妹の迷宮配信を手伝っていた俺が、うっかりSランクモンスター相手に無双した結果がこちらです【増量試し読み】

木嶋 隆太/角川スニーカー文庫

プロローグ

「お兄ちゃん! 今日って迷宮に行くことってできる?」

 世界一可愛い俺の妹である麻耶まやから、そんなことを聞かれた。

 迷宮。その入り口は小山のようになっていて、中には様々な魔物がいる。中の空間は草原があったり海があったりと不可思議な場所であり、様々な研究がされているのだが現在もその存在には謎も多かった。

 そんな迷宮が出現したのは今から数十年前だ。

 突然、世界のあちこちに出現し、当時の人々を困惑させることになった。

 だが、同時に迷宮から得られる恩恵も多く、人々の困惑は喜び、期待へと変化していった。

 迷宮の魔物がドロップするアイテムによって、新たなエネルギーや技術の実現が可能になり、そして――人々は魔法という超常的な力を覚醒させた。

「また迷宮配信か?」

「うん。お兄ちゃんが行けるならカメラマンお願いしようかなーって思ったんだけど……」

「もちろん大丈夫だっ。麻耶の頼みならどんな用事よりも優先するからな!」

「いやさすがに大事な用事があったらそっち優先してね」

 むっと頬を膨らませてこちらを見てくる麻耶。

 麻耶を怒らせてしまった……っ。

「あ、ああ。大丈夫だ、今日は一日暇だからっ!」

 誤解させないよう必死に俺が叫ぶと、麻耶は柔らかな表情を浮かべる。

「ほんと? それなら良かったぁ。お兄ちゃん! 大好き!」

 麻耶が笑顔とともに抱きついてくる。大好き……大好き……。

 脳内で麻耶の言葉を反復しながら、俺は彼女を抱きとめる。

 本当に麻耶は世界一可愛い妹だ。

「お兄ちゃん。配信なんだけど今日の放課後からだからいつものように『黒竜の迷宮』に集合でいいかな?」

「ああ、いいぞ」

 俺の妹であり、世界一可愛い天使な麻耶は笑顔とともに学校へと向かっていった。

 麻耶を見送った俺は軽く伸びをしながら、彼女が管理している配信チャンネルのページを開いた。

 迷宮が現れ、冒険者という職業が当たり前になった現在。

 冒険者たちは迷宮での戦闘などを配信する人が増えていた。

 迷宮攻略配信者。

 冒険者たちが迷宮を攻略している様子を配信する動画は世界的な人気コンテンツだった。

 最近では、テレビなどでもその様子が取り上げられるほどまでとなり、それらを見て多くの人が楽しんでいるというわけだ。

 妹の麻耶もまた、配信者の一人としてその道を歩んでいるところだった。

 とはいえ、まだまだ麻耶は駆け出しの冒険者だ。

 もちろん、お兄ちゃんは世界で一番目のマヤチャンネルのファンである。

 今日も一日中暇な俺は、マヤチャンネルの配信を振り返るのだ。

 現在、麻耶は事務所に所属して配信活動を行っている。

 事務所に関して、詳しくは知らない。まあ、麻耶の他にも学生の配信者が多く所属しているらしく、仲良く楽しくやれているそうだ。

 麻耶が楽しく笑顔で生きていられるのなら、お兄ちゃんとしては何だっていいのだ。



「皆ー、こんにちはー! 今日は迷宮からの配信です!」

 俺は言われた通りカメラマンとなり、麻耶を映していた。

〈マヤちゃん、今日も可愛いな〉

〈マヤちゃん気を付けてな? この前配信中に事故起こした冒険者もいるからな……〉

〈ココアちゃんだよな? あれは悲惨だったよな……〉

〈命があるだけまだ良かったよ〉

〈今も治療中なんだろ?〉

 麻耶の腕には、配信用の時計のようなものがつけられており、そこからはゲームでよく見るウィンドウが出現していて、麻耶はそこでコメントを確認している。

 これは現代の配信者には必須レベルのアイテムと言われている、ウォッチャーという配信道具だ。

