第一章 なんかバズったらしい
麻耶の配信を……無事終えた次の日の朝だった。
麻耶のスマホには四六時中、様々な通知が来ているそうだ。
原因は――俺だ。
そのスマホをテーブルに置いて、俺と麻耶は向かい合うように座っていた。
「麻耶。こういう場合はどうすればいいんだ?」
麻耶のスマホに来ている通知は、Twotterからのものだ。
なんでも、昨日の配信の後からずっとこんな感じなのだそうだ。
「私も分からないよ。だって、普通じゃないくらいバズってるんだもん……」
あの黒竜を討伐できる冒険者は、少なくとも日本にはいなかった。
そのせいか、昨日はマヤチャンネルがTwotter《ツウォッター》のトレンド一位をかっさらったし、今もなおあの戦闘シーンなどがあちこちで拡散されているのだとか。
現在、「黒竜の迷宮」の最高攻略階層を更新することが、日本の冒険者たちにとっての目標の一つだったらしい。
俺は100階層まで潜ったことがあるんだが、そんなことをここで公開すればさらに注目されることになるのだろう。
「とりあえずバズってよかったな! 麻耶の可愛さなら世界に通用すると思ってたぞ!」
俺としては、マヤチャンネルの宣伝にはなっているので良しという気分なのだが、麻耶は苦笑する。
「でも、バズったのお兄ちゃんだよ。私何もしてないよ! でもどんどん私のチャンネルの登録者数増えてくよ! 十九万人突破しちゃったよ!」
元々マヤチャンネルの登録者数は十万人だった。
昨日のバズりでそれが倍近くまで伸びたのは、喜ばしい限りだ。
「おお、凄い! やったな麻耶!」
「最新のコメント全部、お兄ちゃんの戦闘から来ましただよ! いや、まあ私の自慢のお兄ちゃんが注目されるのはいいんだけど、これもう私のチャンネル乗っ取られてない?」
「いや麻耶は十万人のファンがいるだろ⁉ 仮に十九万人のうち九万人が俺の戦闘を見て登録したとしてだ。十万人は麻耶のファン……そうだろ?」
「はい、二十万人突破ぁ! まだまだ増えてるよお兄ちゃん!」
「麻耶の可愛さにつられているんだって。誰が27歳の平々凡々な男性の戦闘目当てで登録するんだ?」
「それがこんなにいるから、こんなことになってるんだって!」
きっかけは俺だとしても麻耶の配信を見ていればきっといつかはファンになるだろう。
麻耶はトークもできるし、何より可愛い。可愛いは正義だ。
とりあえず麻耶が作ってくれた朝食に手をつけようとすると、麻耶のスマホが震えた。
電話のようだ。
俺は気にせずパクパクと朝食を味わっていると、麻耶の視線がちらちらとこちらを向く。
「は、はい……お兄ちゃんが……はい。えっと、話したいことがある、ですか?」
何やら俺のことが出てきている。
……一体誰から何の話だ?
俺が困惑していると、麻耶は電話を切った。
「お兄ちゃんって今日用事ある?」
今日は土曜日。
冒険者として生活費を稼いでいる俺に、決まった休日もなければ仕事の日もない。
つまり年中休み。
しいて予定をあげるなら、麻耶の推し活くらいである。
「なんかあったのか? 麻耶に迷惑かけてるやつがいるならお兄ちゃんががつんと言ってやるからな?」
「大丈夫だよ。私のマネージャーさんが昨日の配信について話があるってことで……お兄ちゃんにも相談したいことがあるみたいだから、一緒に事務所行けないかなって思って」
「つまるところ……デートってこと?」
「どこにどうつまったかは分からないけど、そうかな?」
「もちろん行くに決まってる」
俺が喜んでいると麻耶もほっとしたように息を吐く。
「それじゃあ、ご飯食べ終わったら事務所行こっか!」
俺はこくりと頷いて、朝食を終えると麻耶とともに家を出た。
特に深く考えていなかったが……俺が事務所に呼び出されたのって謝罪しろということでは?
……麻耶の配信のペースや日付、頻度などはすべて麻耶のマネージャーが管理している。
なんでも、事務所所属の他の配信者と日程などがあまり被らないようにしているそうで、配信に関しては結構綿密な計画が立てられているんだよな。
俺は麻耶以外興味ないので、……マヤチャンネルの配信をぶっ壊してしまった俺に、謝罪を要求してくる可能性は高いよな……。
……向こうに着いたら、まず土下座から入ったほうがいいか?
ていうか、そもそも部屋着に近い私服で来てしまったが……これもまずいか?
