『閑話』
時同じくして、その夜。アースとアノールは向き合って静かに碁を打っていた。次手を考えながら、アノールが静かに尋ねる。
「私には分かりません。お義父様が魔女を受け入れるなんて仰る意味が。どう考えても、危険な賭けとしか思えません」
アノールはこの国の行く末をただ見つめている。
ルタが言ったように、彼女が外にいる方がこの国には都合が良い。
漏れることはないだろう。しかし、万が一、今回の出来事がリディアスに漏れ出た場合、彼女が外にいれば、すべてを彼女のせいにすることができる。
それこそ、知らぬ存ぜぬで通せばいい。
そうしないと、どんな報復を受けるか分からない。リディアスは裏切りを許さないのだから。
もちろん、この国と彼女との繋がりの時間を考えれば、それは簡単に選べない。
だから、彼女には静かに暮らしていてもらった方が、互いの安全になるのだ。リディアスが魔女を差し出せと言ってきても、同じように貫けば良いのだ。クロノプスの者なしで、リディアスの人間が森を歩けるかと言えば、歩けないのだから。
最近は森の浅い場所なら人を選ぶことなく人間を森へ侵入させるが、魔女の元に辿り着くことができるのは、魔女の加護があるディアトーラ、クロノプス家の者だけだったのだから。
ときわの森にはリディア神の化身も住まわれているというのに、こちらには何の加護も与えられない。
いや、いつになってもリディアの世を作らない、頼りない子孫だと見限られているだけなのかもしれない。
だから、アノールは神話の世界を笑うのだ。
広がる砂漠は深い森だった。リディアはトーラによって小さくなったときわの森を見つめる。魂自身はときわの森にある。しかし、届かない。手を伸ばし、渇望する。リディア神は元の力を失っている。遠い神話の話だ。アノールは思い耽った。全くおかしな話だ。リディア家の血を引く者がトーラを望むなんて、その渇望と同じではないか。
「ルタ様が仰ったこと、アノールはどう思うかね」
白い石を音良く響かせたアースが問う。
「ルディの感情論などよりもずっとこの国のことを考えておられると感じましたが」
アースが静かに笑う。アノールが呑み込んだ言葉を知っているのだろう。
「ルタ様は真っ直ぐに生きておられる。そこはルディと同じじゃないか?」
首を傾げるアノールを見て、やはりアースが笑う。
「あいつのあれは、違うでしょう?」
だいたい相手の気持ちを後回しにして家を説き伏せようとする時点でおかしい。きっと本気で馬鹿なのだ。そちら側から考えても、やはりルディはおかしい。だから、公開処刑ばりに振られるのだ。
だが、全く堪えてなさそうだった、とアノールはルディを思い出す。きっと、真っ直ぐに馬鹿なのだ。
人間であり、本当に真っ直ぐ生きているだけであるなら、ルディの懸想に巻き込まれているルタが気の毒に思えるし、彼女の狼狽ぶりを面白がっていた義父の性格は、底意地が悪いと感じる。しかも、アースの場合、悪気があるわけではないから、
「君は父親だからな」
「それは関係ないかと」
アノールが置く黒い石をアースが眺める。
「本当を言えば、ルディの掲げた魔女のない世界が見たいと思ってな。君がここに来た時も思ったんだが、ここが、リディアの血を引く王家の者とトーラの娘が仲良く暮らせる国になる。魔女がルディを受け入れるとは、そういうことじゃないかとな。夢のような話じゃないか?」
「ルディの掲げているのは、単なる空っぽの国ですよ」
しかし、何が出てくるか分からない。そんな張りぼてにする。何を詰め込んでいくかは周り次第。この国の得意とするところか……。
トーラとリディアが共に手を取れば、『魔女』のいない世界の実現は可能かもしれない。
「私は、知りませんからね」
「知らないことにしておいておくれ」
穏やかな表情で白い石を指に挟んだアースの言葉に、アノールは彼の攻め手を静かに待った。
夢を見るくらいなら。
アースはルタの返事が必ずしも『是』とならないだろうことを残念に思っていた。
アノールは、ただセシルが跡目をアノールに譲った時の言葉を思い出していた。
「アノール様はリディアスの方、お父様はディアトーラの者です。お二人が知恵を出し合い、この国を支えることが、よりこの国のためとなるはずですので」
夢を見る。
そんな世界があってもいいのかもしれない。
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