第79話
私は急いで窓を開ける。
「テオ!ゴホッ!どうしてここに?!」
「そんな事はどうでも良いから!早く、俺の手を掴んで!!!」
テオは慌てている為に自分の事を『俺』と呼んでいる事にも気づかない。
しかし、彼が何故ここに?
「テオ危ない……ゴホッゴホッわ!」
テオは片手で木の幹を掴むと、枝の先ギリギリまで足を乗せて私に精一杯手を伸ばす。
今にも折れてしまうのではないかとハラハラする。
それでもこの窓からテオの手までは届かない。
「テオ、どうしても届かないわ。ゴホッ!もう貴方は降りて!私は窓から飛び降りるから!」
と窓の下を覗く。大きな岩がゴロゴロとしていて少し躊躇してしまった。
「下には岩がたくさんで、下手をすると大怪我します!いいから、この手に向かって飛んで!!絶対に掴んでみせますから!!」
と言うテオが登っている木にも火が燃え移ってしまった。
「テオ!火が!!」
「早く!!!」
と言うテオの勢いに背中を押され、私は窓枠に足を掛け身を乗り出すと思いっ切りテオの手を目指して窓枠を蹴った。
「掴んだ!!」
お互い伸ばした手が何とか触れるとテオは私の指先をグッと掴んだ。
しかし、枝に足を掛けようとした瞬間、夕方の通り雨のせいで濡れた表面に足を取られて、室内履きの靴底が滑る。
一瞬足を踏み外すも、そんな私をテオは片手で引っ張り上げて、抱きしめた。
「……テオ……!」
胸がドキドキしているのは、火の手が迫った恐怖のせいか、木から足を踏み外した緊張なのかはわからないが、私の鼓動はいつもの何倍にも早くなっていた。
「ステラ様……良かった」
と安堵の息をつく間もなく、
「木の葉が燃えてる!早く降りて!!」
と鉱夫達の声が聞こえて、私達は上を見上げる。
雨に濡れた葉であっても、火の勢いはおさまらず、私達が登っている木にも火が燃え広がろうとしていた。
テオは、
「俺の首に腕を巻き付けてしっかり抱きついていて下さい」
と言って私の腰をキュッと抱きしめた。私も頷くと、言われた通りに、テオの首に腕を巻き付けてしっかりと掴まる。
テオは私を抱いたまま、器用に木をスルスルと降りていった。
地面に足が着いてもテオは私を離す事はなく、そのまま横抱きにすると、燃え盛る家から走って離れた。
そんな私達の後をソニアとメグが走って追いかけて来た。
「奥様!!ご無事ですか?」
と泣きながら私の腕を擦るソニアに、
「……だ、いじょう……ぶよ」
と無事を伝えたいのに、声が上手く出せない。必死に喋ろうと思うと、『ゴホッゴホッ』とまた咳き込んでしまった。
鉱夫達は、必死に消火活動をしているが、なかなか火はおさまらなかった。このまま、この家は燃え落ちてしまうかもしれない。
この家の周りに他の家はない。寮もここから少し離れている事、そして風がない事が幸いだった。
私は寮のメグの部屋に運ばれた。
「医者は近くに住んでますので、もう直ぐ着くと思いますよ」
とメグが私に付いている煤を拭く為の水を桶に汲んで現れた。
「…ほ、かに誰もけ…がはしていない?み…んな無事?」
まだ少し話し難いが、声は出せる。
私の頬の煤を拭いながらソニアが、
「奥様、無理に喋らなくても……。実は……護衛が火傷を。直ぐに目を覚ましたので、そこまで酷くはありませんが……」
と私に言う。その言葉を聞いて、
「ね……てたの?」
護衛は交代で睡眠をとる為、護衛中に……そう勤務中に眠る事など、あり得ない。
私がそう問うとソニアは眉を潜めた。
「そうなんですよ……何だかおかしいですよね」
と言うとソニアは何故かチラリとメグを見た。
メグはそれには気が付かず
「では、私は外の様子を見てきます。ここにお水を置いていますので、どうぞ」
と水差しとグラスを置いて部屋を出て行った。
水を飲んで喉が潤うと、また少し喋りやすくなった。煤を拭き終えて、ソニアの持っていた荷物に入っていた夜着に着替えると、医者がテオと共に入って来た。
そうだ、何故テオがこの場に居るのか、その理由もまだ聞いていないのだが、先ずは診察を受ける。
「身体の火傷は……手のひらぐらいですね。後は足の裏の擦り傷と……それと熱い空気を吸った事により、喉の方に火傷を負ってますが、あまり酷くはないので、時間が経てば治るでしょう。無事で何よりでしたね」
と眼鏡を掛けた白髪の医者はそう言った。
彼はここの鉱夫達の健康を守ってくれているのだと言う。私は、
「ありがとう…ございました。ここで働く者達も……随分とお世話になっているとか。重ねて…、お礼申し上げます。こんな格好で…申し訳ありません」
と礼を言った。
私は手と足に薬と包帯を巻かれただけで治療を終えた。
ソニアが塗り薬と飲み薬の説明を聞いている最中、テオが私の側へとやって来た。
さっきまで医者が座っていた椅子に腰掛けるテオに、
「貴方は、大丈夫?怪我は…ない?」
と尋ねる。
「俺……私は大丈夫です。ステラ様が無事で……本当に良かった」
と火傷をしていない方の私の手を握る。
ソニアは医者を護衛の元へと連れて行く様だ。護衛の火傷も大した事ないと良いが。
部屋には私とテオの二人きりだが、テオは眼鏡をしていなかった。この火事で壊れたのだろうか?
「テオ……どうして此処に?」
「実は、分かった事があって。直ぐに追いかけたんです」
とテオは言った。
「分かった…事?」
「はい。でも……ここではまだ言えません」
とキョロキョロしてからそう言った。
「聞かれては不味い事なのね」
「はい。もしかすると共犯者がいるかもしれない。それが誰なのか分からないので、念の為」
「分かったわ」
「ただ……今回の火事は、事故ではないと私は思っています」
とテオは小さな声で私にそう言った。
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