 スマホなどと連携することで、そこに映し出されている。

 ……まあ、ぶっちゃけるとコメントを見るためというよりは、映像などを見るために使う人の方が多い。

 迷宮が発見された現代では、迷宮から得られた素材などを活用し、いくつかの技術革新が起きていたが、俺がもっとも身近に感じているのはこれだ。

 AR技術と3Dホログラムなどを使用したものらしいが、俺も詳しいことは分からない。

 麻耶がコメントを見ながら楽しく活動しているので、あとは別になんでもいいのだ。

 俺は自分のスマホで麻耶の配信ページを開き、コメントの様子を眺めていると麻耶が心配そうな表情を浮かべた。

「ココアさん……別の事務所の人だけど、私も見たことあるからね」

 今の時代、冒険者として配信している人は多くいる。

 ……ただ、それだけ多くの事故も起きてしまっている。

 やはり、迷宮は危険な場所なのだ。

〈マヤちゃんは護衛とか雇ってないのか? 事務所にも冒険者活動してる人いるよな?〉

「大丈夫です! 本日のカメラマンはお兄ちゃんにお願いしてますから!」

〈おお、お兄さんか〉

〈冒険者やってるんだっけ?〉

〈頼むから危険なことだけはしないでくれよマヤちゃん〉

「お兄ちゃん、ちゃんと映ってる?」

 俺は指で丸を作り、麻耶も笑顔とともに真似するように丸を作った。

「大丈夫みたいです。それじゃあ、早速迷宮に潜っていきましょう!」

〈ここって黒竜の迷宮だったっけ?〉

「そうそう」

〈Sランク迷宮だよな? 大丈夫なのか?〉

「低階層はGランク迷宮相当の魔物しか出ないからね。大丈夫だよ」

 そう言って麻耶は短剣の柄に手を伸ばしながら、迷宮攻略を開始する。

 黒竜の迷宮は階層ごとに魔物が段階的に強くなっていく。だから、麻耶が言う通り低階層ではそれほど大きな心配はない。

 すでに何度か入ったことのある麻耶は、すいすいと魔物を倒していく。

〈マヤちゃん、動き軽やかだね〉

〈さすがだな〉

〈マヤちゃん、今日もカワイイです〉

「えへへー、お兄ちゃん直伝だからね」

 天国の父さん、母さん。

 今日もあなたたちの娘は天使です。

 ピースを作る麻耶に癒やされていたときだった。

 麻耶が踏み出した先の地面に、魔法陣が浮かび上がる。

「えっ?」

 ……トラップか⁉ 迷宮には時々トラップがあるのだが、まさか1階層で出現するなんて――。

 慣れ親しんだ迷宮で、トラップと今まで遭遇したことがなかったため、油断した。

 すぐに麻耶を助けるために駆け出し、手を伸ばす。

〈トラップだ!〉

〈マヤちゃんすぐ逃げて!〉

 麻耶の手を掴んだが、その瞬間彼女の姿が消える。

 転移系のトラップだ。これは他の階層に対象者を転移させるものだ。

 すぐに俺も後を追うようにして、そのトラップへと踏み込んだ。



 俺が目を開けると同時、麻耶の悲鳴にも似た声が聞こえた。

「お兄ちゃん! あ、あれ……!」

 がたがたと顔を青ざめさせて震える麻耶から視線をちらっとそちらに向けると、黒竜が、眼前にいた。

 この迷宮が黒竜の迷宮と呼ばれているのは、95階層に出現する魔物が黒竜だからだ。

 そして、現在の攻略階層は94階層。

 だというのに、黒竜の存在が知られているのは――95階層に挑戦した配信者のSランクパーティーが全滅したからだ。

「ガアア!」

 黒竜が咆哮をあげると同時。尻尾が振り下ろされた。

 圧倒的な迫力とともに、凄まじい風圧が襲い掛かる。

 その一撃を見て、俺は麻耶の体を突き飛ばし、尻尾に叩きつけられた。



 ――私のせいだ。

 お兄ちゃんに突き飛ばされた私は、同時に投げ出されたスマホとともに目の前でお兄ちゃんが黒竜に潰されるのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。

