第4話

「私は、違う……」

「まー、そうよな。こんなん信じとるわけないか。脂ぎったオッサンと、ダサい置物、何がいいかさっぱりだに!」

 明美さんは、ウンウンと大きく頷いた。この施設をあがめたって祀る同族でないことを分かって貰えたからか、私はほっとした。こんなのと一緒にされるのは心外だ。 

 受付に行き、事情を説明すると紙を渡された。『謝礼 五〇万円』と躍る文字に、私の背筋が冷えた。

「納骨してくださる『師』への心付けです。決まりですので。現金一括でお支払いください」

「母は四〇〇万円を支払っていて、それには納骨代と、永年供養と管理費と経費が全部含まれてると……」

「謝礼は含まれておりません」

 上から落ちてきた金だらいに直撃し、脳しんとうを起こした私に、明美さんが割り込んできた。

「ここは金さえ払えば入れるんだに?! まずは墓を見せてやり!」

 千円札を二枚叩きつけた明美さんは、私の手を掴んでカツカツと門を入っていく。

 入ってすぐに宇宙からでも判別できそうなほど大きな写真のモニュメントが現れた。係員に、導師様というオッサンに跪いて祈ることを強要される。

「わりぃけど、墓参りに来ただけで、オッサンを拝みに来たわけじゃねぇっぺ!」

 ガンガンと明美さんが地団駄を鳴らし、係員の制止を振り切って通り抜けた。明美さんは強い。私ひとりでは、カタチだけでも拝んでいたかもしれない。

 無視して墓へと続く道を行く。両側には、凡人には理解できない苦しみもがく人なのか鬼なのか悪魔なのか、はたまた地球外生物かなにかの像がパレードしていた。私は知りたくもないが母の信じたものは何かと拾おうと、じっくりと見るも、ただただ気持ち悪くて、これに涙している周囲の人たちが理解できずに、訝しげな眼差しになってしまう。

 ――映画にハマりすぎて、早口で語る私を見る家族や友人の目と同じ目を、私はこの人たちに向けている。 明美さんは舗装された道を外れ、芝生を踏みならし、ツカツカと中へ入っていく。青い芝に申し訳ないなと思いながらも、私も後をついていく。『56』というプレートがついた名も無き木の前で足を止めた。

「これがおとぅまの墓。この木の下に顎の骨を埋めただけ。これが、私の家と畑で支払った成れの果て」

 私は唖然とするしかなかった。そこには墓である説明もなく、眠っている人を示す記号もあるわけではない。単なる広葉樹だ。

「近くに映画館が併設されたショッピングセンターが出来たんだに。うち(※映画館)も、近所の商店も商売あがったりになってさ。そしたら……」


 売上低迷対抗する策として、商人らが招聘したのが『経営コンサルタント』と名乗る、今では『導師』と呼ばれる男だったという。

 弱った人々の掌握はお手の物で、誰か一人を入信させると、その店にサクラ仕向け、商売繁盛を見せかける。『神』を信じたおかげだ、と誤認した人々がこぞって入信。小さな町は、信者とそれ以外に分断されていった。

「その熱狂と言えば、入信しないと、ここでは生きていけないと思ったっぺ。そしたら、ある日、おかぁまが男と蒸発しちまってさ。『祈れば戻ってくる』って、綺麗な女の人がおとぅまに近づいてよ。ハハハッ!」

 明美さんは、ケタケタと笑いながらも奥歯を噛みしめていた。

「おとぅま、車で事故って死んじゃってさぁ、そしたらその女が『遺言』を持ってきてな。『墓を買った。支払いは死後、家と畑と映画館で支払う』って、おとぅまの直筆でさ。警察も弁護士も市役所も役に立たねぇ。結局、映画館だけ取られずに済んだけど、店を畳もうかと言ってたのに、おじぃまはそれに執着しちまって……アレよ」

 言葉が途切れた明美さんは、我に返ったようで話を切り上げた。

「それよか、あなたのおかぁまの墓は……さっき受付からちらっと台帳が見えてさ、あれかな?」

 明美さんはねずみ色の石碑さした。石にはラッシュの電車でもまだマシなほどのギュウギュウ詰めに彫られていたのは戒名といっていいのかわからない漢字の羅列と人名と思わしきものだった。

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