幕間劇『飲み屋でのエピソード』

ぐだぐだルディ①


「なぁ、お前さぁ」

 ディアトーラで領主家族と懇意にしている万屋の息子カズが、酔い潰れるルディの背中を擦りながら声を掛けた。そもそもルディはそんなに酒に強くない。カズが飲みに誘われる時は愚痴を聞いて欲しい時であり、タダ酒を飲めるのであればとカズも付き合うのだが、本人はカップ二杯分の、しかも度数も低いアルコール量で潰れてしまうのだ。安上がりと言えば安上がりなのだが、まさか笊と言われる自分だけ飲み続けるのも気がひける。


 それに加え、いくら跡目には領主としての権限がまだ全くないと言っても、領主跡目の安全だって確保しておかなければならない。彼がこのディアトーラにとってそのくらい大切な人物であることくらい、カズだって心得ている。

 まぁ、ディアトーラで刃傷沙汰なんてないと言えば、ないのだが。被害に遭ってスリくらいだろうが。

 さらに加えて言えば、ルディは酔いやすいが醒めやすい。酔いが醒めれば、護衛の役目は確実に逆転してしまうのも確かなのだが……。


 そんな風に思いながら、カズはまだ起きているだろうルディを覗き込む。赤みのある金色の髪にその表情は隠れてしまっているが、おそらくこの世の果てでも見てきたような、そんな表情で突っ伏しているのだろう。


 本当に、残念な奴。


 ルディはなよなよしてそうでいて、そうでもない。とりあえずワインスレーにおいては一、二を争う剣の腕前である。頭もいいのだし、顔だって悪くない。男のカズから見ても綺麗に整った顔立ちだと思うのだから、本当なら選び放題なはずなのだ。

 それなのに、全く残念な奴なのだ。

 それが、カズの正直な彼への印象である。


「いい加減どこかで手を打てば?」

 どこかで、というのはお見合い相手のことである。ここのところルディには縁談が舞い込むことが多い。一応、領主の息子であるルディには、やはりそれなりの貴族令嬢が薦められるのではあるが、ルディがそれを悉く断るのである。そして、その度、領主夫妻からこんこんと説得・説教されるのだ。そして、この様。

 しかし、なぜ断るのか。カズも理由を知っていてそう言うのだ。


 だいたい、お前の恋って奴は報われるもんじゃないだろう?


 ルディが恋をしている相手は魔女なのだ。それは小さい頃から変わらない。一途といえば聞こえもいいのだろうが、夢見がちとも言える。ここも冷めやすければ良かったのだろうが、そうはいかないらしい。


「うーん……」

 寝言なのか、否定なのかそれも分かりづらい返事がいつも返ってくる。

「まぁ、初恋って奴はいつまでも綺麗なもんなんだけどさ。縋るもんじゃないだろ?」

 今度は無言。じとぉっとした目でカズを見上げてくる。


 これで各国の使者と貿易の事やらをまとめてくるのだ。全く信じられない。この姿からは全く考えられず、直ぐに騙されて帰ってきそうなものなのに、どちらかと言えば軽く騙して帰ってくるのだから、本当に人は見かけによらないものだと思う。

 騙すというと聞こえは悪いのかもしれない。良くいえば、儲けとは別のものを引き出すための交渉術に長けているとでも言おうか。ルディは相手が困っているところに手を差し伸べているように見せて、実のところディアトーラが必要とする情報を手に入れるのが上手い。その情報は時々で変わる。


 次に交渉したい国の状態だとか、大国リディアスの内情だとか。ディアトーラに入ってくる以上のものを拾い上げてくるのだ。そして、次の交渉の際に利用する。

 それをルディはよく『恩』を売って来たとにこにこしながら言うのだから、それを聞く度、たちが悪い奴だとカズは思い、味方であって良かったと心より思うのだ。


 余剰を嫌う魔女を畏れるディアトーラでは、儲けを出すわけにはいかないから、そこを最終『恩』というものに変えていくのだという。おかげでワインスレー諸国に恩を売りまくっているのは確かだ。恩なんていう不確かなものを売るのだから、実際には本当に平和な外交であるのだが、結構役に立つのだ。


