犬も食わない③
思わず飛び出してしまったルディは、最近また始めていたときわの森廻りをしようと、まずは厩へ向かい、町の外へと向かうことにした。
森の周りを歩く必要はもうない。だから、馬を引っ張り出してきた。アリサ伯母様がいらっしゃるから時間は掛けられない。だけど、頭を冷やしたかったのだ。
元々、今日はアリサ達が来るから体の自由が利くようにはしていたから、問題はない。それなのに、……。
……言い過ぎた……。
ルタが大丈夫だということは、確かに大丈夫なのだ。
ただ、また何かのきっかけで魔女が狙われる可能性だってあるし、何かのきっかけで恨みを買うことだってある。だから、ルディも普段から人の機微をよく観察するようにしている。
タミルにそんな雰囲気が感じられないのも確かだし、アリサ伯母様やミルタスにもそんな雰囲気は全くない。
タミルは信頼の置ける親友であることにも変わりないし、アリサが本気でディアトーラを潰そうとしている兆候も全くない。ミルタスだってエリツェリの事を思って、ディアトーラと意見を違えることくらいあるが、特に私的な恨みの上での発言はないように思える。さらに、忖度などせず、正直に今の彼女が出来ることを伝えていく点は評価できるが、言っちゃ悪いが、ミルタスに隠し事が出来るほどの裁量があるとは、まだ思えないのも確か。それは、それでいいのだ。元首として若ければ若いほど、変にずる賢く立ち回れば、たちまち足元を掬われるのだから。
それに、出来ないを通しても、彼女の背景に怒らせてはいけないタミルとアリサがいるのだから。各国共に無理は言わない。現エリツェリ元首は恵まれているのだ。
そう考えても、焦りもしていないエリツェリがディアトーラを、なんて杞憂も良いところなのだ。
ただ、隠し事はしていないようだが、よく分からない点はある。何故か、ワインスレー地方の集まり度に、ミルタスに感謝されることが多いのだ。
どちらかと言えば『嫌い』な国に感謝の意を述べられる。
「謝罪なら分かるんだけど、……」とカズに相談したら、何故か笑われた。「分からないから、『いいえ、……じゃあ、タミルによろしく』としか答えられない」と悩みを伝えるとさらに笑われた。だから、ルタに相談しようと思っていたのに……。ルタならミルタスに感謝される意味も、カズに笑われる意味も分かるかと思ったのに。
……なんで、あんな風に言っちゃうんだろう……。
しかし、ルディだって彼らを疑いながら過ごしている訳でもない。どちらかと言えば、仲良くやっていきたいし、親友と呼んでいたい。どうしてあんなになってしまったのだろうか。ルディ自身よく分からない。ルタのことも信頼しているし、大丈夫なのも分かっている。だから、余計に分からない。ルタが「大丈夫」という度に、何か強迫観念のようなものが押し寄せてくるのだ。その理由は今の時点ではもやもやしているだけで、よく分からない。ただ、とにかく、今、早急に解決しなければならない確かなことがあるだけで。
……絶対に怒ってる……。
ルディは睨み顔のルタを思い浮かべ、馬を引きながら大きな溜息をついた。馬がそれに倣うように鼻を鳴らす。そんな馬にルディが言葉を掛ける。
「やっぱり、怒ってるよね……」
……どうしよう。
ルディはどうしようもないことを考えていた。
それなのに、素直に謝る気には、まだなれない。
そんなルディの様子を町の人たちが心配そうに眺めていたが、ルディはそれすら気に留める気力がなかった。
……どうしよう。
そんなルディの姿を見ていた町の人たちは、どうしてルディがこんなに落ち込んでいるのかを察していた。
「きっと、ルタ様に叱られたんだ」
それは、カズが以前にそんな話をマリエラにしたからであって、マリエラが同じく夫婦げんかをしたらしい普段は仲良し夫婦のパン屋に、「ルディ様とルタ様でさえ喧嘩なさるそうですから、気にしないで良いのよ。時々ルディ様が元気のないことがあるでしょう? あれがそうなんだって」とお喋りをしたからであって、その話を耳に挟んでいたエドがフレドやテオ、クミィに悪気なく広めたからであって。ミモナやモアナがそこら中で「ルディ様が元気がない時は喧嘩した時なんだって」と嬉しそうに話をするからであって。
「そっと見守ってあげる方がいいよね?」
だから、ルディの姿を見た町の人たちは、そっとルディを見守り続けていた。
そして、そんな雰囲気を知ってか知らずか、あのよく鳴く犬のチャボですら、悲しげに鼻を鳴らし、伏せ目がちな視線をルディに投げる。
……あぁ、カズに相談……してもお前が悪いって言われそうだしな……。
論点がずれていたことに自覚はあるのだ。顧みれば、ルタの言い分の方に軍配が上がる。ルディのそれは単なる感情に過ぎないのだから。いや、論点どころか、噛みつかなくても良いところに噛みついた、ということも分かっている。あれは、タミルと話をする時に、気を付けて見ておかなければならない内容の一つに過ぎない。
ルディの静かな懺悔の散歩は町の人に護られ続ける。馬の足音だけがカポカポと響く町は、ルディそのものでもあるようだった。
……でもさ、ルタが危機感を持っててくれないと、どうしようもないところもある訳だしさ……。
思い詰めたら火の中でさえ躊躇せずに飛び込みそうなルタを、ルディは恐れているのだ。
実際、ときわの森ならお腹の大きくなった今でも飛び込んでいきそうでもある。
……でも、ルタは真面目だから、動かなくちゃならない状態になれば、絶対に動くし、ゆっくりのんびりしてて欲しいなんて聞き入れてくれないし……。
……どうしよう……怒ってるよね……。
そして、いつまでも続きそうなそんなルディの懺悔の散歩を止められる唯一の者が現れた。
彼は今日アリサ大伯母様がやってくるということで、学校の授業は二時間だけで、早退することになっていたのだ。そして、帰路を急いでいると、あり得ない場所で、あり得ない表情の父親を見つけてしまったのだ。
「とう……さま?」
ルカは急いで父親の元へと駆け寄って、改めて声を掛けた。
「父さま、何をしているの?」
その突然の来訪者に、ルディがやっと我に返った。
「あ、ルカ……おかえり」
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