第12話 バブみスライムの群れ

 馬車に揺られてさらに半日。当たりも暗くなり、姫にも疲れが見えた頃、事件は起こった。


 ドォンッ!!


 突如馬車に何かが体当たりした。


 シュタンッ!!


『マ“!?』


 外から聞こえる弓矢の音に魔物の叫び声。魔物が襲撃をかけて来たことはすぐに分かった。


「な、なんですか…!?」


 戸惑う姫。彼女の瞳を見て真っ直ぐに伝える。今は下手な誤魔化しは自体を悪くさせるだけだ。


「魔物の襲撃のようです」


「ま、魔物……ですか?」


「ですがご安心下さい。我らがなんとしてもお守り致します。ガーラ。姫を頼む」


「うん! 分かったよお姉ちゃん!」


 ガーラのフルヘルムから両眼の光がポワリと光る。


 彼女達を残し、私は馬車を出た。




◇◇◇


 馬車を出ると、ニアが駆け寄って来る。



「アレックス!! 魔物の群れだ!!」


「種族は?」


「……スライム。でも何かおかしい。ずっとうわ言のように何かを呟いてる」


 何かを呟いているスライムだと……?


 そのような魔物は1種しかいない。近年急速に数を増やした突然変異種しか。


「バブみスライムだ。決して組み付かれるなよ」


 その時、バブみスライムの群れの声が聞こえた。


「ママ?」

「ママ……?」

「ママ?」

「ママッ!?」


「何あれ……ユリス姫のことを言ってるの?」



「いや、あれはママァ聖母ではない。ママだ」




「ママ〜!!」


青白いポワンとしたスライムが飛びかかってくる。咄嗟に剣を抜く。



「ふん!!」



 スパァンッ!!


「マ“!?」


 一瞬にして溶けて崩れ落ちるバブみスライム。


 しかし、付近を見渡すとバブみスライムが30体ほど。馬車を取り囲むようにジリジリと近づいて来ていた。


「俺様の出番だな!!」


 もう一方の馬車からゼフィーが飛び出す。大斧を抜き、バブみスライムたちの中へと突撃する。


「ゼフィー! 早まるな!!」



「オラァ!!」



 ブォン!!!



 ゼフィーが大斧を薙ぎ払い、5体のバブみスライムを切り伏せる。



「なんだよ。全然弱いじゃねえか」



「距離を取れゼフィー!!」



「なんだよアレックス? こんな奴らなんか──」



 ゼフィーが油断した瞬間。



 3体のバブみスライムがゼフィーへと組み付いた。


「むぐっ!?」


「「「ママ〜」」」


「おい。なんだ、ごれ"!?」


 顔までスライムに取り込まれるゼフィー。彼女はガボガボとスライムの体の中て溺れているようだった。



「ごぼっ……っ!? ぐる"じっ……っ」



「クソ……遅かったか!」


「どうしたのアレックス? バブみスライムに取り込まれるとどうなるの?」


「バブみスライムの水分はある種の催眠効果を出している。あれにやられると強制的に奴らのママにされるぞ」


「ママに……? どういうこと?」


「すぐに分かる」


 スライムがゼフィーから離れる。そして、ぺたりと座り込んだ彼女の胸へと飛び込んだ。


「ママ〜」

「ママ!」

「ママっ!」


「よしよし♡ みんな可愛いな〜♡」


 ゼフィーが愛おしそうにバブみスライムたちを抱きしめ、その額に口づけをしていく。まるで自分の子をあやすように。


「ぜ、ゼフィー……変」


「気をつけろニア。あれがバブみスライムの能力だ。敵を己のママにし、死ぬまで世話をさせる」


 ゾッとする顔をするニア。彼女は一瞬震えるように体を抱きしめると、再びその両眼を鋭くさせた。


「ゼフィーは戻せるの?」


「特殊な薬品を飲ませれば元に戻せるが……今のままでは……」


「ママ?」

「ママぁ?」

「ママ!!」


 バブみスライム達が全員私達へと照準を絞る。


「「「ママ〜!」」」


「はあっ!!」


 飛びかかって来たスライム達を一太刀で斬り伏せる。


「マ"っ!?」


 剣の一撃でドロドロと解けていくスライム達。それを見たゼフィーが大粒の涙をこぼす。



「あ、ああ……俺様の子供たちがぁ……うぅ」


 ゼフィーはショックを受けたようにその場に崩れ落ちた。


「ニア! 援護を頼む!」


「分かった……っ!」


 言うと同時にバブみスライム達へと突撃する。


「うおおおおおお!!!」


 スパンスパンスパァン!!


「ママ゛!?」

「み゛!?」

「ママ゛っみ゛!?」


「アレックス危ない!」


 ニアの放った矢が、私の背後にいたスライム達に直撃する。


シュタンシュタンシュタンッ!!


「マッマ゛!?」

「マミィ゛!?」

「マーマ゛!?」



 群れの中で剣を振り、スライム達を斬り伏せていく。私の背後はニアが守ってくれる。そう思うだけで私は己の力を全て目の前の相手に注ぐことができた。



 ……。



 そして30体いたスライムもあと数体となった頃。




「ママ〜!」

「ママ!!」


 2体のスライムが逃げ出し、姫の乗っている馬車へ向かう。


「……くっ! アイツら……!?」



 ニアが矢を構える。



 その時。



 シュインシュインッ!!



「マ?」

「マ……マ゛ぁ!!……マ゛!!?」



 ばたり。



 光のような剣線が描かれ、2体のスライムが大地へ倒れる。



「ふぅ〜スライムはあんまり怖くないね〜」



 フルヘルムの少女が両手のショートソードをフルフルと振るう。


「ガーラ!」


「えへへ〜お姉ちゃんにお姫様守れって言われたからね!」


 ガーラは得意げにふんぞり返った。




 ◇◇◇


 その後。私達はバブみスライム達の群れを全滅させた。


 しかし、一つ問題が……。


「は、離してよゼフィー!?」


「ほらほらガーラちゃん? ゴハンの時間ですよ〜♡」


「ガーラは赤ちゃんじゃないよ〜!!」


 バブみスライムを全滅させたことで、ゼフィーの母性はガーラを我が子だと認識させたようだった。先ほどから、ガーラを抱きしめては胸へ押し付けようとしていた。


「これは……大変だねアレックス……」


「ああ。なんとか元に戻してやらなければ……姫。申し訳ないですが村に着いたらまずはゼフィーを……」


「ふ、ふふふふふふふふ……幼女ママが幼女を……ふ、ふふ……尊い……」


 なぜかユリス・キーダ姫だけは溶けるような笑みを浮かべていた。




―――――――――――

 あとがき。


 なんとか姫を守ったアレックス達。しかしゼフィーがバブみスライムの餌食に……次回、アレックス達はゼフィーを戻すために奔走します。



モンスター図鑑。


 洗脳粘液バブみスライム


 スライムの突然変異種。近年急速に数を増やした。

 催眠作用のある水分でできており、獲物に己の体を摂取させ、強制的にバブみスライムのママにさせる。


 ママになった者は催眠が解けるまで……下手をすると死ぬまでバブみスライム達の世話をすることとなる。強くはないが恐ろしい魔物。


 なお、バブみスライム達の本当のママは己の子供に非常に厳しい。常に早く独り立ちするよう彼らに迫っている。


 そのストレスから逃れる為、バブみスライム達はママを求めているという説が囁かれている。




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