第78話

「意外と立派な家じゃない。質素だと言うからもっと小さな家なのかと思っちゃったわ」

と私はその家前に立って見上げると、そう言った。


横に居たソニアが、


「そうなんですよ。私も寝具を整えに来てビックリしました」

と私に同調した。


私達が案内されたのは、二階建ての立派な家だった。



「夕食は後で寮の方から運んでくれるそうです。ここには簡単な浴室があるみたいですから、今から湯を沸かして準備しますね」

と言うソニアに、


「本当にありがたいわね。流石にあの寮の部屋に泊まる訳にはいかなかったもの」

と私は答えた。


「そりゃ、そうですよ!余ってる部屋はないし、奥様を談話室の長椅子で寝かす訳には参りませんから」


「でも、こんな立派なお家ならギルバートもこちらへ泊まれば良かったのに……」

と私が言えば、


「ギルバートさんは、長椅子で十分です」

とソニアはきっぱりと言った。



夕食はメグが運んでくれた。『奥様のお口に合うような料理ではないのですが……』と謙遜していたが、物凄く美味しかった。


湯浴みを終えるとすっかり夜になっていた。


「あら……雨は止んだのね」

と窓から外を見る私に、


「本当ですね。これなら、護衛も外で見張って貰えますね」

とソニアが答える。


今までは雨のせいで家の中で護衛を待機させていた。本当なら玄関の外で見張りたいと言う護衛を説得したのは私だ。


「でも……もう夜も更けて来たし、このまま家の中で護衛を続けて貰いましょう。彼らも疲れているでしょう?外は少し肌寒いわ。ここは領地だし、警戒するのは……イノシシぐらいだってメグも言っていたじゃない?」

と私が言えば、


「それもそうですね。家の中に居れば獣に襲われる事もないでしょう。奥様、寝る前にお茶を淹れましょうか?」

とソニアも同意してくれた。


「お茶?ここにあるの?」


「さっきメグが夕食と一緒に持って来てくれた紅茶がありますから」

というソニアに私はお茶を頼んで、二階へと上がった。


二階には夫婦の寝室がある。私はそこを使う事になっていた。

ソニアも一緒に………と言ったのだが、ベッドが一つしかなかった為に遠慮されてしまった。



ソニアが淹れてくれたお茶に、


「あら?さっき談話室で飲んだ紅茶と違うみたいね」

と私はふと気付いた事を口にした。微妙に談話室で見た時より色が違うように思えたのだ。


「え?そうですか?護衛の方達も『美味しかった』と言ってましたよ?あ、護衛の方々はやはり外で見張りをするそうです。律儀ですねぇ」

とソニアは微笑んだ。


私の気にし過ぎだろうか?紅茶は蒸らす時間や茶葉の量で色が変わるのは良くある事だ。

私は気にし過ぎたか……とお茶を一口飲んだ。

「ふぁ~~」

と思わず大あくびをしてしまった私に、ソニアが苦笑する。


「奥様、お疲れなんですよ。少し早いですけどお休みになっては如何です?」


「そうね。最近は長距離移動する事も少なかったから、ちょっと疲れたみたい。もう休む事にするわ。ソニアは何処で?」


「私は一階で休ませていただきますので、ご安心下さい。……あ、そうでした。私の寝具を取りに行かなければなりませんでした。少し寮の方へ行ってもよろしいでしょうか?」

と尋ねるソニアに、



「一階って……まさか長椅子で休むつもり?ダメよ!それじゃあ、身体が休まらないわ」

と私は異議を申し立てた。


ソニアは元気だが意外に歳だ。ソニアより若い私がこれだけ疲れているのだ、ソニアの方がこの長旅に堪えているに違いない。


「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。毛布をお借りしたら戻って来ますので」


「もう寮で休ませて貰ったら?ほら、メグさんのお部屋なら一緒にどうぞ……って言ってくれていたでしょう?」


「奥様のお側を離れる訳には参りませんよ!」


「護衛もちゃんと見張ってくれているんだから、大丈夫よ。ソニアも無理せずゆっくりして。ね?」

と少々強めに言ってみる。ソニアは渋々ながらも頷いてくれた。


眠気に抗えなくなってきた私はソニアを見送ると直ぐに、二階へと移動した。


洗いたての匂いがするシーツにポスンと横たわった途端、瞼が重くなり、私は直ぐに夢の世界へと旅立った。




遠くでパチパチと音がする。私は息苦しさを覚えて目を覚ました。


「ゴホッゴホッ」

起きた途端に盛大に咳き込んだ。部屋の中に煙が充満している。私は咄嗟に袖口で口と鼻を覆った。


「火事?」

私は熱さを感じて、そう呟いた。


すると、


「……お……くさま!おくさま!」

とソニアの声が遠くに聞こえる。

私は急いで部屋の扉の取っ手に手をかける、


「熱……っ!」

熱で熱くなった取っ手から、思わず手を離す。信じたくはないが、廊下まで火の手が迫っている事が簡単に理解出来た。


夜着の袖口で手を覆い、再度取っ手を掴み扉を開くが目の前はもう火の海だった。


私は扉を閉めて、後ろに下がる。


この家を取り囲む様に色んな声が聞こえる。皆が私を呼ぶ。

その声に交じって「水!!」「早く消火しろ!!」という怒号も聞こえるが、火の手はおさまるどころか、勢いを増している様に思えた。「早く水!」護衛が飛び込もうとしているのだろう。気づいた私はそれを阻止する様に、


「私は大丈夫よ!!誰も入って来ないで!!」

と叫んでいた。

またもや煙て咳き込んでしまう。


もう窓から飛び降りるしかない。この家には私一人。他の人を犠牲にしたくない。二階から飛び降りたとて、骨折ぐらいで済む筈だ。

そう思っていると、


「…テラ様!!ステラ様!!」

と言う声が窓の方から聞こえた。


この声は……私は窓に駆け寄りカーテンを開く。

すると目の前の大きな木の枝の上で私を呼ぶテオが目に入った。

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