第二章 規格外の強さ

 次の土曜日。

 俺は霧崎さんとともにとある迷宮へと来ていた。

 もちろん、今日も配信をするためだ。

 俺も真面目になったものだ。

「……あの、迅さん。えーと今日は迷宮の配信をする、という話でしたよね?」

「ええ、そうですよ。あれ、もしかして霧崎さんボケましたか?」

「いや……あの……ここAランク迷宮なんですが……」

 俺が配信場所として指定したのは、家の近くにあるAランク迷宮だ。

「ランク低かったですか? ならまた黒竜でもぶっ倒しに行きます? でもマンネリになっちゃいますよね?」

「あ、アホなこと言わないでください! 普通、迷宮配信っていうのは低ランクの迷宮で行うものなんです! それをAランク迷宮⁉ 二人で⁉ 頭おかしいですよ!」

 今日は撮影係として霧崎さんが同行してくれることになっていた。

 この前の俺と麻耶のような形だ。

 ただどうやら霧崎さんはそこを偉く心配しているようだ。

「いや、でも事務所近くで手ごろなのってここじゃないですか?」

「Aランク迷宮が手ごろ⁉」

「えー、まあはい。小遣い稼ぎに利用するならいい場所ですよ、Aランク迷宮は。高ランク迷宮の素材を冒険者協会へと持ち込むと、色々言われますからね」

 冒険者協会とは国が運営している素材の買い取りなどを行っている機関だ。

 ……未知の素材や高ランクの魔石を持ち込むと、それはもう鑑定に長い時間を取られるので、黒竜なんかの素材は持ち込まないと決めている。

「……いや、もう……はい。分かりました。……それじゃあ……やっていきましょうか」

 そう言って、霧崎さんはこちらにスマホのカメラを向けてきた。

 俺は霧崎さんから事前に受け取っていたウォッチャーを手首につけ、その電源を入れた。

 俺のスマホと接続されていて、すぐにコメント欄が映し出された。

〈久しぶりだ、お兄ちゃん〉

〈俺は待ってたぞこのときを!〉

〈おまえの迷宮配信楽しみにしてたんだよ!〉

〈お兄様! こんにちは!〉

〈迷宮攻略ってマジですか!? めっちゃ楽しみです!〉

 すでにかなりの人が来ているようだ。

 コメントがずらーっと流れていく。一応目では追えているが、わざわざすべてに答える必要はないだろう。

 マヤチャンネルを見ていても、こういったコメントのすべてには返事をしていないからな。

 ていうか、なんかいつの間にかお兄様って呼び方も増え始めてるな……。

「久しぶりだなって……その前におまえら確認だ。来週の土曜日。何が行われるか知ってるよな?」

〈また配信の告知か?〉

〈誰かとコラボとかするのか?〉

〈勢い凄まじいからなw何が来ても驚かんわ〉

「違うわ! それでもマヤチャンネルのファンかおまえら! 来週は麻耶のサイン会だろうが!」

 麻耶のキャラクターソングなるものが発売されたのだ。

 この事務所では、登録者数十万人を超えたとき、それぞれのキャラクターソングが作られるというのが恒例らしく、麻耶も随分と前に作ってもらって発売されることになったのだ。

