第71話

「はぁ………」


「ため息ですか?何かありました?」

とアーロンに尋ねられる。


「うーん……やっちゃったなぁ……と思って」


「珍しいですね、奥様が落ち込んでいるのは。相手は察するに……テオドール様ですか?」


何で、アーロンにバレたんだろ?って言うか私が落ち込むのってそんなに珍しいの?


「どうしてそう思うの?」


「奥様が一番気を使っている相手だからですよ」

……なるほど。そう見えているのか。


「だって……私には子どもも居ないし、正直どうやって接するのが正解なのか、わからないの。

それにテオって母親からも父親からもあまり構って貰えていなかったでしょう?私では役不足だと思うけど、家族としての愛情……みたいなものを感じて欲しいと思っちゃって……」

と私が言えば、アーロンは私の顔を見て少し苦笑した。

……え?私、変な事言った?


「奥様のその気持ちを否定するつもりはありませんけどね……無理に奥様がテオドール様の母親になる必要はないんですよ。

それより、いつまでもテオドール様を子どもとして扱うのではなく、一人の人間として扱ってあげたら良いのだと、私は思いますよ。テオドール様もそれを望んでいらっしゃるのではないですかね?」


「……昨日、テオにもそう言われたの『私の息子じゃない』って。『子ども扱いしないで』とも言われたわ。私、知らず知らずの内にテオのプライドを傷つけていたのかしら?赤の他人のくせに……出しゃばり過ぎたのかもしれないわね」


アーロンに言われて私はすっかり落ち込んでしまった。

私はあくまでもテオの父親のパートナー。彼とは赤の他人だ。そんな私が彼の家族として簡単に認められるなんて思った私が烏滸がましかったのだと。

そんな私に、


「奥様……テオドール様が言いたかったのは、そんな意味ではなくてですね……っと、私がこれ以上言うのはテオドール様に申し訳ないので、口にはしませんが……」

と歯切れの悪いアーロンに、


「アーロン、テオから何か聞いてる?もし何か知っているなら……」

と私が言えば、アーロンは困った顔をした。


「いや……別に知ってるとかでは無くてですね……見てれば分かるというか……」

とアーロンが私に詰められて、しどろもどろになっている所へ、廊下の護衛から声が掛かった。


「奥様、王宮よりお手紙でございます」

と立派な蝋封の手紙をアーロンへ寄越した。


開封したアーロンから手渡された手紙には、


「アルベルトが私との面会を承諾したそうよ。早速会いに行って来るわ」


アルベルトとの面会許可証が入っていた。


「こんにちは。貴方に会うのは2度目ね」

鉄格子越しに見るアルベルトは商会で会った時の数倍くたびれた印象だった。


「オーネット公爵夫人が私に会いたいなんて、光栄ですな。王宮の看守も護衛も無しですか……内密なお話でもあるんですかね?」

と皮肉っぽく笑うアルベルトに私もニッコリと微笑んで、


「私の優秀な護衛が居るので必要ないと言ったの。……内密かどうかは貴方の答え次第といった所でしょうね」

と返した。


私は鉄格子の前に置かれた椅子に座り彼を見ていた。……アイリスさんと同じ青い瞳を。


「さて、この国で王族より力を持つと噂のオーネット公爵夫人が私に何の用です?私と、貴方は何の関係もない。……いや、お庭のガゼボに置くテーブルセットをお買い求めになる為に商会に足を伸ばしていただきましたっけ?しかし、それだけだ」

アルベルトは肩を竦めて、私にそう言った。


「何が……とは言わないけれど、お礼を言いたくて」


「礼?おかしいな……貴女から礼を言われる覚えはないが」

そう言ったアルベルトは私と同じ様に鉄格子の前の椅子で少し苛ついた様に足を組み替えた。


「そう……。まぁ、良いわ。では、私の質問に答えて貰えるかしら?」


「どうぞ」

さっきまでの妙に皮肉っぽい態度ではなく、アルベルトは素っ気なくそう言った。


「アイリスさんの宝石は?少しは手元に残っているかしら?」


「宝石?もう無いよ。全て売った。あの女が返せと煩く言い始めた時の為にイミテーションに変えておいたが……そのイミテーションも全て没収されたよ。残念だったなと伝えてくれ」


「あら?私とアイリスさんとに関係がある事を知っているような口振りなのね。流石に気づいていたって事かしら。それで、我がオーネット家を強請ろうとは思わなかった?」

そう私が微笑めば、アルベルトは少し悔しそうな顔をした。


私が続けて、


「貴方とアイリスさんは本当の異母兄妹ね」

と口にすると、アルベルトは私をキッと睨んで、


「いや。あの女から何と聞いているのかは知らないが、騙しただけだ。あいつが……オーネット公爵と関係があると知ってな」

と口の端を歪めてそう言った。


……守りたいのね、アイリスさんを。




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