第5話

単純に値段しか知らなかった私は、どれだけ立派な墓なのか、期待していた。それが共同墓地だったとは。石碑に刻まれている人数から考えると、母のスペースなど、ハムスターのねぐらよりも小さくせせこましい空間しか無いだろう。

 私はその事実を前に崩れ落ちた。

「どうする? 納骨していく? ま、あんたが謝礼を出せる価値がある、ってんなら、だけど」

 時間と金を掛けて、場所を突き止めた労力と、どうしょうもない骨の廃棄、照りつける太陽の熱さと、言い知れぬ絶望を、五〇万円で引き取ってくれるなら安いかもしれない。ついでに、この記憶も消してくれたら、尚良しだ。

 だが、そんな力がここにあるわけがないと、残った正気で首を横に振った。

「そりゃ、出せねぇよな……」

 明美さんは、不安で膨らんだ私の風船を割り、石碑の近くの土を手で掘り始めた。

「あんたのおかぁま、ここに墓を買ったんだに? 納骨する権利はあるだに。さ、それよこしな」

「えっ、でも、納骨は……」

「ワタシは『映写技師』だに。納骨は『師』ならできると、受付のネーチャンも言ってただに。ワタシなら、謝礼はダータよ! ほら、今なら誰も見てないし!」

 破綻しかない理論だが、突っ込む余裕はなく、私は恐る恐る鞄から骨壺が入った木箱を取り出した。手のひらサイズの母の残滓は、誂えたようにすっぽりと土に収まる。

「お、ちょうどいいあんばいだね」

 明美さんと一緒に土をかけた。手のひらが真っ黒になって、服にも土がついて不愉快極まりない。なのに明美さんはケタケタと笑っていた。私は骨を持ち帰らずに済んだことに、ただただ、安心して泣いた。

 帰り道、カーステレオから流れるFM放送に、聞き覚えのある曲が流れてきた。

(あ、映画の主題歌だ……)

 骨壺を捨ててスカスカになった鞄から、先ほど買った映画のグッズを出した。

 壮年の女性が付けるにはチャチすぎるキャラクターのモチーフが付いたメッキのブレスレット、ロゴマークのついたハンカチ、お風呂にも貼れるプスチック素材のミニポスター、登場人物のアクリルスタンド、キーホルダー、ぬいぐるみ、その他諸々。総額は母の墓代の足元にも及ばないが、やはり自分以外が見ると無価値どころか、ゴミ以下なのだろう。

「さて、晩飯を食うか。後でホテルまで送るっぺ」

 と、映画館に戻り、明美さんはシャッターを下ろすと、店番のおじぃまも連れて、近所の小料理屋に連れて行ってくれた。愛想の良い板前さんとおかみさんの後ろには、あの教祖の写真を掲げた小さな祭壇があった。信者でない明美さんはこの店に来てもいいのか、と聞くと、「末端の信者は良い人ばかりずら」と笑った。 

 テーブルに並んだのは、郷土料理だ。

 多少やり過ぎ感のありすぎるピーマン料理の数々に面食らい、納豆やら、あん肝やらが並ぶ。どれもこれも美味しいが、好き嫌いの激しい母が苦手とするものばかりだ。それにガンガンに酒を飲む明美さんとおじいさんを見ていると、酒に弱い母はあの世でここの人たちと付き合いができるのだろうかと心配になる。

 また、おじーに至っては訛りがキツすぎて半分も聞き取れず、話を振られても愛想笑いするしかなかった。まあ、母は私たちを捨ててまで墓を買ってここに骨を埋める覚悟だったのだから、死後のライフをエンジョイして欲しい。

 結局、明美さんもおじぃまも酔い潰れて、車を運転できず、その日の宿を当日キャンセル。映画館(※明美さんち)で泊まった。明美さんが酔っ払った勢いで、上映ボタンをポチっとなしてくれたおかげで、もう一度、映画を見ることが出来た。

 この映画はいろんなモノを浄化してくれる。きっと、昼間に見かけた人たちも、謎の悪趣味像に同じ想いを抱いていたのだろう。

 たぶん、私は、あの人達と大差ない。

 たぶん、あの人たちから見た私は、気持ち悪いのだろう。

 類は類でも友にはなれないな、と、わけのわからないことを考えながら、寝落ちしてしまった。

 翌朝、あれだけ飲んでいたにも関わらず、明美さんはキリッとしていた。私は二日酔いで頭が重いまま、明美さんの車に揺られて、帰りのバス停に送ってもらう。

「やー、昨日はゴメンなー」

「いえいえ、楽しかったですよ。映画、二回も観れたし!」

「そこ? そこが重要? ま、墓参りに来るなら、いつでも--」

「墓参りか……」

 私は続く言葉を声に出すことができなかった。

(あんなところに入ってる母に会いに行くなんてまっぴらゴメンだ!)

 そう決めているにも関わらず、啖呵を切ることができないのだ。

 沈黙を埋めるために、昨日買ったキーホルダーをわざとカチャカチャと音を立てて鞄に付ける。

 明美さんがチラリとそれを見て、何かを思いついたらしい。

「あー……例えばさ、ウチであの映画をリバイバル上映する、って言ったら、あんた、来るっぺ?」

「!!!!!」

 私の心臓が止まりそうだった。

「今は使っとらんけどフィルム映写機あるんよ。あの映画、シリーズものだし、今年のは二十六作目だっけ? 最初の方はフィルムだしね。そしてワタシはフィルム映写機を扱える、とすると?」

「それってつまり……」

「あんたが来たら、あの映画の上映してやるっぺ。併映は過去作のフィルム上映! ふふーん! そんじょそこらの映画館では出来ない特別興行! どう? どう?」

 愛の告白と言っても過言ではない明美さんの甘い言葉は、悪徳商法の勧誘ではないかと疑ってしまう。

 だが、たとえそうであったとしても、私はパクッと食いつかざるを得ない。

「墓参り、絶対、行きます! 絶対、ぜったい! だから、上映会、お願いします!」

「へへへ、あんたもあんたのおかぁまも、同じだっぺ!」

 言われてみれば、縁は切れても、血は繋がってるから、多少は似てるところもある……かもしれない。

「で、でも! 一緒にされるのは、心外かも……。だって、私のはお墓じゃ無いし、まだ四〇〇万円も使ってないし……!」

「あはは~、そう言ってても、墓どころか、城が建つほど貢いじゃうかもよ!」

 明美さんの笑い声に、私は口を尖らせた。


(終)

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となりの芝は気持ち悪い 西 悠貴 @nishi_yuki

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