もう少しぴしっとした服装のほうが良かったかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は麻耶とともに事務所へとやってきた。
「リトルガーデン」。麻耶とその他女性配信者が所属している事務所、だったはず。
麻耶が時々事務所の他の人とコラボしていたので、なんとなーくは知っている。
ただ、麻耶以外の人にはまったく興味ないけど。
「お兄ちゃんって来るの二回目だよね?」
「そうだな」
昔、麻耶が事務所に所属する際に俺も同行して話は聞いた。
麻耶はまだ未成年なので、保護者の許可が必要らしいのだ。
両親は昔迷宮の事故に巻き込まれて死んでしまったので、当時成人していた俺が一緒に事務所で話を聞いたのだ。
それ以来だから二年ぶりくらいだろうな。
麻耶は時々事務所に来ているそうで、慣れた様子で入り口から入った。
ビルの六階、七階が「リトルガーデン」のオフィスらしい。
六階の受付に向かうと、すでにそこにはスーツ姿でぴっしりと決めた女性が待っていた。
「マネージャーさん。お久しぶりです」
「はい、麻耶さん。お久しぶりです。それと、お兄さんも……お久しぶりですね」
その女性は……たぶん、俺が二年前に事務所に来たときに詳しい話をしてくれた人だ。
名前は確か……。
「お久しぶりですね。
「
「そういう読み方も、ありましたね」
「それしかありませんよ」
小さくため息をついた霧崎さんに、俺はその場で土下座した。
「お、お兄さん⁉」
「お兄ちゃん⁉」
「すみませんでした! 麻耶は悪くないんです! 配信に関してはイレギュラーに巻き込まれたからなんです! 俺の責任です! だから怒るなら俺にしてください……っ」
「い、いや顔上げてください! ほ、ほら他の人にも見られてますから! それに今回は叱りつけるために呼んだわけではありませんから」
「そうなんですか? ……土下座損ですね」
「それ本人の前ではっきり言います?」
「すみません。次からは聞こえないように言いますね」
「それ聞いたらもう謝罪すべてが嘘にしか聞こえなくなるんですが」
「気にしないでください。それじゃあ、他にどんな用事があって俺を呼んだんですか?」
謝罪以外で呼びつけられる理由が思いつかないんだよな。
「……そうですね。今回の配信で……ご存知の通り、マヤチャンネルは非常にバズっています。いや、バズるどころの話じゃないんですよね。今朝のニュース見ました?」
「うち、テレビ置いてないんですよね……」
「まあ、そういう家庭も今どきは多いですよね。……今朝のニュース。だいたいお兄さんの話題だったんですよ?」
「は? ……なんで?」
「いや、黒竜倒したからじゃないですか。……知っていますか? 日本のトップギルドの一つである『雷豪』が黒竜討伐のために準備を進めていたんですよ? 毎週その様子を追ったドキュメンタリー番組が放送されていたくらいなんですからね。それを、ソロで、あんなあっさりと討伐したんですから……そりゃあ注目集めますよ」
「……あいつってそんな強いの?」
俺が麻耶に問いかけると、霧崎さんも麻耶に問いかけた。
「……あの、麻耶さん。お兄さんって常識ありませんか?」
「ないですよ。でも、それがお兄ちゃんの魅力です」
「……」
ぐっと親指を立てる麻耶に、霧崎さんは頭を抱えていた。
「……とにかくです。お兄さんを呼んだ理由について簡単に話していきますね。まず、先ほどのニュースの件です。お兄さんに関しての問い合わせが死ぬほど来ています。テレビ局はもちろん、ギルドや冒険者協会からもです。あの人は何者だ、あの人と話す時間を作ってくれ、と」
「お兄ちゃん、人気者だね」
「いや、俺別に麻耶以外から人気出ても嫌なんだけど」
「それなら大丈夫。お兄ちゃんは私の一番だからね」
「そうかそうか!」
「あの、話進まないんで、割り込まないでくれます?」
……霧崎さんが結構本気で睨みつけてくるので、俺と麻耶はしゅんと小さくなる。
咳ばらいを一つしてから、霧崎さんが続ける。
「……そういった対応に関して、そもそもうちはお兄さんとは関係がありません。ですが、現実としてそう突っぱねてしまいますと、今度は恐らくお兄さんの自宅を特定して、情報を得ようとする人たちが出てくると思います」
「はあ、なるほど」
「そこで、です。……お兄さん、配信者に興味ありませんか?」
「ないです」
俺がきっぱりと拒絶した次の瞬間、
「お兄ちゃんが配信ってもしかして事務所に所属するの⁉」
麻耶が、目を輝かせながら問いかける。
「そうなりますね」
「お兄ちゃんやったね! 私と一緒だよ!」
「いやでもお兄ちゃん別に興味ないし、面倒そうなんだけど……」
「私お兄ちゃんの配信してるところ見たい!」
「じゃあ、やる」
「いや、あなたの判断基準おかしくないですか?」
でもなぁ。
麻耶が見たいと言うのなら、俺にはやるという選択肢しかない。
麻耶が喜ぶ姿が見られるんだからな。
「霧崎さんもやってほしいとは話してましたよね? だったらいいじゃないですか」
「いやまあ……やってくれるならいいんですけどね? ……えーと、こちらとしても、事務所として対応していくことができます。本人が面会を望んでいない、あるいはインタビューを許可する……とかです。そういうわけで、うちの事務所に所属しませんか、と話をしようと思っていたんです」
それで、俺を呼び出したというわけか。
「ああなるほど。……確かに家まで来られたら適当に脅そうと思ってましたが、麻耶にまで凸られたら面倒ですよね」
「当たり前のように脅さないでください。……そうですね。わりと皆さん情報を知りたいようですので、お兄さんから発信していくのがいいかとこちらとしては思ったんです」
まあ俺としても麻耶に迷惑がかからないようになるのならなんでもいい。
俺が頷いていると、麻耶が思い出したように首を傾げる。
「……でも、お兄ちゃんって男だけど大丈夫ですか?」
「麻耶、もしかして過激な男女差別の思想に目覚めたのか?」
「いや違うよ。うちの事務所って所属してるの皆女の子なんだ。……その、視聴者もそういった層が多くて……男の人が入ると色々問題なんだよ」
「つまり、女装しろと?」
「性別は変わってないよねそれ」
「とれと?」
「とるの?」
「麻耶に頼まれれば……やるぞお姉ちゃんは!」
「もうとった気になってるね。いや、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいいよ。マネージャーさん、大丈夫なんですか?」
麻耶が何かを心配するように霧崎さんに聞いている。
霧崎さんも、なぜか真剣な面持ちだ。
そんな気にするようなことなのか?