〈マヤちゃん! 早く逃げて!〉

〈なんとか別の階層に繋がる階段まで行くんだ!〉

〈すぐ逃げろ!〉

〈お兄さんの死を無駄にするんじゃない!〉

〈階段まで行けば魔物は入ってこれない!〉

〈走れ! 早く!〉

〈嫌だよ! マヤちゃんが死ぬところ見たくない!〉

 そんなコメントが流れていく。

 だけど、私の足に……力は入ってくれない。

 ――お兄ちゃんに、恩返しがしたかっただけなのに。

 ――十年前。

 発生した迷宮から魔物が溢れ出し、それによって仕事中だった私の両親は……死んでしまった。

 当時の私はまだ6歳で、お兄ちゃんは16歳……高校一年生だった。

 ……そんな私を、お兄ちゃんは必死に育ててくれた。

 周りで手を差し出してくれる人がいない中、お兄ちゃんは高校を辞めて冒険者になって、危険な思いをきっとたくさんして……それで私が今まで通りの生活が送れるように、頑張って育ててくれた。

 そのお兄ちゃんに、少しでも恩返しがしたいと思って……中学のときから配信活動を始めた。

 そんなに才能のある私じゃなかったけど、少しずつ視聴者も増えていた。

 ……今では、普通の社会人くらいには稼げるようになって、これからお兄ちゃんにもっと恩返しをしていこうと思っていたのに。

 ――でも、結局私はまたお兄ちゃんに迷惑をかけたんだ。

〈マヤちゃん! すぐ逃げて!〉

〈おいこれ誰か助けに行けよ! マヤちゃんが死ぬんだぞ!〉

〈無理に決まってんだろ!? 黒竜にはあの伝説の冒険者パーティーだって勝てなかったんだぞ!?〉

〈黒竜が出るのは95階層……。挑戦者が全滅させられたから、攻略階層が94階層になったんだよ……〉

〈どうするんだよ! 誰かなんとかしろよ!〉

 ……逃げなければいけない。

 でも、逃げ切れたとして……その先に何があるんだろう。

 もう、お兄ちゃんもいない。

 それなら……生きていたって――。

「ガアア!」

 黒竜が咆哮をあげながら、こちらへブレスを吐こうと構える。

 ……集まる炎。

 あれに飲み込まれれば、きっと私は痛みさえも感じる間もなく死ぬことになるだろう。

「お兄ちゃん……ごめんなさい……」

「おいこら! 麻耶に何しようとしてんだこのクソドラゴンが!」

 そのときだった。

 聞きなれた声が聞こえた。

 今まさにブレスを放とうとした黒竜が吹き飛んだ。ブレスは私に当たることなく、天井へと当たり、凄まじい熱風が肌を撫でる。

「おい麻耶無事か⁉ 怪我ないか⁉」

「う、うん……! お、お兄ちゃんこそ大丈夫なの⁉」

「え? ああ、あのくらいなら別にな。それよりちょっと待ってろ! すぐぶっ倒してまた1階層に戻って配信できるようにするからな! ほんとすまん! 麻耶の可愛さに見とれてトラップ見逃しちゃった!」

