第67話

「『たら・れば』を話しても仕方ありませんが、私も悔しく思っております。あの時、もう少し強くお止めしていれば……そう思った事は一度や二度ではありません。

しかし、恋というのは人を豊かにも、愚かにも変えてしまうものなのだと、経験はないながらも感じました」

と言う私に、



「私にもそんな経験はない。王妃とは完全なる政略結婚だしな。もしかすると私は羨ましかったのかもしれないなぁ、ディーンが」

と陛下は言った。すると、隣の殿下から


「息子の前で話す会話ではないでしょう。まぁ、妃陛下との関係は私から見ても形だけと良く分かっておりますが」

と苦笑交じりに諌められた。


王妃陛下が苛烈な性格であるのは、貴族だけでなく、国民までもが広く知る事実。しかし、私が口を挟むような事柄でもないので、黙っておく事にした。


「お前は良いさ。好きな相手と結婚出来たんだ。私から見ればお前だって羨ましいさ」

と口を尖らせる陛下に私はつい笑ってしまった。


陛下とは今まで形式ばった挨拶ぐらいしかして来なかったが、なかなかに砕けた人物の様で驚いた。


笑顔を見せた私に、殿下は、


「私はそのアイリスと言う女性に面識はありませんが、こんな素晴らしい伴侶が居て、何故他の女性に懸想するのか……理解に苦しみます」

と眉を潜めた。すると陛下も同調する様に、


「私もそう思うよ。王命であったかもしれんが、よくこんな聡明な女性を選んだものだと感心している。アイリスについては話しか聞いておらんが、言葉を選ばずに言うのであれば、我が儘な女であるなと感じていたがな」


二人とも褒めすぎだ。……まぁ、容姿を褒められなかったのは納得だが。そこの所は二人とも正直だと言える。


「時に女性は我が儘である方が可愛らしいのではありませんか?殿方の気持ちを知る術のない私には解りかねますが」

と私が言えば、二人は口を揃えて、


「「我が儘な女性に付き合うのはほとほと疲れるよ」」

と首を振った。……王妃陛下に二人とも余程振り回されてきたらしい事が伺える。


和やかな雰囲気の中、私達の非公式の面会は終了した。

私は最後に陛下にお願いをした。


「陛下。大変差し出がましい申し出だとは心得ているのですが……」

と切り出した私の願いに陛下は少し困った顔をしながらも、


「……許可しよう」

と私の申し出を受け入れてくれた。



部屋の外へ出るとムスカが待っていた。


「待たせたわね。さぁ、行きましょうか」

と声を掛ける私に、


「私はまた馬ですけどね」

と少しトゲのある言い方のムスカに私は苦笑した。


「どうでしたか?」

と馬車の中で心配そうな顔をして待っていたテオが私を見るなりそう訊いた。


「屋敷に戻ってゆっくり話をするわ。でも、安心して。オーネット公爵家が不利益になる事はないから」

と私が言えば、テオはホッとした様な表情を浮かべながらも、少し首を傾げて、


「俺も……このままオーネット家に居ても良いって事……ですよね?」

と探る様に私に尋ねた。その様子がとても可愛らしくて、つい笑ってしまう。


「え?俺、何かおかしなこと言いました?」


「ん?いいえ。そう言うって事はテオはオーネット公爵家に居たい……って事よね?」


「……はい。正直こっちに来るまで『公爵になる』なんて全然実感なくて。いや、公爵以前に貴族として自分が暮らすなんて想像したくもなかったんです。多分……子どもの頃からあの人に色々言われすぎてて、何も知らない内から嫌になってたって言うか……。でも、今は、勉強が楽しいんです。知識が増えるって、凄いなって」


テオが王都に来た当初、こんな顔を見せてくれる様になるとは思っていなかった。

そして、こんなにお喋りになるとも。


「テオは元々勤勉だもの。パンがあんなに美味しく出来る様になったのも、美味しいマフィンが焼けるのも、全部テオがどうすれば美味しくなるのかを突き詰めた結果でしょう?」

と私が言えば、テオは少し恥ずかしそうに頬を染めた。


屋敷に着くとこれまた心配そうな顔をして……


「あら?ギルバート?何しに来たの?」


「何しにって、どうしてこんなピンチを私に知らせないのです?!このオーネット家の一大事ではないですか!」


何故かギルバートとアーロンが私の帰りを待っていた。


ギルバートは私の背を押す様にして応接室へと入り席に着くと直ぐに、


「国王陛下は、何と?!」

と私を急き立てるように前のめりになった。


「ギルバート、珍しいわね貴方が慌てるなんて。貴重な瞬間だわ。記憶に留めておかないと」

と私が茶化す様に言えば、


「からかって頂かなくて結構。アーロンからこれまでの概要は聞いておりますのて、さっさと結論を言って下さい!」

とギルバートは全く面白くなさそうにそう言った。いつも通り冗談の通じない、つまらない男だと私は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る