 そのときのCDにサイン会への参加券がランダムで封入されていたのだとか。

〈あれ、それって確かルカちゃんも一緒にいなかったか?〉

〈ルカちゃんとの合同サイン会だろ?〉

〈そうそう。ちょうどルカちゃんの100万人記念と被って……そっちがむしろメインだよな?〉

「はああ⁉ 誰だそいつは! いや、誰でもいいっての! 麻耶のサイン会なんだ。来週は麻耶のサイン会なんだからな……っ!」

〈いや先週も話してただろうが!〉

〈こいつやっぱり頭おかしいわw〉

至宝ルカ〈呼んだ?〉

〈おいまた本人降臨してんぞ!〉

〈ルカさん! こいつあなたのことよく知らんってバカにしてましたよ!〉

「本人? マジで? あーすまん。コメント欄の皆、俺の代わりにいい感じのお世辞言っておいてくれ」

〈さっきこの人マヤが世界一って言っていましたよ!〉

〈マヤ以外は興味ないって言ってましたよ!〉

 俺の視聴者たちは、どうやら俺の味方ではないようだ。

「なんだおまえらもお世辞苦手か? 仲間じゃねぇか」

〈開き直るな〉

〈こいつ無敵か?〉

至宝ルカ〈当日、楽しみにしておいて。ルカのファンにしてあげるから〉

〈これでまたルカ推しが増えるのか〉

〈ようこそ、ルカ沼へ……〉

「いや、たぶんファンにはならんから安心しろ。俺はいつだって心に麻耶を飼ってるんだからな」

〈だから表現がキモイんだよw〉

〈なんでこのお兄ちゃんでマヤちゃんはブラコンになったんだ……〉

〈俺の兄がこれだったら間違いなく嫌ってるわw〉

〈ていうか、さっきサイン会がどうたら言っていたけど、サイン欲しいなら家で頼めばよくないか?〉

 何言ってんだこいつは。

「は? 現地で書いてもらえるのがいいんじゃん。家で書いてもらったら妹のサインであってマヤのサインじゃないだろうが。分からんのか⁉」

〈草〉

〈まあ、言いたいことは分からんでもない〉

 俺は叫びながら、ふと思ったことを問いかける。

「ていうか、そのルカ? って人は先週も名前出てたのか?」

〈はい炎上〉

〈なんで忘れてんだよ……本人降臨してたろーが〉

〈こいつじゃなかったら炎上発言だろ〉

〈いや炎上してもお構いなしなんだよ。すでに、何度も炎上してるぞこいつ〉

 そうなのだろうか? ネットでわざわざ自分のことを調べたりはしないので、知らない。

 今この俺のチャンネルがどうなっているのかもすべて事務所に任せているしな。

「なるほどね。まあ、俺は麻耶のサインが死ぬほど欲しいんで、あとはどうでもいいや。とりあえず、自慢だ。俺は参加券を手に入れたからな」

〈マジか〉

〈買いまくったのか?〉

〈身内だから優先的にもらってたとか?〉

 ……そうやって疑われる可能性もあるのか。

「いや、俺は迷宮で稼いで買いまくったんだよ。金にもの言わせてな。これがおまえらにはできない芸当よ」

〈俺たちだって親のカード奪えばできるぞ?〉

〈あまり舐めるなよ?〉

 と、コメント欄と雑談しながら迷宮の階段を下りていく。

 迷宮の1階層に下りると、霧崎さんは顔を青ざめさせたまま周囲を見ていた。

 迷宮の階層は、その迷宮ごとに、なんなら階層ごとに造りが大きく異なる。

 黒竜の迷宮は特にバリエーション豊富で、草原のような普通のものから、遺跡風のもの、さらには浜辺のようなものまである。

 このAランク迷宮は荒地のようだった。ところどころ枯れた木や大岩があって、魔物の姿は見当たらないが魔力を感知すれば至るところに潜んでいるのが分かる。

「まあ、話もそこそこに、今日は迷宮配信だからな。マネージャーさん曰く、戦っている間はコメントとか見られなくても仕方ない、というわけでこれからは無視していいか?」

〈見られないと無視は意味違うぞ〉

