第2話

 民家が並ぶ集落と畑と林を交互に駆け抜けて車は進んでいく。至るところに果樹園の看板が並んでいた。『栗拾い』の文字に、昔、母が栗ご飯を作ろうとして皮を剥いていたらハサミで指をケガして「もう二度と栗なんて食べない!」と、子供じみたことを言っていたな、と思い出す。

「ここ。私、車の中で待ってるから、聞いてきな」

 錆さびになった鉄の看板がぷらりと風に揺れてなければ、見逃してしまうほどの小さな寺だった。お堂兼住宅といった感じの建物のインターフォンを十回ほど鳴らすと、腰を曲げてえっちらおっちらとして、いかにも人が良さそうなおばあさんが出てきた。

「すまんの。今、住職は出てんのじゃ。なんかご用か?」

「あ、あの、母がこちらに墓を買ったそうなのですが……」

 私の一言に、おばあさんは冬将軍の北風ぐらい冷たいため息を吐いた。

「……あんたもか。見ての通り、ここには墓などありゃせんの」

「で、でも母がここにと……」

「うちには戦争で殉職した軍人さんと、無縁仏を祀る慰霊塔しかないだに」

「で、でも……」

 食いつこうとする私を、おばあさんは振り払った。

「墓のあるその寺は、うちとは全く関係の無ねぇ! 知らねぇ人にはうちの名前を出して、騙してるみたいだなぁ!」

「え、じゃあ、本当の場所は……」

「知らん! しらんっちゃよ! ほら、帰んな!」

 と、いいつつも、おばあさんは、人差し指で眼下の街を指した。精一杯の親切なのだろう。言わんとしてる場所は一目瞭然だった。山の中に切り開かれた十円禿げ。ソーラーパネルの反射と遊園地とも、城とも思えそうな謎の建物群、景観も環境も破壊尽くされた異次元空間。確かに、厳かでひっそりとしたこの寺とを間違えられたら、堪ったものじゃないなと同情した。

 明美さんにここでは無かったことを告げると、今度は無言で車を走らせた。

「ああ、うちのおとーの墓もそこにあるね。ついでだから墓参りにしてやらー」

「えっ?! じゃあ、お花とかお線香とか、持って行かないと」

「だいじ、だいじ、んなもん要らん!」

「『だいじ』だったら、買いにいきましょうよ」

「あー……『大丈夫』ってことだっぺ!」

 明美さんはそう吐き捨てると同時に、急に老け込んでしまった。彼女の玉手箱のフタを、私は開けてしまったようだ。

「ここの衆はさ、集落の墓があるわけ。中には家の庭や裏山にある人もいるけど。先祖代々の墓に入れんてのは、つまりそういうことだね」

 明美さんはアクセルを踏みっぱなしで突き進む。かなりの山奥に入ったところで、目が醒めるようなゴテゴテした看板が『コチラ』と方向を示す。生前、母が口にしていた名称も記載されていた。

 ここだ。ここに違いない。

 だだっ広い駐車場から天使と悪魔と思わしき金ピカの像と原色の化粧をした菩薩像っぽい何かの悪趣味の煮こごりのオブジェが見える。

 本当に、ここ、なのか……?

 デカデカと掲げられた『入苑料 一人 一〇〇〇円』の看板に、私は身を固くした。

「ここ、『お墓』、ですよね? 入るのにお金がいるんですか……?」

「そう。あんたはここの関係者なんでしょ? 当然、知ってるっぺ?」

 私が知っていたのは、『母は生前、どこかに『墓』を買ったらしい』という事だけだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る