第75話
「どうしてもダメですか?」
私が馬車に乗る直前までテオはそう訊いてきた。
「私と貴方が一緒に領地に帰るのはおかしいでしょう?それに、アイリスさんだって『テオは王都で頑張ってる』ってご近所に言ってるんだし。今更テオが顔を出せば、皆が不思議がるわ」
と私が言えば、テオは不貞腐れた様に黙り込んだ。
アーロンが、
「父には早馬が届いている頃でしょう。とにかく周りには奥様が領地へ行く事を悟られぬ様にと釘を刺しましたので」
と私の荷物を護衛に渡しながらそう言った。
「ギルバートに任せても良かったんだけど……どうも気になるのよね……そのテリーという人物が」
と私が答えれば、アーロンも
「父は正直……もう歳なのか、最近は判断力に欠けている様に思います。私としては奥様と一緒に行きたいところですが、こちらの仕事を滞らせるわけにはいきませんので」
と渋い顔をした。
最近のアーロンは自信が出てきた反面、ギルバートに対して、やや批判的だ。
「ギルバートも公爵様が亡くなって……昔程、意地悪じゃなくなったもの。……気が抜けてしまったのかしらね」
と言いながら、私はアーロンにも補佐を付けて、もう一人使える人物を育てるべきだと考えるようになっていた。
テオは小さな声で
「ムスカさんも居ないのに……」
と呟く。ムスカの過保護がテオにも感染った様だ。
「ムスカでなくても、うちには立派な護衛がたくさんいるのだし、今回はソニアと一緒だもの。正直、行く理由としては心が重くなるのだけど、私は少しだけワクワクしてるの。だって……領地に行くのはここに嫁いで初めてなのよ?」
と私が言えば、テオは驚いた様に目を丸くした。
「初めて……なんですか?」
「そうよ。だって公爵様は私をぜーったいに領地へ連れて行ってくれなかったんだもの」
と私が笑えば、
「母のせいですね」
とテオは眉を下げた。彼が申し訳なく思う必要はないのに。
そんな雰囲気を切り替える様に、ソニアが『パン!』と一つ手を叩き、
「さぁ!さっさと馬車に乗りますよ!そろそろ出発しないと一日目の宿に着く前に日が暮れてしまいます」
と私達に声を掛ける。
「そうね。では、行ってくるわ。ここの事、よろしく頼むわよ、テオ」
と私が言えば、テオは
「……はい」
と頷いた。まだ何か心配している様な気配に私は苦笑する。私がテオに心配されるなんて、何だか変な感じだ。
私はソニアと共に馬車に乗った。
テオは私達の馬車が見えなくなるまで見送ってくれていた。
馬車で三日をかけて、私達は領地に着いた。
領地の本宅ではギルバートが出迎えてくれたが、何故か他の使用人も私を出迎える。
私がギルバートの側に寄り、脇腹を突く。
「私が来ることは内密に……と言ったでしょう?!」
と小声で文句を言えば、
「こちらにも部屋の準備等があるのです。使用人達に話したのは昨日。それに、ここで働く者は長く勤めている者ばかり。そこまで警戒しなくても良いですよ」
とギルバートはやれやれと言った感じで私にそう言った。
ギルバートの言う事も最もだが、それでは敵に悟られてしまうのではないかと、私が難しい顔をしていると、
「安心して下さい。鉱山で働く者には奥様の事は伝わっておりません。ここから鉱山まではかなり距離があるんですから」
と言うギルバートに何故かモヤモヤした。
「とりあえず、早く鉱山の方へ行きたいの。管理者にも会いたいし」
と私が言えば、ギルバートは、
「それでは急ぎましょう。モタモタしていると着くのが夜になってしまいます」
と、どこからか荷物を持って来た。
「あら?ギルバートも行くの?」
と私が尋ねれば、
「当たり前ではないですか。今回の件は私にも責任がありますので、見届ける義務がございます」
とギルバートは率先して屋敷の扉を開いた。
私達は今着いたばかりの領地の屋敷を出て、また馬車に乗り込んで鉱山を目指す。
「ふぅ。流石に疲れて来たわね」
と馬車の中で私はため息をつけば、
「馬車に乗りっぱなしですからね。私も何だか身体が……」
とソニアも身体を伸ばした。
「ソニアは屋敷で待ってても良かったのよ?」
「とんでもない!!やっと奥様の専属に戻れたんですから、お側を離れる訳には参りませんよ」
とソニアは笑顔で答えた。
「私も嬉しいわ。またソニアと一緒に居れて」
と言う私の言葉に被せる様に、
「ところで、本当に『横領』が?」
とギルバートが口を挟む。確かにギルバートにはふんわりとしか今回の件を伝えていなかった。馬車の中には私達三人しか居ない。今ならゆっくりと話せそうだ。
「多分ね。今回で証拠を掴みたいわ。そして……何故そのテリーという人物が横領をしているのか……その理由も。ところで、ギルバートはそのテリーという人物を知ってる?」
「はい。ビルから紹介されました。昔、商会で会計を務めていたという事もあって、数字に強いと。ビルも最近は身体を壊す事もあり、テリーを頼っているようでしたから」
……なるほど。ビルが体調面で不安な時にそのテリーが鉄鉱石の売買に携わっていたという事か。
「基本的にはビルが売買の責任者でしたので、私としてもすっかり信じてしまっていました」
と項垂れるギルバートに、
「今、後悔しても仕方ないわ。それよりこれからの事を考えましょう」
と私は声を掛けた。
「ところで……テリーが務めていた商会ってどこなのかしら?」
「申し訳ありません。そこまでは……。しかし出身はヴァローネ領だったかと」
と言うギルバートの言葉に、私はあの失礼な口髭のおっさんを思い浮かべていた。
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