ、ちゅっ、と唇に軽いキスを繰り返し、ちゅうっと深く口づけて、また侑李くんを抱きしめた。俺の腕の中にすっぽり収まってしまうサイズ感がほんとに可愛い。

「ん、蒼、生ってば!…あお…んん」

名前を呼ばれるのが嬉しいのに、呼ばれるとキスしたくなる。

「はあ…っ」

唇が離れた瞬間、侑李くんが大きく息をする。「も~…」

と、呆れたように目を伏せてから、顔を上げて俺の顔を覗き込んでくる。

(ほんと、可愛いなあ…)

その瞳に見とれながら、

「…ずっと、大事にするね」

「え?あお…んふっ」

侑李くんが何か言いかけたけど、見開いた目が可愛すぎるのでまたキスしてしまった。

繰り返されるやり取りに、侑李くんも諦めた様子で、少し口を開いて俺の舌を受け止めてくれた。

(大事にするね…)

蒼生くんが名前を呼んでくれる。

そのしあわせが、ずっとずっと続くように。







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