第3話
「お父さんはガンで死んだけど、あんたら子ども達にはそんなもんにさせん。そのためにね……」
金ピカのウロコがピロピロの売れない芸人スーツを着た、修正液を塗りたくったように不自然な白い歯をニカッとさせる中年のオッサンの写真を掲げた祭壇を背に、母は誰かの受け売りを口にした。
「だから『墓』を買ったの。アンタたちのためだし、お金を出して」
母は死の宣告を受けた父を何とかしたいと、ありとあらゆるモノに救いを求めていた。ビタミン治療・高濃度酸素治療・砂糖としか思えない粉薬・飴、その他諸々。そして行き着く先は、父の死を受け入れるための『救い』。瞬く間に取り込まれてしまった母は、耳を切り落としてしまったようで、私や兄や親戚の言うことは聞こえない。
「自分のお金で買うならいいよ」
専業主婦になるしかなく『自分で働いたお金』を持てなかった母の世代。その時代を知らない無神経な私の回答で、母の堪忍袋の紐は切れるどころか粉砕する。
「育ててやった恩を忘れたのか!」
変わり果ててしまった母の姿に絶望してた私は、持っていた銃の撃鉄を起こした。三分間だけ待って、銀行口座に金を振り込むという、極めて地味な引き金を引く。
サギ)〈団体名称〉ハカダイシハライ 〈代表者の氏名〉ニワタスカネ タスケテ
設定できる最大四十二文字を駆使し、代表者の名前を通帳記入されないよう巧妙に配置した振込人名。さすがだな、と自画自賛したそれには、大きな穴があった。
母は機械オンチにも関わらず、入出金があると即座にメールで通知が来る設定をしていたことを、私は知らなかった。
そして、通知には通帳記入では消えてしまう十三文字以降も全て表示されることも、私は知らなかった。
墓代の総額の四〇%が込められた弾丸は、見事に母に命中し、母を撃ち抜いたのだ。
『今までお世話になりました』
と、私と兄と親戚一同に絶縁のメールを送りつけた後、家も売り払い、音信不通になった。
私は自責の念にかられ、悪夢にうなされた。直接、母に連絡することが出来ず、時折、深夜に公衆電話から母の携帯電話に発信した。プル。音が鳴る。携帯電話は生きている。
『生存確認ヨシッ!』と、受話器を下ろす臆病な私を、母と再会させたのは警察だった。
絶縁だと啖呵を切ったにも関わらず、母は警察の住民台帳に私を連絡先に指定していたようだ。
取り壊しかけの公営団地の一室で孤独死した母は、冷蔵庫でしなびた野菜と化していた。乾燥した冬だったこと、暖房器具を使用していなかった等の条件が重なり、遺体は腐乱せずにミイラ化し、おかげで異臭すらも発せず、静かに眠っていた。
母が私たちを捨ててまで飛び込んだ場所や人々は、連絡が取れないことに何の疑問も持たなかったのだろうか。充電ケーブルに繋がれたままの携帯電話の着信履歴には、深夜の非通知しか並んでいなかった。
親族一同、葬式をする気などなく、火葬場に直送。灰すらも拾うつもりはなかったが、事情の知らない親戚のおばちゃんが要らぬお節介で、骨壺に骨を詰めてしまった。おかげ様で、皆が聞きそびれた母が買ったという『墓』を探す羽目になった。
せっかく買ったんだから、入れてやれ。
それが母を『殺した』お前の役目だ、と。
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