メイドが欲しいって言ったじゃん?

あかね

第1話


 性悪な悪魔の友人がいる。リアルに悪魔である。なお、私は竜のその末裔。神社に祭られてる。昔からそこにいてきっと未来もそこにいる予定だ。

 ただ神社のあった土地も開発の波に流されて、現在の神社と言えばビルの屋上に小っちゃく存在している状態だ。一応、ビルの上層エリアはいただき、他人に貸して優雅な生活をしている。

 神社から近くの2LDK+倉庫付きという物件で一人暮らしをしていたのだが、それも10年もして飽きた。日常に飽きた。

 買い物にいくどころか買うものを考えるのも嫌だ。毎日同じTシャツと半ズボンで生きていきたい。靴下と靴は外に出るときだけ履くから選ぶほどでもないけど、サンダル、ノー靴下でもいいじゃない。

 という結果、友人曰く、なんか、同じものが山ほど出てくる家ができた。なんだか悪夢めいてるよなと感心していた。

 そのうえツートンカラーの家で住人らしい。言われてみれば髪も黒く、目も黒く、肌はそれなりに白い。外に出てないから。本来は緑なんだが、緑の人いないしと言えば、ペンギン? でも名乗るとか言われた。なんだそのすみっこ生物と同じ認定。


 ……それはいいや。自分探しの旅に放浪したくなる。今問題なのは一人暮らしには飽き、だからといって誰かと何かするのも面倒。

 ということを愚痴ったら面倒そうに、じゃあ、うちのメイド貸すよと気軽に言われて、来たのが今。


 ピンポーンと呼び鈴が鳴ったので、はいはーいと機嫌よく玄関を開けて、固まった。


「どうも、主の紹介できました。メイドです」


 そいつは平然とした顔で言いだした。


「めいどぉ?」


 メイド服着てりゃメイドじゃねぇんだよと即電話した。魔法より電波のほうがつながりがいい。


「ふざけんな、なんだあの痴女? いや、女ですらないけど、クラシカルでもないどころか腹出しメイド服! ミニスカの足がきれいだな、おい」


 ついでに腹出しなので腹筋が割れてた。

 なんか無駄にいい体の男! 顔はほどほど。


「そうだろ。うちのエースだ」


「ちげぇよ、なんで、女の子でもなく、清楚な少年でもないんだよ。お前のところお城だろ」


「お屋敷ではあるが、城ではないな」


「なんで、こんな、イロモノだしてくんの!」


「意外といいやつだよ。それに人を見た目で判断するのはどうかな」


「……ぐぬぬ」


「役に立つから使えばいいよ。給料はしばらくこっち持ちにしてあげる。

 ははは、良い友だろう?」


「はぁ……」


 金にうるさい悪友が払うと言うということは帰れとかチェンジは聞かないということだ。返しでもしたらこいつがひどい目にあう。

 そして、それはちょっとと思う私の気質を見越しての対応である。


「はらがたつなぁっ」


「あははは」


 笑いながら電話をかってに切りやがった。

 この愉快犯がっ! 信用できると思ったのが間違いだった。ぐおーっと頭を掻きむしりたい衝動を抑えて抑えて。


「お邪魔してもよろしいでしょうか」


 そんな私にあくまで丁寧に彼は尋ねてきた。目の前で暴言の限りを尽くした私に対して全く何にも思ってなさそうではある。

 さすが悪友のところのメイド。……メイド。ゲシュタルト崩壊しそうだな。メイド。


「どうぞ。お入りください」


 普通の挨拶のようで、これは儀式だ。私の部屋は一種の神域で普通には入れない。入れたとしても同じ層ではない場所につながってしまう。

 友人にきちんと言い含められてきたんだろう。


 きちんと靴を揃えて……。そこは厚底ブーツじゃないのか。普通のスニーカーと短い靴下だぞ。しかも白。汚れなしの下ろしたて感あり。

 どこの引越し屋だ。


「腐海と聞いていたんですが、普通ですね」


「そっちは格納してある」


 おそらく、彼は腐海の意味を理解してない。人が来るのに薄い本を出しっぱなしにするほどではない。

 怪訝そうに私を見つめた後、ああ、そういうのと納得されてしまった。


「では、ひとまずお掃除から始めさせていただきます」


「鱗とか落ちてたら拾っといて。お守りに入れるとご利益があるとかいうんだよね。年始に売るから」


「……畏まりました」


 真面目そうな顔して、笑いをこらえていたのわかったぞ。


「そういえば呼び名は?」


「主様にはひとまずエースと言われています」


「どういう方面のエースよ?」


「いちばんめ。俺より前のものはもういないので序列が上がった結果でしょう。

 最近、立て続けにおめでたい話があり、嫁と婿に行かれました」


「不幸な方のいなくなり方でなくてよかったよ。

 そうだな。壱矢(いちや)でいこう。壱矢。家事に関する権限を共有することを許す。ほかのことは必要になったら都度だな」


 私一人でいる分には困らない部屋だが、ほかに誰かいると色々障害がある。客人なら客人モードがあるんだが、掃除ともなるとまた別。位置を変えたり、捨てたりする必要がある。そんなものにすら、私に所有権がくっついている。

