『ルディは魔女さまが好き③』


 アノールがまったく答えを返さないものだから、ルディはラルーのいるときわの森へと足繁く通い、その客人についてやトーラついてを尋ねて過ごした。

 例えば、この世界が滅ばないで済む方法があるのであれば、そちらに進みたい気持ちはあるのだ。ルディにとって、この世界はやはり唯一無二の大切な世界なのだから。


 どこかの時間からやってくる客人は、新しき世界のトーラらしいということ。そして、この世界からは考えられないような場所から来ることを教えてもらった。

 リディアスが持つ闇夜を照らす灯りが、その世界では当たり前のように燦然と輝く場所らしいので、本当に異界からの客人なのだろう。しかし、どんな方かは全く分からない分、警戒は必要かもしれない。

 しかし、その客人にはこの世界のトーラ様のような、時間を書き換える力すらないという。ということは、この世界を滅ぼすのは、やはりこの世界のトーラ様。ラルー様が大切に思うルディの知らないあの方だ。


 そして、この世界が今ある理由は、今のトーラ様が、唯一時の遺児として存在させた人間だから、そのルオディック様の存在を残しておきたいから、護られ続ける世界であることに間違いはない。そんな世界を捨ててまで、こちらにその客人を寄越す理由が、やはり今のルディにはよく分からなかった。


 好きな人がいる世界を滅ぼす理由ってなんだろう。彼を護るために存続させていた世界。たとえ、それが時の遺児だとしても、それだけ大切な存在だったということだ。

ルディは目の前にいる魔女を見つめて、自分に置き換えると、余計に分からなくなった。


 ディアトーラでは保護という形を取るのかもしれないが、もしかしたら、ラルー自身にもトーラ自身にも他に考えがあるのかもしれない。一旦の保護。ただ、リディアスが行う魔女狩りから護るだけの。単なる女の子らしいし。世界を滅ぼすきっかけかもしれないという、曰く付きなだけで。

彼女たちは滅びの回避を考えた上で、ここにそのトーラを寄越すのかもしれない。もしかしたら、その保護がこの世界を護ることに繋がるのかもしれない。

 ルディはそんな風にも考えた。


 ただ、ラルーに尋ねてもトーラ様が何を考えているのか、ラルー自身がどう動くつもりなのかは教えてくれない。

「わたくしは、トーラと共にありますから」

としか言わない。


しかし、もしラルーがこの世界を存続させたいと思うのであれば、銀の剣を用いるのだろうとは思う。銀の剣はこの世界を護る聖剣であるから。だけど、銀の剣を持つ勇者を求めるリディアス出身の父アノールはそれを一度も言わない。もしかしたら、銀の剣ではどうしようもないのかもしれない。さらに、銀の剣の所持者であるラルーからその客人を消し去ろうとする雰囲気も感じられない。

 それは本当に言葉通り「トーラと共にある」という意味を持つのだろうとしか、感じられない。


 いや、ルディに託される可能性も残っている。銀の剣の所持者であるラルー、いやこの場合のルタはそのための勇者を選ぶらしいから。

 『ルタ』についても尋ねた。ルタは『ラルー』とは違い単なる人間らしい。そして、あの時、ルディが見た姿はそのルタだということも分かった。人間になっていたのだとすれば、雰囲気が違ったことにも頷けるが、ルタについてもそれ以上のことを教えてくれなかった。


「この世界においてのルタについては、アノールの方が良く存じているかもしれませんわ」

そんなことだけ、ルディに伝えて。


だから、ルディは何も言わない父と、ラルーの言葉を考えて、きっとリディアスでの機密くらいの意味合いがあるのだろうとだけ、予想をつけた。ラルーは他人の秘密を自身のために利用はするが、他人を利用するために漏らすことはしない。父アノールも、必要以外のことは絶対に口を割らない。彼らはディアトーラの敵ではないが、盲目的な忠義があるとも言えないのだ。

 そのような彼らが口を割らない。そういう意味でもルディは詰んでいる。


 そんな話を聞いて過ごしても、ルディ自身が、中途半端にぶらぶらしている状態には変わりなかった。仕方がないので、日課のようなお努めを終わらせると、ラルーの淹れるお茶をもらい、焼き菓子を食べて過ごすようになった。

馬の世話をし、剣術の稽古をし、教会へのお祈りをする。そして、町を見回り、館へ戻る。よほどのことがない限り、お昼過ぎには終わってしまうのだ。別に跡目にこだわらなくても、返事をしても構わないのだろうけど、あんな風に言ってしまった手前、動けないのだ。

 ルディは胸の内で失策だったと後悔する。


「ラルー様って、この世界が滅びると決まった後、滅びるまでどうなるのでしょうか?」

ふと、思った疑問をラルーに伝える。ルディ自身が身の置き所がない状態なので、気になったのだ。

「おそらく、役目を解かれるのでしょうね。あの子にわたくしがもう必要でないということでしょうし、世界を書き換えるとなると、わたくしは邪魔でしかありませんし、あの子とわたくしの力の差はかなりありますから、力押しされると、わたくしが勝つことはないでしょうし」