〈迷宮配信楽しみ! ここのランクは?〉

「Aランク迷宮だ。事務所近くにあるから、聖地巡礼したい方はどうぞー。マネージャーさん、ここに出る魔物ってなんですか?」

「それ調べてないのに連れてきたんですか⁉」

「いやまあ、どこでも大して変わらないし。そんで、出現する魔物は?」

「……ミノタウロスみたいですね。私も、先ほど調べた程度ですが」

 ここの迷宮を攻略することはさっき伝えたからな。

 霧崎さんが答えた瞬間、コメントが溢れ出す。

〈ファーw〉

〈Aランク!? いや何やってんだ!?〉

〈Aランク迷宮の配信とかもっと大人数でやるもんだぞ!?〉

〈いやいやさすがにカメラマンとお兄ちゃん一人じゃ危ないだろ!〉

 ……コメント欄が大荒れ状態だ。

 Aランク迷宮は別に苦戦しないのだが、言葉で説明しても理解してもらうのは難しいだろう。

「まあ、見てもらったほうが早いかね。ちょっと待っててくれよおまえら。魔物呼ぶんで」

「……へ? 呼ぶ?」

〈おい、こいつ何するつもりだ?〉

〈いや、たぶんだけど魔力を解放して集めるとかじゃないか?〉

〈は? どゆこと?〉

「おお、コメント欄賢い! 魔物を探して歩くなんて面倒だからな。魔力をこうして解放すれば……勝手に寄ってくるわけだ。皆も参考にな!」

〈参考にしたら普通は死ぬんですがそれは……〉

〈初心者冒険者の人たち! 絶対真似するなよ!〉

〈おいおい、何が起こるんだよ……w〉

 そう言いながら魔力を放出すると、周囲が揺れる。

 同時に、魔物たちの足音が響きこちらへ迫ってくる。

〈おい地響きやべぇぞ!〉

〈なんだよこれ、何が起きてんだよ!〉

「ひっ……⁉」

 現れたのはミノタウロスの群れだ。数は五十くらいか?

 1階層のミノタウロスすべてが集まったという感じだろうか。

 霧崎さんは腰を抜かしてしまっていたが、彼女がいる場所は外へと繋がる階段だ。

 そこはセーフティエリア。魔物が入れない場所だ。なのでいくら腰を抜かしても大丈夫。

 俺は軽く拳を鳴らしてから、霧崎さんに声をかける。

「そんじゃマネージャーさんはその階段からこっちに来ないでくださいね。そこから出なければ狙われませんから」

 俺は笑みを浮かべてから、ミノタウロスの群れへと突っ込んだ。



「……な、なにこの人……」

 私は迅さんを撮影するスマホを持っていたが、その手の震えが止まらない。

 初めは、間違いなく恐怖だった。

 今は……興奮だろうか。

 圧倒されるような目の前の光景が信じられなかった。

 ……数十はいるミノタウロスへ突っ込んでいく迅さん。

「はっ! どうした! 歯ごたえねぇぞ!」

 そう言いながら、彼はミノタウロスの肩へと噛みつき、噛みちぎってみせた。

〈やべえぞ!〉

〈ファーwww 下手なモンスターハウスよりすごい光景じゃねぇか!〉

〈ミノタウロスの群れとか万が一遭遇したら死ぬよな……?〉

〈ていうか、戦い方が一番やべぇよ!〉

 ……そう。

 コメント欄の言う通り、彼は……武器を持たない。

 ミノタウロスたちは斧を持ち、迅さんを取り囲んで全力の攻撃を叩き込んでいく。

 だが、迅さんはその斧を腕で受け止め、へし折ってみせた。

〈マジかよwww〉

〈何でできてるか分からんが、魔物の武器を生身で砕くのかよ!?〉

〈やっぱお兄ちゃんの戦闘能力やばいよ!〉

 コメント欄は、大盛り上がりだ。

 映像越しでも、この無双っぷりはそれだけ熱中させられるものなのだろう。

 初め、私は迅さんのデビューには迷いがあった。

 でも、この戦闘を見せられれば……自分の考えに間違いはないと思えた。

 これだけの力を持ち、これだけ人を魅了し、楽しませられる人を、放っておくのはもったいない……!

 攻撃をしたミノタウロスは次の瞬間には殴られ、蹴られ、首を折られ霧のように消滅していく。

〈……ていうか、こいつマジで武器使わないのか?〉

〈隠し持っている、とかもないよな……〉

〈ジャパニーズ忍者!〉

〈これが日本のシノビか……〉

 海外の人と思われるコメントも数多く見られる。

 迷宮配信の強みは、そこにもある。言語が分からなくても、映像からその凄さが伝わるんだ。

 日本語に翻訳してコメントをくれる人もいれば、そのままの母国語も多くある。

 ただ、どれも迅さんを称賛しているようだった。

 忍、と聞いて確かにその表現も間違いではないと思ってしまった。

 ミノタウロスの合間を縫うように走り、徒手で仕留めていく姿は……見た目の派手さのわりに正確無比。

 普段の粗暴な言動などから考えられないほどに、無駄がなく洗練されている。

 迅さんが片手を振りぬくと、ミノタウロスの首が飛ぶ。

 魔物たちの死体はすぐに霧となって消滅し、あとには素材だけが残る。

 ……魔物というのはすべて魔力の霧が集まって作られているため、死亡するとあとには素材しか残らない。

 迅さんが駆け抜けると、あとには霧がいくつも生まれ、素材が落ちていく。

 あれほどいた魔物たちは、すでに半分ほどになっている。

 なにより、魔物たちの動きが緩慢なものへとなっていく。

 表情が険しい。

 間違いなく、恐怖している。

 にやりと笑った迅さんに、ミノタウロスたちは顔を青ざめさせる。

 だが、彼らは魔物としての本能か。逃走はしない。

 力を振り絞るようにして、迅さんへと襲い掛かる。

〈手刀で首刎ねやがった……ww〉

〈マジで化け物すぎだろ……〉

〈人間やめてて草……いや草も生えんわ……〉

〈なんでこんな化け物が俺たちと同じマヤファンなんだよ……〉

〈マヤファンの平均戦闘能力あがりすぎだろ……〉

〈マヤを叩いたらこいつが家に押しかけてくるかもしれないんだよな……アンチ発言できねぇじゃん〉

 ミノタウロスを一掃するのにそう時間はかからず、迅さんは倒した魔物たちの魔石を袋に入れて戻ってきた。

 その袋をくるくるとぶん回している迅さんはこちらに気づいた様子で問いかけてくる。

「ほらよ。おまえら。お望み通りの戦闘配信だ。これを見たら、マヤチャンネルの登録よろしくな」

〈おまえのじゃないんかいw〉

〈いや……普通にお兄ちゃんのチャンネル登録したわ。また配信やってくれ〉

〈あんだけ無双されると気持ちいいくらいだな……〉

〈無双配信なんて初めてだよな……。迷宮の攻略って詰将棋みたいに計画的に行っていくものだし。それはそれで楽しいんだけどさ〉

〈あんな一方的にならないよな……これは、こいつにしかできないわ……〉

 気づけば、また視聴者は十万人を余裕で超えていて、現在二十万人。

 登録者数も、すでに八十万人を突破している。

 ……やはり、彼は凄まじい才能の持ち主だ。

「へいへい、お褒めの言葉どうもありがとさん。それじゃあ、今日の配信はこれで終わりでいいか? もう戦闘配信は十分見ただろ?」

〈いや、まだやれよ〉

〈もっと戦ってるところみたいんだが?〉

〈それから、戦闘解説でもしてくれよ〉

「解説なんて面倒、パス! ていうか、また戦うとしてもミノタウロスだぞ? また別日に違う魔物と戦ってるところのほうがいいんじゃないか?」

〈おっ、それじゃあまたやってくれるのか?〉

「マヤチャンネルの伸び次第じゃないかねぇ?」

 迅さんは視聴者を煽るような笑顔を浮かべている。

 ただ、それは別に視聴者を不快にさせるものではなく、コメント欄はさらに盛り上がっていった。

〈どんだけ妹好きなんだよこいつはw〉

〈まあ、こいつのダイマで見たマヤちゃんも普通に可愛かったから今じゃファンだけどさ〉

〈オレも〉

〈オレももうマヤちゃんの兄で、お兄さんの弟になっちまったよ……〉

 ……完全に終わる流れに持っていかれてしまった。

 まだ配信始めてから三十分ほどしか経っていないが、本人の言う通り、確かに一番の見どころはすでに終わってしまっている。

 無理に引き延ばしても、間延びするだけだろうと判断した私は、そのまま迅さんに合わせ、配信を終わらせる方向で話を進めてもらった。



「本日は、お疲れ様でした」

 次回の打ち合わせと今日の配信のお祝いをかねて、俺は霧崎さんに連れられるようにして近くの居酒屋へと足を運んでいた。

 案内された個室にて、霧崎さんと向かい合うようにして座っている。

「いやー、こちらこそです。配信あんな感じで良かったですか? また炎上してるんじゃないですか?」

 ちょこちょこ俺の配信のあとには炎上しているのだとか。

 けらけら笑いながら答えると、霧崎さんは苦笑している。

「いえ、まあ……別にそこまで気にするようなものじゃありませんから、安心してください。配信も、問題なかったと思いますよ。とりあえず、飲み物でも注文しましょうか。……そういえば、お互い大人だったので、特に考えもせず居酒屋に連れてきましたけど、迅さんはお酒飲むんですか?」