「そこについては……もちろん懸念しています。ですが、うちの事務所も事業規模を広げようと思っているんです。いずれは男性配信者も増やしていきたいので、最初がお兄さんなら、まあいいんじゃないかと」
「なんか適当じゃないですか?」
「いやもう、このくらいで接したほうが私の精神的にいいかと思いまして」
まあ我が家庭はノリと勢いを重視してきたからな。
早くもうちのノリに適応してくるあたり、霧崎さんは才能がある。
ただ、俺は一つ疑問が浮かぶ。
なぜ、そんなに男性配信者が増えることを警戒しているのだろうか?
「一つ思ったんですけど、別に男性が一人増えたところで対して変わらないんじゃないですか?」
「……それが、変わるんだよお兄ちゃん!」
「そうなのか?」
「視聴者たちは、男性配信者が増えるとそれだけ不安に感じちゃうんだよ。裏で実は繋がっているんじゃないか……とか」
「繋がってて何かあるのか? 別に視聴者と付き合ってるわけじゃないだろ? あくまでその配信が面白いから見てるんだろ? 別に裏で何があっても、配信のとき楽しければいいんじゃないのか?」
「いやそれはっきり言っちゃダメだよお兄ちゃん。じゃあ例えばお兄ちゃん。私が実は裏で事務所にいる職員の方と付き合ってる、かもしれないって思ったまま配信見れる?」
「おい、付き合ってるやついるのか⁉ 呼んでこい! お兄ちゃんと決闘だ!」
「いや例えばね」
「……例えばでも心臓に悪い例えはやめてくれ。結婚式の謝辞を考えそうになったじゃないか……」
「結婚認めてるねそれ。大丈夫だよ。今はそういう人いないから」
俺は安堵の息を吐いた。全身から力が抜け落ち、その場に崩れ落ちそうなほどだ。
ただ、今の麻耶のおかげで少しだが気持ちは分かった。
「要は自分の推しを変な感情を持ったまま観たくない、ってことだな?」
「さすがお兄ちゃん。男性配信者が増えると、それだけ皆不安になっちゃうんだよ。特にうちの事務所は所属している配信者同士のコラボも多いからね」
「でも職員に男性はいるよな? そこらへんはいいのか?」
「……それ指摘されることってあんまりないよね?」
麻耶が可愛く霧崎さんに問いかける。霧崎さんは、苦笑を浮かべている。
あるんだろうか?
「わりとありますよ。他の事務所ですが、男性マネージャーがついていたということで炎上したことがありますね」
「そんなのもあるんだ……」
麻耶は初めて聞いたという様子で話を聞いている。
俺も少し驚いた。
ていうか、そんな風に思われる可能性のあることを俺に任せるつもりなのだろうか?
「ふと思ったんですけど……事務所はもしかして俺を実験体にしようとしていませんかね?」
「別にそういったことはありません。……事務所としては、おそらく炎上はしないのではないかと思いまして」
「どういうことですか?」
「……今のあなたはそれだけ異質な立場、というわけです。どうでしょうか? 今麻耶さんのところにも届いている色々なメッセージに関しても、これで多少は落ち着くと思いますが」
「あー、それは麻耶に迷惑をかけていると思っていたんですよ。落ち着くならなんでもやりますよ」
「お、お兄ちゃん……ありがとう……っ。私、お兄ちゃんの配信絶対見るからね!」
「おう、任せろ。ばっちり麻耶のチャンネルを宣伝しておくからな!」
「……まあ、とにかくやってくれるということで分かりました。そのまま話を進めますのでよろしくお願いいたします」
「あっ、はい。お願いします」
「すぐに準備を始めますので、明日の二十時から配信を行うというのはどうでしょうか?」
「ああ、大丈夫です。任せてください」
「それでは、お願いします」
麻耶が喜んでいるのでよしとしよう。
迷宮配信者事務所「リトルガーデン」について語るスレ89
176:名無しの冒険者
おまえらおい、「リトルガーデン」から新しい冒険者がデビュー予定みたいだぞ
177:名無しの冒険者
マジかよ? って、男……?
178:名無しの冒険者
は? 男かよ? どうなってんだよ
179:名無しの冒険者
男に見えるように見えるだけの女疑惑はないのか?
180:名無しの冒険者
は? は? マジでふざけてんのか?