「ちゃんと、現実だって見てる……」

「見てるならさ、いつまでもこのままって訳にはいかないだろう?」

 そして、ルディは両腕の中に顔を埋めてしまう。

 カズは大きく溜息しか出ない。


 ルディは現領主の跡取りなのだ。しかも一人息子。彼が継がなければ、ここのことをよく知らない誰かにディアトーラを任せなければならなくなる。

 本当に万が一、そんなことになれば、現領主アノール様もその誰だか分からないどこかの何者かにここのことをしっかり伝えてくれるのだろうが、やはり夫妻どちらかがこの土地出身者でなければ、ディアトーラの細かな『魔女』への『畏れ』を感じ取ってくれないかもしれない。


 いや、万が一そんなことになったら、そんなことを感じ取ってくれる誰かを連れてきて欲しいとは思う。


「ルディは変わらないね」

 ルディが寝息を立て始めたのを聞いて、飲み屋の親父がルディにそっと毛布を掛けに来た。

「うん、変わらないな」

「カズも大変だろう?」

 十分もすれば目を覚ますだろうルディを見ながら、カズは苦笑いを落とした。

「現実を見てるってことは分かってるんだけどね」


 代々万屋の子どもが跡目の世話役になることは決まっていた。だから、年齢の近いカズがそうなるのだろうとは思いながら、カズもルディと付き合ってきていた。しかし、数年前、まだルディが跡目として正式に認められていない時、いい加減鬱陶しくなったカズが、駆け落ちでもすればと勧めたことがある。


「あの時はめちゃくちゃ怒鳴られた」

「ルディは優しいからな」

 そう、ルディは優しい。

 馬鹿なこと言うなよっ。

 たった一言だったが、普段あまり大きな声を出さないルディが本気で怒っていた。


「天地でもひっくり返らない限り、報われないよなぁ」

 親父さんがぼそりと落とす。本当に天地でもひっくり返らない限り、ディトーラ領主夫人として魔女が輿入れするなんてあり得ない。

 いくらルディでも魔女である者をそうではないとはったりをかましたとして、民やその他の国にその嘘をつき続けられるわけがないのだ。

 嘘はいつか綻びを見せ、繋いでいたものを簡単に解いてしまう。

 それができるなら、大声も出さなかっただろうし、故郷を捨ててしまえるほど薄情にもなれないから、怒ったのだ。


「おい、ルディ、そろそろ帰ろう」

 揺り起こされたルディが「う、うん。ごめん、寝てた」とぼそぼそ言いながら、掛けられていた毛布を畳んで親父さんに渡し、丁寧にお礼を言う。

「それにしても、いい加減諦めないとさ、その魔女さまにも蝿を追っ払うみたいに嫌がられるぞ」

「ハエ?」

「ほら、こんな感じで」

 カズが手を振って説明すると、「はぁ?」と不機嫌な声を返される。


「蝿な訳ないだろう? 同じ虫でもミツバチか蝶って言ってくれる? それとも、魔女さまを侮辱して言ってるの?」

「何で侮辱? なんでそうなる? ていうか、虫差別すんなよ。いくら領主跡目だからって、ハエを侮辱するのか? 蝿だってちゃんと命ある生き物だろっ。蝿に謝れ」


 そして、二人とも親父さんがその売り言葉、買い言葉に苦笑いしていることに気付かずに不毛な戦いを始めた。アルコール入りのカズも蝿を庇うし、ルディも虫を差別なんていうよく分からないそこに真っ直ぐ答えようと、不毛な蝿論議を頑張り始める。


「違う。別に蝿を馬鹿にしているとかじゃなくて、蝿は花を好まないでしょう?」

「だから、なんだよっ」

「だから、花と言えばミツバチか蝶でしょっ」

「それが何だって言うんだよっ」


 本当に意味が分からない。カズが叫んだ時、親父さんが納得したようにぽんと手を打った。


「あぁ、ルディは魔女さまが花のように美しいとでも言いたいんだな」

 なぞなぞを解いた後のような、そんなすがすがしい表情をする親父さんを前に、ルディが顔を真っ赤にして唇をへの字にする。

 全く馬鹿らしい。

 カズはそんな友人ルディの頭を軽くはたき、

「分かるか、馬鹿。帰るからな」

 と帰る準備を一人進めた。


 なんにしろ、ディアトーラで魔女に恋をしていると言えるようになったということは、それだけ、世界が平和であるという証拠でもある。

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