「いや飲まないですね。まあ、俺のことは気にせず好きに頼んでください」

 酒に関しては飲んだことはあるが、特別何か思うことはなかった。

 金がかかるし、別に飲まなくてもいいか、という感じだ。

 それよりは麻耶のグッズを購入するほうが優先である。

「そ、それでは生を」

「はいはい。俺はオレンジジュースで」

 霧崎さんは少し照れた様子で飲み物を注文し、それからつまみになりそうなものを適当に頼んでいく。

 運ばれてきた食事と飲み物で軽く乾杯してから、これからの話をする。

「迅さんは配信活動はどうですか? 楽しんでいますか?」

「どうですかね……? まあ、でも新鮮ではありますかね?」

「新鮮?」

「はい。いつもやってることをただ見せるだけであそこまで反響があるとは思ってなかったんで。おかげでマヤチャンネルの登録者数も増えてますし、いいことづくしですね」

 俺はまだ自分でその楽しさを実感できてはいないが、マヤチャンネルの登録者が増えていることに悪い気はしない。

 麻耶も俺の配信を見て楽しんでくれているようだしな。

「そうですか。本当に、麻耶さんのことが大切なんですね」

「まあ……大事なたった一人の家族ですからね」

「そうでしたね。失礼しました。辛いことを思い出させてしまって」

「いえ、別にもう気にしてませんし」

 両親が死んでしまったのはただの事故だ。

 気にする必要はない。

 迷宮爆発ダンジョンフレア。両親はそれに巻き込まれて、死んでしまった。

 迷宮爆発とは、迷宮内の魔物が外へと溢れ出てくる現象だ。めったに起きることはないが……ゼロではない。

 たまたま両親の職場近くにあった迷宮が迷宮爆発を起こし、逃げ遅れてしまった両親が死んだ。

 ただ、それだけだ。

 世の中にはそうやって親や家族を失う人は多くいる。俺たちだけじゃない。

 それでも迷宮は世界に多く存在する。

 迷宮自体は、最奥のボスモンスターの部屋奥にあるクリスタルを破壊することで、消滅させられるにもかかわらず、だ。

 それだけ、迷宮がもたらす資源や土地が大事ということだ。

 今では化石燃料の代わりとして、多くのものに魔石燃料が使われている。

 迷宮によっては魔物が出現しない階層も存在し、その土地を使って農作物を育てたり、あるいは工場のような使い方をされることもある。

 だから、危険が多くとも迷宮がこの世界に存在し続ける理由は、そんな複雑な事情が絡んでいるからだ。

 まあ、被害を受けた側からすればたまったものではないが。

 一応迷宮爆発が起きそうな迷宮に関しては、迷宮が放つ魔力量を測定することで予測できるらしい。

 だから、そこまで多く発生することはないが、それでもイレギュラーがないわけじゃないからな。

 迷宮のランクがいきなり変わる突然変異などもある。

 迷宮の脅威を挙げればキリがないし、すべての迷宮を即座に攻略するべきという声もあるが、まあ万が一迷宮の恩恵を受けられなくなった国があったとしても、結局他国から迷宮の素材を輸入しなければならない。

 危険を他国に押し付けるだけであり、金銭面も馬鹿にならない。

 下手をすれば、国自体が破綻する可能性もあるだろう。