181:名無しの冒険者
絶対抗議するわ
182:名無しの冒険者
続報 デビューするのはマヤの兄らしい
183:名無しの冒険者
ファーwww
184:名無しの冒険者
マジかw
185:名無しの冒険者
マヤちゃんの兄ってもしかして今騒がれているあの化け物お兄ちゃんか?
186:名無しの冒険者
草
187:名無しの冒険者
あのお兄ちゃんなら普通に見たいんだけど
188:名無しの冒険者
マヤの兄ってこの前の黒竜ぼこぼこにしたやつだろ? あれ一部でやらせって言われてるけどどうなんだ?
189:名無しの冒険者
やらせの訳ないだろw
190:名無しの冒険者
あんな精巧な作りの黒竜がいるなら、そっちの技術のほうが知りたいわw
191:名無しの冒険者
じゃあ、なんであんな化け物級の力持った奴がわざわざ配信なんてするんだよ?
あんだけ強かったら、別に配信で稼ぐ必要ないだろ
192:名無しの冒険者
まあ配信活動って承認欲求とか満たせるし、そういうのもあるんじゃないのか?
193:名無しの冒険者
黒竜を素手で倒したと思ってるやつらwww
情弱すぎんか?w あんなのどう見たって作り物じゃんw
第一黒竜一人で倒せるやつがわざわざ事務所に所属して配信活動なんかやらねぇよ
全部やらせの嘘嘘
194:名無しの冒険者
そこら辺、お兄さんが深く考えてない可能性も十分あるけどな
195:名無しの冒険者
あの黒竜は紛れもない本物だろ
五大ギルドの「雷豪」も言ってるだろ?
196:名無しの冒険者
そうそう。ていうか、今も黒竜に全滅させられたパーティーの動画残ってるだろ? 見比べてみろよ
197:名無しの冒険者
でもなんでこのタイミングでデビューなんだ?
198:名無しの冒険者
最初にデビューって言ったやつ間違いだぞ
あくまで、「リトルガーデン」にマヤの兄に関する質問ばかりが届くからそれらに関して兄が答えるってだけ
配信者として正式にデビューするかは未定だって。公式ホームページに書かれてるぞ
199:名無しの冒険者
でも所属は「リトルガーデン」なんだろ?
200:名無しの冒険者
今後も配信するんじゃないか?
201:名無しの冒険者
それはわからんが、でも確かに「リトルガーデン」としては事務所所属の人としてのほうが対応しやすいもんな
202:名無しの冒険者
確かに、そういった雑務の処理をやらせるって考えれば事務所所属の理由も分かるな
203:名無しの冒険者
俺は絶対反対 男はいらん
204:名無しの冒険者
当日の配信で心へし折ってやるわ
205:名無しの冒険者
……まじで「リトルガーデン」のファンは一部やべーのいるよな
206:名無しの冒険者
アイドル売りしてる事務所にも問題があるんだよ
207:名無しの冒険者
ガチ恋勢は本気でやべぇからな
そう考えるとマヤチャンネルは比較的少ないほうだよな
208:名無しの冒険者
マヤちゃんが年がら年中お兄ちゃん、お兄ちゃんって話題に出しまくるからな……
209:名無しの冒険者
それがなければ、もっと伸びてるんだよなぁ
次の日。
俺は寝坊していた。
待ち合わせ時間までまだ余裕があるからと昼寝をしたのだが、アラームをつけ忘れてしまったのだ。
配信自体は二十時からなのだが、打ち合わせを十九時から行うという話だった。
打ち合わせ場所は、「リトルガーデン」の事務所だ。今日はそこで打ち合わせをしてから配信を行う予定なのだが……まあ、ギリギリ間に合うか。
俺はすぐに着替えて電車へと乗り込み、到着したのは十九時五十分。
「セーフですか?」
「アウトに決まってるじゃないですか」
頬をひくつかせている霧崎さんに、俺は苦笑を返す。
「アディショナルタイムとかはない感じですか?」
「あるわけありませんよ……えーと、
「それって、アルバイトは含みますか?」
「ええ、まあ……一応、含みますね」
「なら、ないですね」
「今の質問意味ありました? ……とにかくです。無駄話をしている時間はありませんし、簡単に打ち合わせしましょう。……とりあえず、顔出しどうしますか? 一応お面をいくつか用意しましたが」
そう言って、霧崎さんがお面をいくつか見せてきた。
「お面つけたら暑そうなんで、嫌です」
「……じゃあ、顔出しでいきますか。どうせもうあちこちで公開されてますし」
……そうなんだよな。
この前のマヤチャンネルでのこともあり、俺のことはかなり話題になっている。
近所の人にもそれで声をかけられるくらいで、引っ越ししたい気持ちである。
「あとは……進行に関して、困ったことがあれば私が手伝いますのでいつでも頼ってください。一応、マヤチャンネルのほうでも何度かやっていますから」
「ああ、そうなんですね。聞いたことある声だと思ったらマネージャーさんだったんですね。めっちゃいい声ですよね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「麻耶には負けますけどね」
「……あなたにとっては本当に麻耶さんが一番なんですね。……とりあえず、困ったら私に振ってください。何とかしますから」