 一々認可を求めないと元に戻る面倒な仕様だ。


 最初は面倒がないと思ったんだよ。勝手に戻るし。でも、無意識にゴミ箱に捨てたものがそこに戻ってるとか最初ホラーかと思った。

 リモコン消息不明と新聞捨てても戻ってくるのを天秤にかけて、リモコンを取ったので現在もそのままだ。チラシも戻ってくるの本気で面倒だが、家でリモコン無くして困ったから。なぜ、物がないのに行方不明になるのか……。

 天才だなとバカにされたけど、なにもかも人にやらせているやつに言われたくはない。


「ところで、着替えは」


「できません」


「なぜ」


 我がコスプレコレクションがうなりをあげるぞ。強風の強い日に着る感じの衣装とかどうだ! と口からこぼれる前にチャック出来てよかった。

 仮のご主人様としての威厳というやつが、元々ないのが大暴落だ。


「主との賭けに負けて罰ゲーム中です」


「そんなの貸してくんなよ……」


 あの悪魔、時々しょうもないことするから。つまりは、罰ゲームが終わるまでこれを見てるのか、私。

 ……うん。寝よ。

 視界に入らなければいい。部屋の主が逃げるのもどうかと思うけど、掃除してほしいし。お世話されたい。ただし、まともなメイドに。


 ……まじまじ見るとなんか変な扉がばぁんと開きそうな気がしてきた。

 そもそも、女装には耐性が……。いやいやそうでもなく。


「寝る。ごはんは冷蔵庫にある食材で、うどんがいい。シンプルなかき揚げ。かき揚げの冷凍があったはず」


「承知しました。おやすみなさい」


「……おやすみ」


 誰かにお休みなんて言うのどのくらいぶりだろうか。それよりお昼寝はおやすみなさいでいいのだろうか。首をかしげながら寝室に立てこもることにした。

 そこから数時間後、扉を叩かれる音で目が覚めた。


「五回ほど起こしに来ましたが、お目覚めになりませんでした」


 厳かに告げられた現実。


「うどんが伸びてる……」


「こんなこともあろうかと起こしてからゆでるつもりでした」


「えらい」


 褒めたら戸惑ったように視線がうろうろしている。うむ?

 ちょっと疑問に思ったもののうどんの出汁のいい匂いに興味がそれた。


「はやく食べよう」


「準備します」


「うん」


「……なぜついてくるのですか?」


「二人で食べるなら準備は二人でしたほうが早い、あれ? 先に食べた?」


「いいえ。後ほどいただこうかと思っていました」


「一緒に食べよう。久しぶりだな、誰かとなんか食べるの」


「ええと俺、メイド」


「ご主人様は私。つまり、私の命令は絶対なのである」


「……はぁ。そういうなら、ご相伴にあずかります」


「うむ、苦しゅうない」


 なんだこいつという顔で見られた気がする。悪友、使用人は使用人なのでという扱いするからなぁ。根本的に思想が違う。なのになんで長い長い付き合いをしているのかは謎だ。やはり腐海が。

 ……いや、この話は突き詰めていくと揉める。


 とりあえず、うどんは食べた。かき揚げはあったけど、追加で野菜と白身魚がいた。海苔なんてあげちゃうの!?と感動してたら、追加で作ってくれた。いいやつだ。

 ご飯で絆されるのもなんかお手軽だが、一人暮らしが長いと誰かが作ってくれるご飯に感動するんだ。外食とは違うカスタムな感じがいい。


「鍋食べたい」


「買い物行ってきます」


「その格好で?」


「上着くらい羽織ります」


「……ネットスーパーというものがあってね」


 着替えるだのという話は不毛そうな気配が漂ったので、作戦を切り替えた。ネットの恩恵ばんざい。

 意外に色々うとい彼にあれこれ教え込むのはちょっと楽しかった。


 しかし、そんな感じでダラダラと一年ぐらい暮らすことになるとは思わなかったわけである。

 さらに一年が過ぎて。


「うちにそろそろ返して」


 と言いだしたので、きっぱり断ってやった。


「やだ。うちの婿にする、そう決めた」


「えぇ? 人の子はすぐに死ぬよ」


「わははは。邪竜よ、呪われし血を捧げるのだ」


「……マジ?」


 問い返されて返事をしなかった私に思うところがあったのか、赤い液体入りの小瓶をよこした。

 流血の喧嘩はここしばらくしていなかったので、しても良かったんだけど。


「妙に血の気が多いのなんでだろ。

 ま、アドバイスがきいたかな」


「なに言ったの?」


「なんか、腹筋とか好き」


「あってる」


「メイドも好き」


「もちろん」


「合体」


「……悪魔合体させないで。普通のメイドか執事でよかった」


 が、それだとすぐに返却していたような気もする。外に出してはならぬと内にこもりがちにもならなかったような……。


「まあ、いいじゃないか。

 仲良く暮らしたまえよ」


「そっちもな」


「……ばれてた?」


 ばつの悪そうな顔をしているが、うちの巫女にちょっかいを出してい事は知っている。ハーレムかと言わんばかりに侍らせていたのを減らすところがもうすでに怪しかったんだ。


「仲良く暮らしたまえよ」


 同じ言葉を送って、それでおしまいにした。はめられたのかなと思わなくもないが、結果が良ければすべてよし。


 こうして私は飽き飽きしていた一人の暮らしを捨てることにした。

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メイドが欲しいって言ったじゃん? あかね @akane_haku

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