第76話

鉱山に近づくにつれて、段々と店や宿屋は無くなっていく。


「今晩はあそこの宿屋に泊まります。あれが鉱山に一番近い宿屋です。ここまでなら三十分ぐらいで戻って来れますから」

と通り過ぎる一つの建物を指差して言うギルバートに、


「鉱山に宿泊施設はないの?」

と尋ねる。

初めて来る領地だとは言え、不勉強で申し訳ない。



「鉱夫達の寮として使っている建物はあります。後は……鉱夫の中には家族が居る者もおりますので、彼らの自宅がポツポツとあるぐらいでして」


「鉱夫の方々は若い方が多いのね。……そのテリーという人物は?」


「彼は独身です。寮で暮らしていますね」


「そう……。他に仲良くしている者は居るかしら?何となくなんだけど、どうも彼一人で横領をしているとは思えないの。

売った伝票は買い取り側のサインもあるから……売った後のお金を横領したなら、その買い取り業者が共犯の可能性があると思うんだけど」


「買い取り業者はこのオーネット公爵家と代々取引がありますから、それは考えにくいかと」

と言うギルバートに、


「なら……売る前の鉄鉱石を何処かへ横流ししているのかしらね」

と私は考え込む。

……ならば尚の事、協力者が居るのではないか?他の者に見つからない様に鉄鉱石を運び出すのだ……受け取っている者がいなければ、テリーが度々外出をしている……という事になる筈だ。


とにかく、私が鉱山へ抜き打ちの視察をする事で、テリーの尻尾を掴む事が出来れば良いのだが。そう考えていると、


「もう少ししたら鉱夫達の寮が見えて来ます。どうします?彼らはまだ帰って来ていません。……部屋を探ってみますか?」

とギルバートが私を伺う。


留守中に家探しとは……なんとも後ろめたいが、折角ここまで来たのだ。何としても証拠を掴みたい。


「……やむを得ないわね……」

と私は了承するしかなかった。



……が、しかし。


「おや?ギルバートさんじゃないですか?

………まさか、一緒にいらっしゃるのは……オーネット公爵夫人で?

こんな遠方まで足を伸ばして下さるなんて!前もって言って下されば、それなりに出迎えの準備をいたしましたのに。

まだ、皆は鉱山から戻っていないんですよ。

あ、申し遅れました、僕はテリーと申します。ここで鉱夫兼、ビルさん……管理者の補佐、のような役目を仰せつかっています。以後お見知りおきを」

と、私達を寮で偶然出迎えたのは渦中の人であるテリーに他ならなかった。


「テリー、今日はどうしてここに?鉱山の方は?」

ギルバートの無表情はこういう時に役に立つ。私も辛うじて微笑みながら、


「はじめまして。実は領地に用があったので、ついでに鉱山で働いている皆様とお話がしたくて」

と言葉を継げた。


「実は昨日、足を怪我しましてね。今日は留守番です」

とテリーは包帯を巻いた足を私達に見せた。


「まぁ、怪我を?ならば、椅子に座っていて頂戴。無理は良くないわ」

と私が言えば、足を少し引き摺りながらテリーは


「いやいや、大した事はないんですよ。部屋でゴロゴロしていても退屈なんで、食事の用意の手伝いを。……と言ってもあまり役には立っていませんけど」

と笑った。……第一印象は『好青年』といった感じだ。

と私達が言葉を交わしていると、奥から、


「テリーお客さん?」

と大柄な女性がエプロンで手を拭きながらやってきた。


「あ、メグ。ギルバートさんとオーネット公爵夫人のステラ奥様だ」

とテリーがその女性に説明した。


「まぁ、まぁ。奥様でいらっしゃいますか。こんな玄関ホールで立ち話なんて……申し訳ありません。テリー!あんた気が利かないねぇ。全く」

とそのメグと呼ばれた女性はテリーの背中を叩いた。


「いてて。そりゃそうか。すみません、どうぞこちらへ。談話室にご案内します」

と言うテリーに案内され、私達は談話室へと場所を移した。


……これは困った。確かにテリーに話を聞きたいと思っていたが、もっと抜き打ち感が欲しかったのだ。それに、本人が居るのに部屋を家探しする事は不可能。

とりあえず、このまま談話室で話を聞くしかないか……。

私達が談話室へ到着すると、さっきのメグという女性がお茶を運んで来た。


「すみません。上品な飲み物なんて無いんですよ。普通の紅茶ですが、口に合うかどうか……」

と私達の目の前にお茶を淹れたカップを置いた。


「ごめんなさいね、突然来てビックリしたでしょう?」

と言う私にメグは、


「いえいえ。確かにビックリしましたけどね」

と朗らかに笑い、


「あ、申し遅れました。この寮で寮母をしてますメグと申します」

と自己紹介をした。


そんな私達の会話を少し遮るように、


「ところで、僕達に話を聞きたいって言うのは……どういった事をお聞きしたいのですか?」

と、にこやかにテリーは私に尋ねて来た。


その表情は少しだけ引き攣っている様にも見えた。

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