 てへ、とばかりに舌を出すお兄ちゃん。

 いつもの家でのお兄ちゃんだ。

〈え? 何がどうなってるんだ!?〉

〈いま黒竜殴り飛ばさなかったかこのお兄ちゃん?〉

〈いやいや、そんなわけないだろ?〉

〈ていうか、潰されたのになんで生きてるんだ?〉

〈どういうことだってばよ……〉

「ガアアア!」

「おいうっせぇぞクソドラゴン! 今麻耶と話してんだよ! それじゃあ麻耶、そこから動くなよ。んじゃちょっと行ってくるから」

 お兄ちゃんは笑顔とともに手を振ると、黒竜へと向かっていった。

〈は? へ?〉

〈何が起きてんだ……?〉

〈コンビニにでも行くようなテンションで草〉

 黒竜が翼を広げて浮かび上がると、お兄ちゃんも宙へと跳んだ。

 お兄ちゃんはそれから、空気を固め、それを足場に空中を移動する。

 ……お兄ちゃんは無属性魔法の才能しかなくて、できることは身体強化と魔力凝固くらいだ。

 その魔力凝固を使って、お兄ちゃんは足場を作っているんだ……と思う。

 何度か指導をしてもらったから、理論は分かっている。……私は苦手であまりできないけど。

 お兄ちゃんは一瞬で足場を固めて踏みつけ、黒竜へと接近する。

「ハッ! おらおらどうした⁉ 飛んで有利にでもなったつもりかよ!」

 ……お兄ちゃん。

 戦っているときのお兄ちゃんはちょっとねじが外れちゃう。

 それが……かっこよくもあるんだけど。

 Gランク迷宮で戦闘訓練を受けたときも、お兄ちゃんは結構強かった。でもまあ、Gランク迷宮だしと思っていた。

 そういえば、私お兄ちゃんの冒険者活動について詳しく知らない。

 でもかっこいいから……今はそのかっこよさを少しでもカメラに収めないと。

 黒竜を完全に翻弄し、隙だらけとなったその頭をお兄ちゃんは、

「おらよ! いつまでも飛んでんじゃねぇぞ! 麻耶が首痛めたらどうするつもりだよ!」

 殴りつけた。

 最初の尻尾の一撃への仕返しとばかりに、黒竜は地面へと叩きつけられた。

 ……よろよろと起き上がり、再び飛ぼうとした黒竜の翼へと着地したお兄ちゃんが、その翼に手をかける。

「はいはーい! また飛ぼうとした悪い翼にはお仕置きだ。花占いするぞ……! 好きー嫌いーはい、嫌いー!」

 花占いの要領で黒竜の翼をもいだお兄ちゃんは、その翼をバットのように使って黒竜を殴り飛ばした。

 翼をぽいっと捨てると、それは霧のように消えていく。

 魔物は霧によって形成される。その部位破壊をしても同じように消えてしまう。

〈草!〉

〈お兄ちゃんやばすぎwww〉

〈強すぎだろこのお兄ちゃん!?〉

〈なんだこのイカレたジャパニーズは!?〉

 気づけば、視聴者が増えまくっていた。

 私の過去最高が5000人ほどだったのに今は……10000、20000……まだまだ増えていく!

 まるでお兄ちゃんの戦闘力のようにとどまるところを知らない。日本語だけじゃない、英語とかよく分からない言語のコメントまでも増えている!

「お、お兄ちゃん……私……今バズってるよ……!」

〈バズってるのはお兄ちゃんだぞ〉

〈マヤちゃん、しっかりカメラには収めてて草〉

〈配信者魂なのかねw〉

 すっかり、コメント欄は落ち着きを取り戻していた。

 それほどまでに、お兄ちゃんは黒竜を圧倒していた。

 黒竜がよろよろと起き上がると、突進する。

 それをお兄ちゃんは突き出した右手で掴み、地面に叩きつけた。

「おらおらどうした⁉ 力比べは苦手競技か? なら次は綱引きだ! 綱はおまえの尻尾だけどなァ!」

 叫んだお兄ちゃんは、黒竜の背後へと跳躍するとその尻尾を引っ張り、引きちぎった。

 黒竜に表情はないと思っていた。

 だが、その顔は明らかに恐怖していた。

 その黒竜へお兄ちゃんが迫り、そして。

「よくも麻耶に怖い思いさせやがったな! 死んどけクソドラゴンが!」

「ガ、アアアア!」

 黒竜は最後の一撃とばかりにブレスを放とうと口を開いたが、それより先にお兄ちゃんの拳がめり込み、首が九十度に曲がってへし折れた。

 黒竜は立ち上がることなく、出てきたときのような霧となって消えていく。

「よし……麻耶。ボスモンスターぶっ倒したからそこの転移石で移動できるようになったはずだ。これで、1階層に戻ってまた配信できるぞ」

「お、お兄ちゃん……もう今更1階層の配信はできないよ」

「え? なんで?」

「……お、お兄ちゃんの配信が凄すぎて……」

「え? まさかまだ配信続いてるのか⁉」

「う、うん」

「……ま、麻耶だよー! 黒竜倒したよー!」

 私の背後に回ったお兄ちゃんは、裏声でまったく似てない私の物真似をして、炎上した。

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