第74話

「奥様……少しよろしいでしょうか?」

ムスカが珍しく私の執務室を訪ねて来た。


アイリスさんが領地へ帰った事により、テオもフランクも屋敷の方へと居を移した。ムスカの見張りもお役御免となり、ソニアもムスカも本来の仕事……私の専属に戻ったというわけだ。


いつもムスカは私が執務室へ籠もっている時間は自分の鍛錬に使っているのだが、そのムスカが私に用とは何だろうか。


ムスカの顔は何時になく暗い。

いや、他の人が見ても気づかないくらいの違いなのだが。


「どうしたの?何かあった?」


「はい。どうも母の具合が悪いようで」

とムスカは一通の手紙を私に見せた。


「まぁ。それは大変ね。……ねぇ、ムスカ。私が嫁いで八年。貴方殆ど休んでいないでしょう?この際、少し長い休暇を取ったらどう?」

手紙に目を通した私はムスカにそう言った。いつも、休めと言っているのだが、その度にムスカは『奥様にも休みはないでしょう?年中無休で公爵夫人じゃないですか』と言われて、黙るしかなくなるのだったが、


「……一度顔を見に帰っても?」

とムスカは私に尋ねた。


「もちろんよ。お母様もきっと喜ぶわ」

と言う私に、


「故郷まで片道五日程かかるので……二週間程お休みを頂けると有難いのですが……」

とムスカは控え目に言う。


「二週間なんてケチ臭いこと言わないの!二ヶ月ぐらい、ゆっくりしてらっしゃいな」

と言う私に、


「奥様を長く自由にさせている方が不安です」

とムスカは無表情でそう言った。……失礼ね。


結局ムスカは折衷案により一ヶ月の休暇を取り故郷へと帰る事になった。


ご両親と既に嫁いでいるお姉様への手土産を渡す私にムスカは、


「……こんなに持てませんよ」

と苦笑いした。そして、馬に乗ると


「くれぐれもご無理なさらない様に」

としっかり釘を刺す事も忘れなかった。




ムスカが王都を離れて三日程した頃。


「ん?」

と私は書類を持って来たテオの言葉を聞き返した。


「鉄鉱石の単価は変わっていないのですが、ここ2ヶ月の売上が減少しています。実は……前々から少しずつ減っていたのですが、ここ二ヶ月は特に……」

と言うテオに、


「産出量が減ったのかしら?」

と私が尋ねる。


「確かに、多少の変動はありますが、平均するとあまり変化はありません」


「本当ね……どうしたのかしら?」


ここ最近は色々とあって、そこまで気が回っていなかった。テオの指摘が有難い。


「ギルバートさんに状況を確認してみましょう」

と言うテオに私は、


「じゃあ、お願い出来る?」

と任せてみる事にした。すっかり頼もしくなったものだ。


「ギルバートさんに確認した所、最終的な産出量は確認しているとの事ですが、領地から運搬して買い取らせるまでは、鉱山の管理を任せている管理官に任せていると事です」


あれから数日後、書類を抱えたテオが私にそう言った。


「では、この書類とこの書類は別々の者が作っている……そういう事ね」


「多分……そういう事でしょう。伝票も確認してみましょうか?ギルバートさんに送って貰ったので」

とテオが伝票の束に手を伸ばす。


「考えられる事といえば……」


「横領……ですかね」

と私とテオが話していると、アーロンは、


「父は何をしているんですかね。こんな事にも気づかないなんて」

と渋い顔をした。


「私が領地の事まで手が回らずに、ギルバートに任せきりにしていたのも悪かったわ。……そう考えると公爵様は全てをご自分でなさっていたのだもの……悔しいけど、私では無理だわ。

ところで、この伝票に書かれているサインの『ビル』っていう人が管理官なのかしら?この書類にもサインがあるし」

と私が書類を指しながら訊けば、アーロンは、


「そうですね、もう随分と長い間オーネット公爵領の鉱山を管理している者だった筈です。父も彼を信頼していますが、まさかその彼が……」

とアーロンは首を振る。

そしてアーロンがテオから手渡された買い取り伝票をペラペラとめくっていると、


「おや?ビル以外のサインもありますね。これは……『テリー』か。すみません、私も聞いたことのない名前です」

と私の前に、その名の書かれた伝票を1枚差し出した。


私はその伝票を眺める。……なるほど。


「鉄鉱石を売るのは一か月に何回?」

と私が尋ねると、


「産出量が特に多い時以外は週に一度。ですので月に四回……って事ですね」

とテオが答える。


「ならこの『テリー』と書かれた伝票の前一週間の産出量と、買い取り単価とこの伝票の金額を照らし合わせてみましょう。きっと答えが見えてくる筈よ」

という私の声に二人が一斉に机に向かう。


そして、三十分後には答えが出ていた。


「横領は、このテリーって人物が犯人のようね」

と私が言えば、二人は顔を見合わせて頷いた。


さてと、どうしましょうか。

……またしても湧いて出た問題に私はそっと、ため息をついた。

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