「分かりました。そんじゃ、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
「時間に間に合わせてくださいね……」
心配されなくても、大丈夫だ。
少しトイレに行って、途中にあった自販機で飲み物を購入してから戻る。
「あと一分ですよ!」
「まだ一分あるんですね」
「なんですか! あなただけ時間軸が違うんですか⁉」
霧崎さんに無理やり引っ張られ、椅子に座らせられる。
結構いい椅子だ。くるくると椅子で回転していると、霧崎さんが声を荒らげる。
「始まりますから! 遊ばないでください! 子どもですか!」
おっと、どうやらもうそんな時間か。
部屋に置かれたカメラに視線を向ける。その奥にはモニターがあり、俺の配信している状況が映し出されている。
おお、マジで映ってるな。軽く手を振ってみる。
「カメラばっちし?」
「……すでに確認済みです。挨拶をお願いします」
霧崎さんがぼそりと言ってくる。
それと同時に、コメントも流れていく。
〈おお、来たか〉
〈マヤのお兄さんじゃん〉
〈いきなりなんだこいつは……〉
〈まるで自宅にいるみたいじゃん……〉
マヤチャンネル〈お兄ちゃん、始まってるよー〉
〈おっ、マヤちゃん来てるじゃん〉
〈いや、他の事務所の人たちも見てるぞ〉
〈ていうか、いきなりで一万人突破してるのやばいだろww〉
〈どんだけ注目集めてんだよw〉
〈あっさり登録者数一万人超えてるじゃねぇかw〉
流れていくコメントの中に、麻耶の名前を見つけ、俺は歓喜する。
「おお、麻耶! 見てくれてるのか! あとはまあいいや。えーとどうも初めまして。マヤの兄の迅です。マヤチャンネルの一番のファンです。この下のURLをクリックしてくれればマヤチャンネルに行きますので、よろしくお願いしますーって感じで、マネージャーさん。画面の下に出したりできるんですか?」
「……宣伝は後にしてください。自己紹介の次は、今日配信した理由についてです」
怒られてしまった。
じろりと見てくる霧崎さんに、俺は落ち込むしかない。
〈草〉
〈こいつマヤチャンネルのときもそうだったけどなんか頭のねじ飛んでないか?〉
〈戦闘中だけかと思ってたけど、なんかやばそうなやつだな〉
〈配信ってやっぱり、メディアに取り上げられている件とかか?〉
ああ、そうそう。コメント欄を見て思い出したので、話し始める。
「今日配信した理由は、えーと第一にはマヤチャンネルの宣伝をしたかったからで……あー違う? ああはいはい。ついでに言うと、今なんか麻耶のTwotterとか、この事務所にめっちゃ色々なところから連絡来てるみたいでそれに関して、配信をすることになったってわけだ」
〈どういうことだ?〉
〈もう少しわかりやすく頼む〉
このコメントはいいな。
色々とリアルタイムで打ち込んでくれるので、それを見ながら思考を巡らせられる。
「簡単に言うと、俺に関することで色々聞いてくる人たちがいるので、ここではっきりと言っておこうってわけだ」
〈おっ、期待〉
〈連日テレビとかでも報道されまくってるもんな〉
テレビは見ないが、ニュース記事を調べてみると確かに俺のことはよく話題にされていた。
不服なのは麻耶の名前がまったくないことなんだが、それは今はおいておこう。
「とりあえず、色々な依頼が来ているみたいだけど断る! 俺は麻耶の配信を見るのに忙しいからな。今日だって麻耶のところにもメッセージがたくさん来て困っていたから配信してるんだからな。テレビには出ないし、インタビューも受けないし、ギルドに入るつもりもない。以上! これが今日配信した理由なんで……何かあれば答えるけど、何かある? 何もない? んじゃあ終わりで」
〈よくねぇよw〉
〈おいこらw〉
〈質問ありまくりだっての!〉
〈どうしてそんなに強いんですか!?〉
〈得意な魔法はなんですか!?〉
〈あの空中を固めていたのってなんなんですか!?〉
「おい、質問多すぎだろ。ていうか、俺に関しての質問かよ。麻耶に関しての質問ないの? おねしょいつまでしてたとか気にならない?」
〈めっちゃ気になる!〉
〈教えろお兄様!〉
マヤチャンネル〈話したら二度と口利かないから〉
「……ご、ごめんよ麻耶。そもそもお兄ちゃんと麻耶の大事な思い出を話すわけないだろ! そういうわけでてめぇら! これは俺の思い出だからな! 誰にも渡さん!」
〈このお兄ちゃんキモいぞ〉
〈警察案件でいいだろこいつ〉
〈マヤちゃんもたいがいブラコンかと思っていたが、兄のほうがやばいんじゃないかこれ?〉
いや、俺は正常だと思うが。
きっと、コメントした人には可愛い妹がいないのだろう。
「んで? 質問はあったけど……なんだったっけ? 得意な魔法とか?」
〈そうそう〉
〈何使って黒竜を倒したんですか?〉
「身体強化だ。俺無属性の適性しかないからな」
〈……は?〉
〈へ? じゃあ、空中跳んでたのは?〉
〈解説者さんとか風魔法って言ってたぞ!?〉
風魔法?
