第72話

「なら、それでも良いわ。貴方はアイリスさんと我が公爵家の繋がりを知っても尚、こちらへは何も仕掛けて来なかった。それを知っていると分かれば、アイリスさんに不利になると思ったんじゃない?」


「オーネット公爵家を敵に回す程馬鹿じゃない。

下手したら殺されてしまうだろうよ。俺の様な底辺の平民に、情は無用だろう?」


「身分の差で命の重さが変わるなんて馬鹿げた話だけれど、否定は出来ないわね」

ギルバートならやりかねない。


「だろ?俺みたいな破落戸が一人や二人死んだって公爵様は気にも留めないさ。

まぁ、金はあるだけ引っ張った。もうあの女に用はない。そろそろ手を切ろうと思っていた所だ」


「確かにアイリスさんからの宝石をあてにはしていたようね。随分と儲けたのではない?そこは兄妹でもシビアに利用したのね」


「…………」

サラッと『兄妹』って言葉を入れてみたけど、流石に肯定はしないか……。すると、


「これは、俺の友人の話だ」

そう言ってアルベルトは静かに話始めた。


「友人の母親は誰かに縋ってなければ生きていけない女だった。男に依存する体質と言えば良いのか。母親が家に連れ込む男によって、友人は幸せにも不幸にもなった。不安定な日々だ」


……アルベルトの表情は『無』だ。

私は黙って彼の話を聞いていた。


「だが、母親の心の中には変わらず一人の男がいた。……友人の父親だ。友人とその母親を捨てた男。父親が他の女と結婚して子どもをもうけていると聞いても、母親は想い続けていた。

友人はそんな母親を嫌い家を出た。ある国に渡り人殺し以外の悪い事は大体やった。……そこである男と知り合った」


「ある男……」


「その男が主催する闇オークションを手伝う様になってから友人はその世界で生きていく事を決めた。金を儲ける事。友人を慰めるのは金と酒だけだった」


……闇オークション。アルベルトはその主催者の片腕だった訳か。


「ある日、父親が死んだと風の噂で聞いた友人は、何となく父親の墓を訪れようと思い立った。ほんの好奇心だ……深い意味は無かった。そこで、その男の娘という女に出会った」

そう言ったアルベルトは少しだけ優しい顔をした。


「その娘は身の程知らずの夢を持っていた。貴族になる……ってな。友人はその娘を馬鹿だと思った。貴族の男に遊ばれて未婚で子を産んだ馬鹿な女だと。都合よく遊ばれただけだと、そう思っていた」


またアルベルトの表情は『無』になった。


「だが……何故かその妹を……母の違う妹を友人はいつしか家族として認識する様になった。

我が儘で馬鹿な娘だったが。それでも愛しく思っていたんだ。

そしてその内その娘が抱える秘密にも友人は気がついた。

年月が経ち、彼は思った『この娘はいずれその男に捨てられる』と。友人の母親の様に。

そして彼はますます金を稼ぐ事に執着した。

彼は稼いだ金を元に店を立ち上げた。そして、悪い事からも足を洗おうとしたんだ。だが、無理だった。彼を支配していた男から逃げる事は不可能だったらしい」


「その、貴方の『ご友人』は妹さんが独りになった時に自分を頼れる様に真っ当な人間になろうとしたのね。店を持ち商いをする。そんな普通の人間になろうと努力したのね。

その為にはお金が必要だったと……そう言いたいのかしら?」


「………友人はそう思っていたのかもしれない」


「ねぇ、どうして『男に捨てられる』と思ったの?母親の姿と重ねたから?」


「その男が結婚したからだ。その上相手が優秀ときた。……捨てられるだろ。普通」


「そうかしら?その男性はご友人の妹さんを捨てるなんて事はしなかったと私は思うわ。残念ながら……その男性はもうこの世に居ないみたいだけど」


「それこそ、どうなっていたかなんて分からないだろう?故人に尋ねる事は出来ない」


「そうね。でも、その男性の事を貴方より知っている私が言うんだもの。貴方より信憑性は増すでしょう?

ねぇ、この話を私に聞かせたという事は、その友人の代わりに妹を守れと言う事かしら?

……大丈夫よ、悪いようにはしないから」

と私が微笑めば、アルベルトは少しホッとした様な表情を浮かべた。


「友人も喜ぶよ」


「そう。なら安心してと、そう伝えて。

それと、もう一つ貴方に訊きたい事があったの。良いかしら?」

と私が首を傾げれば、


「あと一つだけなら」

とアルベルトは答えた。


「領地に眠っているのは……お母様?」

そう私が訊ねればアルベルトは、


「母親の願いだったんだ。最愛の人の側で眠りたい……と」

と口の端を上げた。


「……趣味が悪いわね。そこには奥さんも眠っているのでしょう?」


「あの世で今頃揉めてるんじゃないか?いい気味だ」

とアルベルトは笑った。


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