⑥自覚
「異世界転生もの」のマンガや小説で埋めつくされている、朱夏の本棚。
何気なく、その中の一冊を手に取る。
表紙を見て、
「イケメン」
と、つぶやく。
(なんか、蒼生に似てる…)
と、思う。
(BLだ、これ…)
と、察する。
ここにBL作品があったことはちょっと意外だった。そう言う俺も、タイトルと表紙から、そうだと予想できるくらいには、結構読んでいる。
(「異世界転生もの」だしな…)
そんなことを考えながら、ページをめくる。
所々で、蒼生の面影がちらついて、読むのを何度も中断してしまい、ストーリーが全然頭に入ってこなかった。
蒼生に似た攻略対象が主人公に「綺麗だ」「可愛い」と囁く場面では、やたらと胸がチクリとしてしまう。
(だめだ、集中できない…)
俺は読むのを諦め、本を閉じた。
「やっぱり、好きなんだよなぁ…」
口にして、自分の女々しさに苦笑いする。
俺の初恋はすでに終わっている。
誰も知らない、俺自身、終わりを迎える直前まで気づいていなかった思い。
ーこれ、何て読むの?
ー「たかなし」だよ
ーゆうりくんの名字?「ことりあそび」で「たかなし」?
ー読めないだろ?「鷹がいないと小鳥達が自由に飛び回れる」とかなんとか…
ーへ~!
ーそんな名字、わりとあるよ。例えば~…
ー面白い!ゆうりくん、物知り!
そんなやり取りを思い出す。
仲良くなってからの蒼生は、ずいぶんとよく喋った。
朱夏が、「侑李と話すようになって、ずいぶん人見知りもましになった」
と言っていた。
いつの間にか、初対面の時のようなおどおどした雰囲気はなくなって、蒼生はいつも顔を上げているようになった。
蒼生も中学生になってから、バスケットボールを始めた。体も大きくなって、いつの間にか背も追い越されていた。
朱夏みたいな大胆さはないけど、蒼生も堅実なプレーヤーとして開花した。
相手から視線を逸らさず、常に前を、上を向いている蒼生は、文句なしにかっこよかった。
人見知りの子が、自分には懐いてくれた。自分が、その子が変わるきっかけになったのかもしれない。
そんな風に思った。はじめはちょっとした優越感だったと思う。
いつからだろう?蒼生の整った顔を見るたび、視線が合うたびに、なぜか落ちつかない気持ちになったのは。
それが「恋心」だと気づかないまま、数年経ち、高校生になってからも、俺は時々、新山家を訪れていた。新山家から駅までの道を「途中まで一緒に行こ。俺、コンビニに行きたいから」と、蒼生がついてくる。その日の帰り道も蒼生が一緒だった。
「…侑李くんは、可愛いね」
直前まで何を話していたかは忘れた。
そう言って蒼生が笑った。
けど、蒼生の言葉を聞いた時、笑顔を見た時、唐突に自覚してしまった。
からかわれたのかもしれない。それでも、「可愛いね」の言葉が、とても嬉しくて。
(あ、俺…蒼生のことが好きだ…)
そう思った。気持ちが溢れて止まらなくて、なんだか、呼吸が上手くできない。
「侑李くん?!」
蒼生がぎょっとした。
「だ、大丈夫?!どっか痛い?」
「え?あ…」
俺は泣いていた。
「侑李く…あっ!」
肩に触れそうになった蒼生の手を思わず振り払って、
「あ、ごめ…。おま…急に『可愛い』とか…俺…」
支離滅裂だったと思う。
「え?…侑李くん、あのさ、俺……あ、侑李くん!」
蒼生が何か言いかけてたけど、俺は自分の気持ちも、涙を見られたことも恥ずかしくて、最後まで聞けなかった。そのまま蒼生をおいて、家まで逃げるようにして帰った。
そして、それからしばらく、蒼生のことを避けて過ごした。まともに顔を見られなかったし、何を話せば言いか分からなかったから。
何日かして、蒼生から「嫌な思いさせてごめん…」と謝られるまで。
目の前で項垂れる蒼生を見て、
(あの頃の蒼生みたいだな…こんなにおっきいのに)
なんて、どこか他人事みたいに始めて会った頃を思い出しながら、
(やっぱり、からかわれたのか…)
と、空しさとか、悲しみとかで一杯になった。
(けど、「なかったことにする」なら、今か…)
俺の気持ちも、あの日の二人のやりとりも。
蒼生が、「侑李くんを怒らせた」と思っているなら、そういうことにしておこう。
「もう、二度と言うなよ…」
自分で言っておいて、じわりと涙がにじんだ。下を向く。下を向けば、蒼生から俺の顔は見えないから。
「うん、ごめん!ホントにごめん!」
顔が見えない蒼生の声からは焦った様子だけ、伝わってくる。
「ゴメン…もう言わないよ。だから……」
そして、俺たちはまた「友達」に戻った。
(あの時、蒼生、何て言ったんだっけ?)
感傷に浸っていると、
「ただいま」
玄関の開く音と、久しぶりに聞く声に心臓が跳ねた。
蒼生が帰ってきた。
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