風魔法ならもっと自由に飛んでいるだろう。
「いや、無属性魔法で魔力固めて放つやつあるだろ? それを足場にして跳んでるだけだ。それ以外何もできないからな」
〈いや、おかしいだろw〉
〈それで黒竜を一方的に叩きのめしたのかよwww〉
〈やばすぎだろこいつw〉
〈おいルカきてんじゃねぇか!〉
〈来てるどころかリアルタイムで見てけらけら笑ってるぞ〉
〈おい、お兄ちゃん。ルカさん来てるぞ!〉
「誰?」
〈事務所の先輩だぞ!〉
〈マヤちゃん推しなのに知らないのかよ? 前にコラボしてたぞ!〉
〈Cランク冒険者だぞ!?〉
「いや、すまん。麻耶以外は記憶に残ってないな……確かに何度かコラボしてはいたよな。うん、とってもキュートな方でしたね、先輩さん」
至宝ルカ〈最初の発言で台無し〉
ルカという子がコメント欄に現れたとたん、さらにコメントが盛り上がっていく。
一部俺に対しての過激なコメントもあるが、知らないものは知らないのだから仕方ない。
「とりあえず今はよく知らない人なんで、また今度時間があれば……暇が見つかれば……まあ、その……見られたら見るんで。そのときよろしく」
至宝ルカ〈完全に見ない人のやつ〉
〈草〉
〈お兄ちゃん自由すぎるだろ〉
〈お兄さん……やべーな〉
「ていうか、ちょっと待てよ。おまえら俺のことお兄ちゃんとかお兄さんて呼ぶのやめろよ? それ麻耶の特権だからな? どこぞの馬の骨ともわからぬやつに呼ばれたくないんだよ」
さっきからコメント欄では、俺の名前ではなくお兄ちゃんやお兄さんという言葉が飛び交っている。
俺が注意すると、煽るようなコメントが流れていく。
〈お兄ちゃん〉
〈お兄ちゃん、しゅき〉
〈お兄ちゃんちゅっちゅっ〉
「今のコメントしたやつらそれ今親の前で読み上げてこいよな? それでえーと、もう質問もないよな? 何か聞きたいことあるやつまだいるのか?」
〈今日は雑談配信ですか? 戦闘配信はしないんですか?〉
「雑談も戦闘も特に予定ないな」
そもそも、今回の配信の目的はすでに達成済みだ。
なので、ぶっちゃけた話もう配信は終わっていいと思うのだが、まだ霧崎さんからは特に指示は出ていない。
色々とコメントが流れていくのを目で追っていくと、また質問が来ていた。
〈飛んでいる黒竜相手に空中戦をしてましたけど、本当に無属性魔法だけなんですか?〉
「そうだよ。こんな感じ」
俺はその場で見本を見せるように魔力で足場を固めた。
これは基本的な無属性魔法の技術だ。本来は相手に放って攻撃するためのものだが、別に放たなくても問題はない。
ただ、魔力凝固は長時間もたないので、あまり過信はできないが。
慣れてくれば軽く空を跳ぶ、ことはできる。ただ、黒竜のように自由に飛び回れるわけではないので、あくまでちょっとした技術程度のものだ。
〈は?〉
〈やばすぎだろww〉
〈すごすぎない……?〉
かなり驚かれてしまっているようだ。
〈このレベルの魔力凝固と身体強化ができるやつっているのか?〉
〈俺は初めて見たぞ……〉
〈ていうか、これもう特殊魔法みたいなもんだろ……〉
〈無属性魔法って誰でも魔力さえあれば使えるよな? 俺も訓練してみようかな〉
おお、コメント欄にもやる気を出した人がいるな。
「そうそう。訓練すれば誰でもできるからな。ただし、訓練するときには常に麻耶を思い浮かべて、チャンネル登録をしてみろ。そうしたら強くなれるからな?」
〈んなわけないだろ〉
〈妹への愛でこんな化け物が生み出されてしまったのか……〉
〈ちゃっかり宣伝すんじゃねぇぞw〉
……どうやら、バレてしまったようだ。
俺は魔法の発動を解除してから席に座りなおす。それからモニターのコメント欄を見る。
「俺の戦闘に関しての質問はそんなところか? あとはもう何もないだろ?」
さっさと切り上げたいのだが、質問は山のように来る。
全部を拾うつもりはない。
適当に、答えやすそうなものに答えていくか。
〈普段ってどんな生活を送ってるんですか?〉
「普段ねぇ。麻耶のアーカイブとか見ながら部屋でゴロゴロしてるな。あっ、あと朝と夕飯は麻耶の手料理だぞ? おまえら、羨ましいだろ?」
〈は? むかつくなこいつ〉
〈むかついてこいつに何かしようとしてもたぶん俺ら全員束になっても敵わんぞ……〉
〈マジでマヤちゃんの兄とか、どんな星の下に生まれたんだよ〉
それは本当にそう思う。
あと何百回生まれ変わっても、恐らくこれほど幸せな立場はないだろう。
〈ていうか、もしかして無職?〉
「無職無職。いや一応冒険者か? たまに迷宮に潜って回収した魔石とかアイテムとかギルドに持っていって売却してそれで生活してるくらいだな」
〈ほとんど引きこもりじゃん……〉
〈たまに回収したやつだけで生活できるってどんなもんなんだよ……〉
〈たぶんだけど、SランクとかAランク迷宮の素材だぞ……〉
〈そういえばこいつ、黒竜一方的にボコしてたもんな〉
〈待ってくれ。お兄ちゃんの生活羨ましすぎないか? 基本はマヤチャンネルの配信を見る。マヤちゃんの作った食事を堪能する。一つ屋根の下。……は?〉
〈うわお兄さんマジむかつくわ〉
〈ずるすぎるわこいつっ〉
おっと、なぜかコメント欄が荒れ始めていく。
まあ別に構いはしない。好き勝手書けばいいさ。それだけ麻耶を魅力的と思っているファンがいるってことだしな!