 とにかく、苦しい状況に置かれるのは間違いないはずだ。

「迅さん。次の配信についてですが、やりたいことってありますか?」

「やりたいこと……? 特にはないですかね」

「そうですよね……。また魔物との戦闘配信をするとしても、それはそれでマンネリ化してしまいそうなんですよね。……コラボも考えてはいるんですよね」

「コラボ? なんかそこらへんは警戒していませんでした?」

「そうなんですが……事務所にも迷宮配信者が多くいますからね。いずれは、コラボも解禁していきたいという考えではあるんですよ」

「はー。それならとりあえず麻耶でいいんじゃないですか? 普段からカメラマンやってるし、別に問題ないですよね?」

「……確かに。それなら、視聴者の炎上も比較的抑えられるかもしれませんね……っ。幸い、麻耶さんは男性ファン女性ファン半々くらいですし……っ。その方向で行きましょうか!」

 おお、マジか⁉

 ただ、そう思ったところで一つ問題があるんだよな。

「俺、麻耶の配信をリアルタイムで見られないんですけど……」

「いや、むしろ一番近くで見られるじゃないですか……ていうか、これまでも何度かカメラマンはやってますよね?」

「いやいや……そもそも今回は俺も一緒に映る可能性があるんですよね? それは何というか……推しの邪魔をする感じがして嫌なんですよね……」

「拘りがよく分かりませんね。そもそも提案したの迅さんなんですけど」

「いやいや、これ結構大事なことなんですよ! 分かりませんか⁉」

「私なら、むしろ推しと共演できるとか嬉しいと思うのですが……」

「俺が配信を始めた動機がそれならそうかもしれませんが、それとこれとはちょっと違うんですよ! まあ、いいです……当日は陰に隠れてますからね」

「それだとコラボ感はありませんが、まあひとまずはそれでいいでしょうか。あとは、配信日ですよね。来週の土曜日は麻耶さんは流花るかさんとコラボがありますので……その次の週くらいですかね?」

「土曜日って麻耶のサイン会のあとですよね?」

「……お二人の、ですね。配信でも指摘されていましたが、流花さんと麻耶さんのサイン会です」

 ルカ、という名前に聞き覚えがあるのはそれが理由か。

「そうでしたね。サイン会の後、配信ありましたけどあれってコラボだったんですね」

「……本当麻耶さん以外の情報はおかしいくらい遮断されますね」

「無駄なことに脳の容量を使わないようにしているんですよ」

「そこまで圧迫して脳に詰めるような情報あるんですか?」

「え? 麻耶の配信ですけど?」

「……そうですか」

 苦笑しながら霧崎さんは生ビールを一気に飲んでいく。

 ……話しながらぐびぐび飲みまくっているが、これでもう十杯目だぞ?

「霧崎さん、体大丈夫なんですか?」

「え? 大丈夫ですよ?」

 ……俺からしたら、迷宮に潜るよりよほど凄いと思うが。

 けろりとした様子で飲みまくる霧崎さんに恐れながら、俺はオレンジジュースをちびちびと飲んでいった。

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