第73話
私はアルベルトの元を退出した。
「……奥様は厄介事を背負うのがお好きなのですね」
とアルベルトとの面会の間は全く口を開かなかったムスカが私にポツリと言った。
皮肉が籠もっている事は一目瞭然だ。
「アイリスさんの事?」
「それもですが、アルベルトに接触した事も、です。無視しておいてもアルベルトは嘘をつき続けていたでしょう」
「そうかもしれないわね。でも聞いてみたかったのよ。どうして『嘘』をついたのか」
「いつからアルベルトが嘘をついていたと思っていたのですか?」
「陛下と面会をした時からよ。結果的にうちは助かったけど、アルベルトが守りたかったのはアイリスさんなんだろうと思って」
「このことをアイリスに言うのですか?」
私がその答えを口にする前に、我が公爵家の馬車に着いた。中には侍女が待っている。この話はここまでだ。
私はムスカの手を借りて馬車に乗り込む。
アルベルトがどの様な処分を受けるのかは分からないが、いつの日か……兄妹で仲良く暮らす未来が来れば良いのに……とそう願わずにはいられなかった。
屋敷に戻った私をアーロンが出迎える。
「おかえりなさいませ」
そう言ったアーロンはそっと私の側に近付いて、私の耳元で、
「テオドール様が奥様に謝りたいと待っておいでです」
と囁いた。
私もテオに謝らなければと思っていたので、丁度良い。私が執務室で会う事を伝えると、アーロンは頷いて離れへと歩いて行った。
「待たせてごめんなさいね」
着替えて執務室へと入った私を、テオは椅子から立ち上がり迎えると、直ぐ様、
「申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
「頭を上げて、テオ。私からも謝罪をしなければと思っていたのよ。少し話しましょう」
と私はテオを執務室の隣の応接室へと入室を促した。
お互い向かいに腰掛ける。またもやテオは、
「本当にすみませんでした」
と謝った。
「私も貴方を必要以上に子ども扱いしていたわ。ごめんなさい。貴方の母親でもないくせに、出しゃばりだったわ」
「!!ステラ様は悪くありません。悪いのは俺です。言い訳に聞こえるかもしれないけど、あんな事を言うつもりはなかったんです。ステラ様が俺にしてくれる全てに感謝しています……でも、もう少し……大人として扱って欲しくて。
だけど、あんな風に怒る事自体が、俺がまだまだ子どもだって事を証明するようなものなのですけど……」
とテオは少し俯いた。
「私には弟妹も居なかったし、子どもも居ない。正直、どう扱うのが正解かわからずに、貴方を知らず知らずの内に子ども扱いし過ぎていたと思うわ。でも、もうこれでお互い謝るのは辞めにしましょう。『ごめんなさい』という言葉より、私は『ありがとう』の方が好きだわ。
テオ、きちんと貴方の気持ちを私に話してくれてありがとう。言葉にして貰わなければわからない事も多いもの。出来れば、これからも貴方の思っている事を話してくれると嬉しいわ」
と私が言えば、
「俺は今まで、自分の気持ちを誰かに聞いて欲しいと思った事はありませんでした。領地では感情すら表す事を難しく感じていましたし。ここに来て自分でも驚いています。俺にこんな一面があったのだと」
とテオは少し微笑んだ。
「確かにね。貴方がここにアイリスさんと訪れたあの日。少し不貞腐れた様子なのかと思っていたけど、あれが通常だったものね。こんな風に貴方の笑顔が見れると思っていなかったわ」
「あの時は緊張してたんです。……俺、ちゃんと笑ってますか?」
「ええ。大笑い……とはいかないけど、今はちゃんと貴方は表情で喜怒哀楽を表現出来ているわ」
「俺が変わったのはステラ様のお陰です。だって……ステラ様は表情豊かだから。俺からも……ありがとうございます」
「ギルバートにはいつも怒られていたけど、役に立つ事もあるのね。さぁ、お茶を淹れましょうか」
と私が立ち上がると、
「俺、ステラ様が淹れてくれたお茶が一番好きです」
とテオは少し照れた様に笑った。
その笑顔に少しだけキュンとしたのは、私だけの秘密だ。
数日後、アルベルトの刑は強制労働に決まったと王宮から知らせが届いた。
処刑でなかった事にホッとしたが、闇オークションの黒幕逮捕に彼が協力したからと聞いて納得した。
「アイリスさん、領地に帰る事を納得してくれたのね」
「はい。アルベルトの話を聞いて考えたようです。王都に未練はありそうでしたが、アルベルトの件で自分が巻き込まれるかも……と思えば我が儘は言えなかったみたいです」
というアーロンは苦笑いだ。
だけど、私はそれだけでは無いのだと思っていた。
私とギルバートでアイリスさんにアルベルトの話をした時、アイリスさんは少しだが悲しそうな、寂しそうな顔をした。
アルベルトの気持ちがアイリスさんに少しでも伝わっていれば良いと思う。
ギルバートはアイリスさんを連れて領地へ戻ると言う。
夕食時に私はテオへと、
「貴方もアイリスさんを説得してくれたのでしょう?ありがとう」
と礼を言った。
「ステラ様にお礼を言われる事ではありませんよ。母を領地へ帰す事は私の案でもあるのですから」
と言ったテオに私は頷いてみせた。
あれから……テオはアイリスさんを『母』自分の事を『私』と呼ぶようになった。
彼が成長を形でも見せようとしている事に嬉しく思いながらも、どこか寂しく感じてしまう私は欲張りなのだろうか?
その数日後、ギルバートとアイリスさんが領地へと戻る日になった。
私の前に現れたアイリスさんの姿に私は驚いてしまった。
彼女が濃い灰色のワンピースを纏っていたからだ。
そんな私に彼女は、
「私、わかったの。私が地味な色のワンピースを着たところで、あなたに負ける訳ないって。あ、顔が地味なあなたは、もう少し綺麗な色のドレスを着た方が良いわよ。……ディーンの喪が明けたらね」
と淋しげに笑ってみせた。
「領地に公爵様のお墓を建てる予定です。貴女との想い出の詰まった場所を選んであげてくれませんか?」
「もちろんよ。あなたが割り込む事の出来ない二人だけの想い出の地でね。私がそれを守っていくわ」
「お願いしますね」
「そのお墓に例えディーンが眠っていなくても、私が居る場所が彼の眠る場所だもの」
「私もそう思います」
「………テオドールの事、よろしくお願いします」
と私に頭を下げたアイリスさんの顔は、間違いなく母親の顔だった。
「お任せ下さい」
と言う私にアイリスさんは、それは可愛らしい顔でニッコリと笑った。
ギルバートとアイリスさんが乗った馬車を私とテオで見送った。
「寂しい?」
と私が隣のテオに尋ねると、
「それはないです」
と彼は苦笑した。眼鏡で目元は見えないが、その顔はとても大人びて見えた。
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