嫉妬を楽しんでいると、再び別のコメントが出てきた。
〈普段はどんな迷宮に行ってるんですか?〉
今度は迷宮の質問ね。
「黒竜の迷宮に入ってるよ。黒竜はマブダチみたいなもんだな」
〈マブダチ?〉
〈またよくわからん表現でたな〉
「これまでも何回か戦ってるからな。あれが初見じゃないから、それなりに戦えたってわけだ」
そう言ったとき、コメント欄だけではなく霧崎さんたちスタッフからも驚きの声が漏れた。
〈ファーwww〉
〈初めてじゃなかったんですか!?〉
〈じゃああのとき戦わなくても逃げられたのか?〉
「俺だけならな。転移石使って1階層にワープはできるよ。でもそれだとマイエンジェルはどうなる?」
迷宮内には転移石というものがある。
……これは、その階層を攻略した場合にしか使用できない。
94階層かあるいは95階層。
麻耶はそのどちらかを攻略しない限り、1階層に転移することはできないのだ。
だから、黒竜をぶっ倒した。そのほうが手っ取り早いからな。
麻耶は戦っていないが、一緒にいたことでもう95階層と1階層を行き来できるようになったわけだ。
〈表現きもい〉
〈天使なのは認めるけどきもいぞ〉
〈確かに、あの状況だと黒竜が邪魔してきてマヤちゃんが怪我する可能性はあったよな〉
「そうそう。でも、マヤがあのまま配信してるとは思ってなかったけどな。なんとか逃げ切れましたーって感じでまた1階層から始めようと思ってたのに」
〈それはありえないだろw〉
〈お兄ちゃん、質問です! どうやってそんなに強くなったんですか? 最初から強かったんですか?〉
また質問を頂いた。
……うーん、どう答えようか。
ありのままを語るのなら、冒険者を始めたのは約十年前。
駆け出しのGランク冒険者だった俺は、毎日麻耶と俺の生活費を稼ぐため、迷宮に入っては怪我しそうになって、たまに怪我をして、そんな中で少しずつ戦い方を覚えていった。
魔力は使用すれば増えるし、肉体は魔物との戦闘で強化されていく。
だから、とにかく試行錯誤して、毎日命を懸けて戦い続けた……。
……と、話すことはできない。
なぜなら、麻耶もこの配信を見ているからだ。
俺の苦しかった過去を麻耶に聞かせてしまえば、きっと麻耶は落ち込むはずだ。
というわけで、具体的な苦しかった部分にはなるべく触れないようにしよう。
「俺だって最初は弱かったぞ? レベル1のクソ雑魚で、そこら辺のスライムにボコられるくらい」
〈え? マジで?〉
〈じゃあ、なんで今こんなに強いんだよ〉
「なんでって、可愛い可愛い麻耶に貢ぐために決まってんだろうが! 強くなって、お金一杯稼げば麻耶の求めるものなんでも買ってあげられるだろうが!」
〈どんな理由だよ……w〉
「まあ、本気で強くなりたいなら、とにかく毎日迷宮潜って戦い続けろって話だ。おまえらも麻耶の親衛隊に志願するならそのくらいはやってくれないとな」
〈勝手に志願したことにしないでくれw〉
〈毎日迷宮潜っててもさすがにお兄ちゃんレベルにはいかないなw〉
……まあ、どれだけ死に物狂いで訓練するかだよな。
俺の場合はそれこそ生活が懸かっていたしなぁ。
あんまり昔のことを思い出すとわりと苦しい思い出もあるので、俺はそこで記憶を掘り起こすのをやめた。
「ていうか、もうそろそろ一時間じゃねぇか。さすがに飽きてきた……じゃなくて疲れてきたしな。そろそろ終わりにしないか?」
〈こいつ本当素直だなw〉
〈まあ、色々あったが、マヤちゃんを助けてくれたんだからな。そこだけは感謝するぞ〉
〈まあ、そうだな。あと、今後も配信しろよ〉
〈戦闘とか攻略配信待ってます!〉
〈登録しました! 絶対攻略配信とかしてください! お願いします!〉
「あー、はいはい。需要があったらな。それと、最後に改めて言うけどおまえら今日の配信の目的は覚えてるな?」
〈テレビ出演とかの話か?〉
〈あー、そういえばそんなこと言ってたな〉
「いやんなことはどうでもいいよ! ちゃんとマヤチャンネルに登録しろって話だよ! んじゃな!」
〈いや、それは違うだろうが〉
〈お疲れ様です。また配信してくださいね!〉
〈絶対見にいきますから!〉
〈次は戦闘とかも見たいです!〉
それらのコメントが流れていくのを見て、俺は霧崎さんに視線を向ける。
そこで配信は終わり、モニターの画面も暗くなった。
俺はそのまま放送を終わりにしてもらい、軽く伸びをする。
「いやー、疲れた疲れた。あっ、霧崎さん色々ありがとうございましたー」
何やら引きつった表情で固まっていた霧崎さんに声をかけると、彼女ははっとしたあと苦笑する。
「……いや、まあその、私最初くらいしか特に何もしていませんよ。ていうか、自由というか適当といいますか……場の空気を掌握する力を持ってますね、迅さんは」
