ぐだぐだルディ②
「なぁ、……」
カズが珍しく一人で飲み屋のカウンターに座っている。
「天地がひっくり返るって起きるもんなんだな」
飲み屋の親父は知り顔で微笑んだ。
「で、一人で飲みに来たんだ」
「あぁ、なんかまだ、信じられないって言うか……」
それもそのはずである。
あのクロノプス家が魔女を夫人として受け入れたのだ。
ルディの言うことは実際カズにはよく分かっていなかった。
世界が滅ぶという大事件が起きたらしい。
でも、実際滅んでいないし、三百年は滅ばないというのだ。
そんな先のこと分からない。少なくともカズの曾孫以降には関係するのかなくらい。
「祝ってやらないのか?」
溜息をついてしまったカズに親父は静かに尋ねた。
「婚礼の後にはちゃんと祝うよ? だけど、実感がないっていうかさぁ」
実感は全くないが、そうらしい。
正式に決まってはいるが、まだ女神さまに誓いを立てる前だから、余計に実感も湧かないのかもしれない。カズは、なんとか自分に納得いくようにそう落とし込む。
「で、この間もルディの愚痴みたいなのに付き合わされてさ」
「それはお気の毒さま。俺でよかったら聞くよ」
聞いて欲しいと思ってやってきたのは誰が見ても明白だった。
「ありがとう」
そこで、カズは話し始めた。
まずカズには、ときわの森に住む魔女が人間になるなんてことがまず信じられない。
確かに彼女は魔女の中でも特別な魔女であった。魔女の中でも本当に何の力もなく、ただ魔物に狙われにくいだけという者もいるのだ。ルディが言うには、それら魔女は人間と然程変わりない者たちらしい。そんな彼らに比べれば、彼女は確かに魔女だったのに。
彼女はディアトーラが崇める魔女トーラに仕える魔女。
本来なら人間を欲しがる時に現われる魔女なのだ。
それをルディが……。
カズはまずそれを心配して、ルディに声を掛けた。
「なぁ、お前大丈夫なのか?」
それなのに、ルディは全く違う心配を返してきたのだ。
「うん……でも、本当によかったのかなと少し思う」
「そりゃ、そうだよ」
「僕がルタ様の自由を奪う形になっていないかなって思ったり」
カズは首を捻った。見遣るルディは幸せ報告から一転、その表情を曇らせる。
「えっ?」
「だってさ、やっと自由の身になったんだよ。なんでも出来るようになったんだよ。それなのに、ディアトーラっていうややこしい国の領主夫人を押しつけてしまったんじゃないかなって、思う」
カズはさらに首を捻った。もう、これ以上捻ることはできないだろう。
あぁ、やっぱりこいつは残念な奴なのだ。
そんな気がした。
カズは食虫植物にでも捕まってしまったのではないかというルディを心配したのだ。
それなのに、こいつは……。
そんな視線をカズが送っていたら、ルディが思い当たったかのようにして「あ、違う心配?」と尋ねてきた。
あ、気付いた。
「そうなんだよね。ルタ様ってなんでもできるんだよ。多分、全部僕が負けてしまう。男としてどうなんだろうって。生きてる年数分の知識量があってさ、しかも、僕が覚えている家系図、あ、リディアスもこっちもなんだけど。それにそれぞれの性格をつけて説明していくんだ」
例えば、婚礼に向けての招待者を決める際。
ディアトーラの風習としては、館内にある教会で近親の親族だけというものが日常的だ。しかし、ルディはリディアス国王の血も入っている。
ルディの父アノールの時はリディアス方式で、盛大にリディアスで行ったそうだ。
しかし、今回はディアトーラ方式でする、というところまでは決まった。そこで、リディアス側の祖父を呼ぶか否か、そして、その招待においてのルタの扱いについてをルディがルタに相談したそうだ。
ルタ様にはもう魔女として何の力もなくて、か弱い人間になったことを僕がお祖父さまに説明する。
「そうですわね。その扱いでも構いませんが、アサカナ国王は少しグラディール国王に似ていると思うのです。真っ直ぐ向き合った方がよろしいかと。間違ってもいませんが、わたくしはか弱くはありませんわ。少なくとも、リディアスにとっては……」
「でも、それじゃ、ルタ様が……あ、ルタがアサカナ王に睨まれるかもしれないよ」
役目は終えたが、ルディと共にこのディアトーラを護っていく所存であると伝えるらしい。それでは、有事の際にルタが火あぶりにでもされてしまうのではないか? ルディはそう思い、別の案を作っていたのだ。
「心配されなくても大丈夫ですわ。アサカナはルタ・グラウェオエンス・コラクーウンを知る者です。わたくしの役目が終わったことを伝えたとしてもそれを口外することはありませんでしょうし、今の二国間の関係から見て、わたくしが大きな脅威になることも、あなたのいるこの国に理由もなく攻め入ることもありませんでしょう。それにわたくし自身がアサカナに潔白を伝えた方が、後々あなたが彼と上手く付き合うことができるはずですわ。ただ、万が一があります。
ですので、わたくしがルタであることを次期王に伝える際はルディから伝えるということをお伝えくださればと思います。彼はルタを知りませんので、ルディの都合のよいように、心配はしておりませんが、嘘はつかないようにお伝えください」
ルタは何の緊張もなく、そんなことを助言したらしい。
まず、ルディは祖父であるアサカナ王のことはもちろんよく知っている。しかし、5代前のしかも即位数ヶ月のグラディール国王の性格を知っているはずがないのだ。
そして、ルタの心配をしなくてもよいのならば、アサカナ王に下手な小細工は失策であることも確かなのだ。それが知れた時に今ある信頼関係が崩れる方が余程怖い。
「まぁ、確かに真っ当な意見」
「でしょう? だから、なんとなくしがない男だなぁって」
きっとそれは相手が悪いのだ。しかし、ルディの話を聞いていると、ルタ様は確かにここの領主夫人として有能なのかもしれない。ある意味、本当にルディはよくやったのかもしれない。
「でもさ、さすがに剣術とか体力勝負のとこは勝てるだろ?」
なんとなく可愛そうになってきた幼馴染みを励まそうと声を掛けたカズだが、さらにどよんとした表情のルディが言葉を零した。
「それがさぁ……。腕相撲とかなら勝てると思うけど、剣術とか技が力を上回るものになると無理なんだよね、多分。ルタ様って若きお祖父様と手合わせをして勝ったんだって」
「アース様と?」
「うん……」
命のやりとりともなれば、力が勝ることもあるだろうが……最早カズの口からは乾いた笑いしかでなかった。
そこまで全部飲み屋の親父に話し終え、カズが言う。
「もうさ、振り返ってみると『ごちそうさま』って感じでさ」
「お腹いっぱいだな」
どう考えても自分の嫁自慢にしか思えないカズだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます