⑲その先
地区大会の蒼生たちは、一回戦、二回戦と勝ち進んだものの、残念ながら三回戦敗退となった。
とは言え、各県の上位チームが競合する大きな大会で二勝したことは、県大会二位に続く、母校初の快挙だった。
決定率の高いスリーポイントシュートで活躍した蒼生も注目され、大会中と直後には取材も受けたようで、地方紙には、何度も母校の記事が掲載されていた。
中学の時に人見知りを悪化させて以来、取材などには消極的な蒼生だったが、「チームメイトが一緒なら…」という条件付きでちゃんと応じたらしい。その精神的な成長が感慨深かった。
大会後は部活を引退するということもあって、大会終了後の取材は、学校や監督を通じて全部断っているみたいだけど、街中で知らない人から声を掛けられることが「また増えた」と、蒼生はうんざりしていた。
土曜日の午後、俺は、いつもより大分早い時間に新山家を訪れた。
そして、気分が滅入っている様子の蒼生を、俺から誘ってみる。
「…いいの?」
「うん…一緒にやろ」
俺のやり方でしかないけど、それでちょっとでも気が紛れればいいと思ったから。
「こう、こんな感じで握って…こう押さえて…」
「すごい…侑李くん」
蒼生が、「信じられない」という表情で俺の手を見ている。
俺達は今、二人でキッチンに立っている。夕御飯作りの真っ最中だ。今日のメニューはカレーライスとコールスローサラダ。
「ホントに上手…」
蒼生は、うっとりとした声をあげる。千切りされていくキャベツやニンジンを見て、感心しているみたいだ。今日のはコールスローサラダにするから、千切りとは言ってもそこまで細くない。
(今度はもっと細く切ってみせよう)
褒められて、俺は気分をよくしていた。
塩揉みして水切りしたあと、ツナ缶やコーンなんか加えてドレッシングで和える。俺のレシピはちょっぴり胡椒と砂糖も加える。
「少し休ませる。味、馴染むから…」
ラップをしたコールスローサラダのボウルを冷蔵庫にしまうと、俺は蒼生に向き直った。
「次は蒼生の番」
「うん、やってみる」
カレーのジャガイモやニンジン、たまねぎの下処理を「少しくらい時間がかかってもいいから」と蒼生に任せてみる。
ピーラーも包丁も「一年の時の家庭科以来」という蒼生だったが、思ったよりも上手に扱っていた。
「全部切った!」
「おつかれ。お、上手~」
少々不揃いな野菜を見せてくる蒼生を、褒めると、すごく得意気な顔になった。
(良かった…)
夕飯作りに誘って正解だったと思う。
俺は、料理がいい気分転換になる。はじめたばかりの頃は「必要なこと」だからやっていたけど、今では実益を兼ねた趣味になっている。ちょっと嫌なことがあったときも、料理をしているうちに忘れてしまい、いつの間にか気分が晴れている、なんてことも多い。蒼生も今は、あの煩わしさを忘れているみたいだった。
「じゃ、炒めよう」
今日のカレーは、アレンジは加えず、カレールーの箱に書かれているレシピ通りに作ることにした。
ルーを使うなら、火加減と水加減さえちゃんとできれば、カレー作りを失敗することはまずないと思う。
出来上がったカレーを見て、嬉しそうにニコニコしている蒼生を、使った調理器具を洗いながら、横目で見る。
(ふふ、なんか可愛い…)
そう思った。思ってから、
(え?「可愛い」?)
隣の蒼生を見直す。自分よりガタイのいい男子高校生に向かって「可愛い」と思ってしまったことに、俺は自分で少し驚いた。でもすぐ、
(あぁ、そっか…)
と、急に腑に落ちた。
蒼生が時々、俺に向かって「可愛い」と言う気持ちが、ちょっと分かった気がした。
野菜を切って得意顔の蒼生、真剣に鍋をみている蒼生、その姿に「愛おしい」とか「好き」とか、そういう気持ちが溢れたら、自然と「可愛い」という言葉が出てきた。
(きっと、蒼生もおんなじような気持ちで、…!愛おしい、って!)
俺は、自分の心の声の図々しさに赤面し、泡だらけになった自分の手を見ながら肩をすくめた。
「どうしたの?」
「わっ…!」
背後から、そっと抱き締められ、びくっとなる。完全に不意打ちだった。
「ちょっ…、蒼生…」
抵抗できない俺に遠慮することなく、蒼生は抱き締める腕に力を込めていく。
肩に蒼生の額が乗った。
「…ありがと」
「え?な、なにが?」
「気分転換、させてくれたんでしょ?」
くぐもった声と、背中に伝わる体温。
(可愛い…)
どうしようもないほどの愛おしさが込み上げる。俺は蒼生に頭を寄せた。
「気分転換に、なった…?」
「うん…」
蒼生が顔をあげた。目と目があって、どちらからともなく唇を重ねる。それが離れたとき、蒼生は水道を出して、俺の手を綺麗に流すと、その手を引いた。
「俺の部屋、行こ…」
俺は、ただ、それに従った。
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