褒められているのか貶されているのかよく分からないな。
「いつも家だとあんな感じなので。別に目的はちゃんと果たしましたし、問題はないですよね?」
「まあ、そうですね。ひとまずは大丈夫だと思います……。それより、登録者数がもう十万人を突破していますよ……おかしいくらい注目浴びていましたよ……同時接続数も十万人近くいましたし……もう、はっきり言って完璧すぎる滑り出しでしたよ」
「ああ、そうなんですね? まあ、それはいいんですよ。マヤチャンネルはどうですか?」
「あっ、そちらもかなり増えていますね。今ではもう五十万人ですから」
「おお! やった!」
俺が小躍りしていると、霧崎さんは苦笑する。
「いやまあ、そちらはいいんですけど……次回の配信についてもできればお願いしたいんですけど……」
「え? あー、そうですね」
面倒くさい、と思ってしまったが……よく考えればこれはチャンスだよな。
マヤチャンネルの登録者数にも影響を与えているので、今後も俺が配信すれば……麻耶のほうの伸びも良くなるよな?
……内容次第では、受けてもいいかもしれない。
「どんな感じにしたいですか?」
「……次の土曜日ですね。また二十時から……迷宮からの配信というのはどうでしょうか?」
「え? 迷宮からですか?」
「はい。戦闘の要望も多かったので、実際に戦っているところを見ていただこうかと思いまして。戦闘の場面でしたら淡々と戦っていても問題ありませんからね」
「それなら、ひたすら麻耶の魅力について語っていても問題ないということですか?」
「ある意味問題ですが……まあ、いいでしょう」
「それならやります! タイトルは、『マヤの魅力について』でお願いします」
「いやそれ何の配信か分からないので、『迷宮配信』というのもつけておきますね」
「ああ、はい。そこら辺は自由にやっておいてください。そんじゃ、俺そろそろ家に帰りますね」
「ああ、はい。本日はありがとうございました。また詳しい話に関してはLUINEのほうで連絡しますね」
「了解です」
俺はスタッフさんたちにひらひらと手を振ってから、事務所をあとにして、帰りの電車へと乗る。
それから、夜の街を抜け、自宅へと帰ってきた俺を、麻耶が出迎えてくれた。
「あっ、お帰りお兄ちゃん!」
笑顔とともに駆けてきた麻耶に、俺もついつい頬が緩む。
だが、同時に心配もある。現在時刻は二十二時を過ぎたところ。
「おお麻耶、まだ起きていたのか? 明日も学校じゃないのか?」
「まだっていうほど遅くないよ。あっ、配信見てたよ! 凄い注目されてたね! かっこよかったよお兄ちゃん!」
麻耶に……褒められたっ!
感動しながらも、俺も彼女に言葉を返す。
「ああっ、ばっちしマヤチャンネル宣伝しておいたぞ!」
「うん、ありがとね。夕飯はどうする?」
「確か冷蔵庫に残ってたのあったよな? それ食べるからもう麻耶は休んでもいいぞ?」
「じゃあ、それ準備するからお兄ちゃんは手を洗ってきてね」
「分かった」
麻耶の負担にならないようにしたいのだが、麻耶が笑顔で提案してくると断るのも申し訳なくなってしまう。
俺はすぐに手を洗ってリビングへと向かうと、どんどん料理が並べられていく。
俺が席に座ると、麻耶も向かい側に座りこてんと首を傾けてきた。
「配信どうだった? 大変じゃなかった?」
「ん? まー、でも俺は自分のやりたいようにやってただけだしなぁ」
「あはは、確かにお兄ちゃんらしさ全開だったね。そういえば、次の配信とかって決まったの?」
「迷宮での撮影をするとか言ってたな」
「あっ、お兄ちゃんやってくれるんだっ。よかったぁ、また見られるね」
麻耶がとても嬉しそうだ。
……良かった、断らなくて。
霧崎さん、提案してくれてありがとう。
霧崎さんに心中で感謝しつつ。麻耶の笑顔を脳内カメラで保存していく。
「でも、お兄ちゃんって……冒険者でいうとどのくらい強いの?」
「ん? 正確に強さを測定したことはないけど……まあ、麻耶を悪いやつから守れるくらいの力はあるつもりだぞ?」
「うん、あんまり分からないけど……凄く強いよね。でも、お兄ちゃん気を付けてね? 迷宮配信とかってやっぱり危険も多いからね」
「分かってる」
……俺だって、麻耶の可愛さに見とれて罠に気づけなかったわけだしな。もっと気をつけよう。
「お兄ちゃんに何かあったら私、泣いちゃうからね」
「ああ、分かってる! 絶対泣かせないから!」
俺が全力で答えると、麻耶は笑顔で頷いた。
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