ラルーがはっきりと言葉を伝えないことは珍しい。そして、ルディは『必要ではない』『勝つことはない』という言葉に反応してしまう。


「それって、消えちゃうってこと?」

「さぁ、なってみないと分かりませんけど」

「嫌だよ、そんなの」

カップの中にあるお茶が波打った。


 ラルーが少し驚いた表情を浮かべていた。

「わ、ごめんなさい」

そして、ルディが慌てた。

「驚かそうとしたんじゃなくて、だって、ラルー様が消えてしまうって言うから、びっくりして」

だけど、ラルーはもういつも通りだった。見守るような優しさを含む微笑みが、そのお顔に現れる。そして、何もかもを許してくれるような声で、「わたくしの方こそ、悪いことをしました」とルディに謝る。


「びっくりさせてしまったのですね。でも、消えてなくなる可能性は低いと思いますわ。あなたも含めて。あの子は時の遺児を作るのを嫌いますので、あの子なら、きっとすべてをこの世界の駒として存在させましょう」


 きっと、全部遺したまま、世界を編み出すはず。彼女だけが消えようとするはず。もしかしたら、その場所をラルーに明け渡すつもりかもしれない。

それだけをラルーは阻止したい。しかし、それをこの世界の人間に頼んではいけない。

 トーラは人の願いに強く引かれてしまうものだから。それは、裏切りにしかならないから。


「これは、わたくしの勝手な考えですが、聞きますか?」

ルディは真っ直ぐにその答えを聞きたいと思う。どうすれば、ラルーの役に立てるのだろうか。彼女の勝手な考えというものでもなんでも知りたかったのだ。

「聞きたいです」

空を見上げているラルーが「でも」と続けた。

「もうすぐ日も暮れるでしょうから、また明日にしましょう」

太陽が低い位置で、森の影に隠れようとしていた。

「ずいぶん、日が暮れるのが早くなりましたね」

そう言うラルーにルディは見送られ、魔女の家を後にした。


 それなのに、その夜に雪が降った。しんしんと積もるそんな雪は、森を進入不可にする。窓の外を見ながら必死に積もらないように願ったルディの願いは、朝にはあっけなく裏切られていた。

「ルディ、雪が積もっているの。今日は雪掻きの時間を考えて、動いてちょうだいね」

窓の外を見て落ち込んでいるルディの耳に、そんな気持ちなんてまったく無視する日常が響く。

 分かってるよ……。


 ルディは楽しくない気持ちを抑えながら、予定を頭で組み始める。

 雪掻きがあるから、朝の稽古は休み。馬の世話をして、朝食の後は、町を回る。本当はその後にときわの森へ向かうつもりだったが、雪の森はさすがに遭難の危機があるかもしれない。思わぬ落とし穴に足を取られでもしたら、誰の目にも付かなくなる。

 本でも読んで過ごしてもいいし、朝の稽古を回してもいい。

 鬱陶しい気持ちを紛らわせるには、どう過ごせばいいのだろうか。


 何かあれば町へ下りなければならないだろうけど、その他は自由だ。跡目でもあれば、領主宛の手紙でも整理して、返事の目処をつけて父に渡すこともあるのだろうけど。この先の予定を組んでおくこともあるのだろうけど。不在の間はその代理も務めるのだけれど、それすら今はアースがする。

 なんの権限もないルディに出来ることは、本当にない。

 跡目として認められない器だったとしても、返事くらいしてくれても良いものなのに。


 馬の世話を終え、防寒用のマントと手袋で雪掻きの準備を整えたルディが庭に出ると、すでにカズが雪を掻いていた。

「ごめん、遅くなった」

「平気へいき。これから二倍頑張ってもらうから」

「うん、分かった」

一日でずいぶん積もったようだ。厩の周りもよく似たものだったが、表玄関の方も今夜再び雪が降ると、扉が開かなくなってもおかしくない。そして、ブーツの先は完全に雪の中のカズが、ニヤニヤ笑いながら、ルディを眺める。


「なに?」

ルディもそのカズに不審を覚え、なんとなく唇をとがらせ、頬を膨らませていた。今までの鬱陶しい気持ちがさらに積もっていく感じだ。

「お前、最近反抗期なんだって?」

「はんこうき?」

よく分からない言葉を聞き、ルディはただただ復唱する。もちろん『反抗期』の意味は知っている。でも、どこがいったい反抗期なのかが分からないのだ。

「僕が?」

「そう」

「はぁ?」

やはりニヤニヤしているカズが続けた。


「親の言うことを良く聞く良い子だったのに、最近は魔女様の家にばかり。縁談も進まないって、奥様が嘆いてた」

「へ?」

ルディはきょとんとして、カズを見つめる。いや、カズを見つめて、母を思った。


 母さんは、跡目になって魔女様の役目を果たす心配よりも、縁談の心配をしていたの?


「なぁ、ルディ。そんなに魔女様が好きなんだったら、駆け落ちでもすれば?」

軽い言葉のカズに、ルディが堪らなくなって叫んだ。

「馬鹿なこと言うなよっ。こんな時に」

その叫びに、カズが驚き、すぐに謝る。

「ごめん、そんなつもりじゃ……」

そのカズを見て、ルディが慌てて、「あ、ごめん、叫んで……」と謝った。


 内情を知らないカズに叫ぶなんて、理不尽この上ない。

「本当にごめん、雪掻き、早く終わらせよ。二倍頑張るから」

そう言って、ルディは雪にシャベルを突き立てた。そして、思う。間違っていないのかもと。

 きっと、どうしようもなく特別に。僕は魔女様が好きである。

 そう思えば、母の心配もあながち間違いではないのかもしれない。


 それから数ヶ月。雪解けに春が囁き始める頃、ルディの跡目継承が、教会の女神さまの前で行われた。それは、ルディが決断してから、一年ほど経った後だった。


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