第11話 ユリス・キーダ姫、出国。

 ユリス・キーダ姫が王国を出る当日。


 姫を中心に据え我らは出国の門へと向かった。多数の兵士が周囲を囲み列を作る。その外には民衆が押し寄せ、最後のユリス姫の姿を見ようと必死な顔で叫んでいた。



「「「ママ"あああああああああ!!!」」」



 民衆がユリス姫のことをママァ聖母と呼ぶ。よほど出国が悲しいのか、涙を流す者ばかりだった。


 そんな彼らに姫は微笑みかけ、手を振る。全ての民への愛を伝えるように。


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛!!!)


「姫、大丈夫ですか?」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛ああああ)


「何がですかアレックス?」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛〜!!)


「これほどまでに慕われる民との別れ……お辛いかと……」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛!!!)


「ふふっ。貴方は優しいのですね。心配は入りません。私は彼らを守る為に嫁ぐのです」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛!!)


「だからこそ……悲しんではいけない。私の心にはいつも彼ら……民がいますから」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛)


「ユリス姫……」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛……)


「さぁ行きましょう」


(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛)


 ユリス姫……お強い方だ。必ずやお守りしなければ……。



(マ゛マ゛ァあ゛あ゛あ゛……あ、あ、あぁ)




◇◇◇


 キーダ王国を出てから丸1日。



 ガラガラという音と共に2台の馬車が進む。


 キーダ王国の草原は渡り鳥が飛び、のどかな風景が窓の外に広がった。


「ねぇお姉ちゃん! いっぱい鳥さんが飛んでるよ!」


 私の膝の上から窓を覗くガーラがはしゃいだ声を上げる。


「あまり覗くなガーラ」


 ガーラの視界を遮るようにカーテンを引く。


「う〜! もっと見たいのにぃ!」


 ガーラが私の膝の上で不満げに体を揺らす。ふと反対の窓を見ると、もう1台の馬車が見えた。中ではゼフィーとニアが恨めしそうにこちらを見ていた。


 ……ううん。不満そうだ。私の配置がまずかったのだろうか? 


 馬車の1台には私とガーラとユリス姫。もう1台にはゼフィーとニアが乗るように配置した。それは遠方の敵を狙い撃つニアと大軍を薙ぎ払うゼフィーの力を買ってのことなのだが……まだまだわたしも甘いという訳か。彼女達の力をもっと知らなければな。


「ふふっ」


 向かいに座っていたユリス姫が笑う。


「どうされたのですユリス姫?」


「いえ、仲が睦まじく本当の姉妹のように見えたものですから」


 ユリス・キーダ姫が妙に熱の籠った瞳で私達を見た。


「ガーラとお姉ちゃんが姉妹に見える? えへへ〜嬉しい」


 ガーラのフルヘルムから目の光が現れる。その光が緩み切ったようにダラんとタレた。


「うふふふ。美しいですわ。騎士達の友情……幼女達の友情……うふ、うふふふふふ……」


 彼女の笑顔は妙な迫力を持っていた。


 なんだか姫のイメージが先日とは違うな。いや、昨日あれほど凛とした表情をされていた姫のことだ。きっと我らが緊張しないよう気さくに振る舞っているのだろう。


 何という女性だ……さすがはママァ聖母と呼ばれるだけのことはある。



 改めて姫を見る。


 ピンクのドレスに長い銀髪の髪。スラっとした身体はまさに高貴な女性という出で立ちだ。


 年こそは10代後半だが、彼女が纏う空気はそれよりもずっと大人びて見えた。


「はぁ……まさか、アレックスのような騎士が我が国に来て下さるとは、私もそれならば婚約など申し出ませんでしたのに……」


「ん? 何か言いましたか姫?」


「いえ、ロリヴァーナイツに護衛されて光栄だと思っただけですわ」


 ユリス姫がそっと私の手を取る。


「? なんでしょう?」


「アレックス? 貴方は誰と添い遂げたの?」


「そいとげるとは?」


「んもう。そんなのは決まっているではないですか。誰としあったかということです」


 ん? 最初の方がよく聞こえなかったぞ。


 ……。


 「〇しあった?」


 「〇しあった」とはなんだ?


 ……あ!


 そうか「誰と試合しあった」と聞きたいのか。


 姫も我らロリヴァーナイツの鍛錬を気にされているのだな。


「ええ。ゼフィーとニアとやりましたよ。ガーラとはまだです」


「えぇ!? ふ、2人と……? それにガーラともその、ゴニョゴニョ……ぁぃし合うおつもりなのですか?」


 ガーラと試合う? ううん。確かに、あの剣捌きは一度体験してみたいな。ガーラは嫌がるかもしれないが……いや、しかし騎士団長として団員の全ての力を把握しておかなくては。


「もちろん。彼女達の全てを知るのも私のつとめですから」


「はぅっ!?」


 突然、ユリス姫が鼻を抑える。彼女の手袋が真っ赤に染まる。


「ひ、姫!? 鼻から血が……っ!? 大丈夫ですか!?」


「大丈夫! 大丈夫です! それにしても、アレックスは意外に手広いのですね……」


「色々な者とやり合わないと自分の強みは分かりませんからね」


「強み……っ? アレックスの強みとはなんなの?」


 私の強み、か。


 思えば私は様々な相手と戦って来た。その経験が今、戦闘を支える技術となっている……。



 そうなれば、やはりアレか。



「相手の弱点を探し、それを責めるのが強み……ですかね」


「弱点!? そんなこと初めて同士で分かるのですか!?」


「? 分からないなど言ってられません。意地でも見つけるのです」


「な、なるほど……っ!? よく分かりましたわ……っ!?」


「だからこそ。私はどんな相手にも躊躇ちゅうちょせず挑みます。誰とでも(戦闘を)やってこそ騎士団長が務まるのです!」


「だ、誰とでも……? そ、それは私とも一戦交えて頂けるということ?」



 姫と一戦?



 ……。



 流石大国であるキーダ王国だ。姫といえど武術を学んでいるのだな。




 再び姫を見据える。今度は一切の油断無く、その肉体の全てから情報を得るように。



「あ、アレックス……? 何を……そんなに見つめるのです……?」



 先ほどは細いと言ったが、しなやかな筋肉のつき方をしているのかも知れない。だとすればかなりの手練。



 一体どんな技を放つのか……見てみたい。



「ぜひ一戦お願いしたいですね。姫の(戦闘)技術と私の(戦闘)技術……どちらが上か、確かめてみたい」



「……ゴクリ。それほどまでの……技術、をお持ちなのですね……」



 姫が顔を真っ赤にしながら熱い視線を送ってくる。


 それほどまでに私に期待してくださるとは。まさに騎士の誉れ。全力で応えなければ。しかし。もう時間も無い。姫がテイエス帝国に入国してしまえば試合しあうこともできなくなる。


「姫、いつ試合いましょう?」


「え、え……いつ愛し合うかですって!? そ、それは……やはり宿に着いてからでないと……」


「そんな悠長なことを言っていていいのですか!? 私は今すぐにでも構いませんよ? 馬車を止めましょうか?」



「そ、そんな熱の籠った瞳で……!? はううううううっ!?」



 ユリス姫は盛大に鼻から血を吹き出し倒れ込んだ。



「姫ええええええぇぇぇっ!!!??!?」



 姫はしばらく起きなかった。



―――――――――――

 あとがき。


 次回。姫を狙う影が……。

 

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