第68話
「では……アルベルトは嘘を?」
「陛下が言うにはね。だからこれ以上はオーネット公爵家との繋がりを追求するつもりはないらしいわ」
ギルバートからの問いに答えるように私がそう言うと、ギルバートはホッとした様に背もたれに体を預けて天を仰いだ。
「………安心しました。テオドール様にまで責任が及んだらどうしようかと……」
と呟くギルバートに、
「奥様はその時の事もお考えになった上で陛下への面会に臨まれておりました。貴方がそんなに心配する必要はありませんよ」
とアーロンは言った。そんな息子をギルバートは睨む。
「父親に向かって尊大な……」
と呟くギルバートに、アーロンは
「仕事上は親も子も関係ありませんから」
とどこ吹く風だ。
……え?親子喧嘩?
そんな空気を払いのけるかの様にテオが、
「あの……。アルベルト…さんの嘘、はわかりましたが、あの人の問題が解決した訳ではありませんよね?
実際、例え異母兄妹では無かったにせよ関係があった事は確かだ」
と元々の問題に触れた。
そんなテオに目を丸くしているのは、ギルバートだ。
領地に滞在しているギルバートには、王都に来た当初のテオの記憶しかなかったのだろう。
ここに来てテオは随分と変わった。根本の性格は変わっていないのかもしれないが、随分と顔つきも変化した。
あの時の不貞腐れた様な様子は今は全く見られない。
「そうね。彼女がアルベルトに宝石を預けていた事……これは陛下はご存知ない様だったわ。
ここでアイリスさんが宝石を取り返したい……などと騒ぎ立てたら、新たな問題が起きるでしょうね。
実は陛下にアルベルトとの面会をお願いしているの。アルベルトが拒否しなければ、彼と直接話をしてみたいと思ってね。
ところでテオ、この話を始めたという事は、貴方にも何か思うところがあるのではないの?」
と私は逆にテオへと質問してみた。すると、テオは
「あの人には……領地へ帰って頂くのはどうかと思っています。実はアーロンさんにお願いしていた事が……」
と向かい側に座るアーロンにテオは視線を移した。
あら?私の知らない内に二人は何か計画していたのかしら?
私も先を促す様にアーロンへと視線を移した。それを受けて、
「領地に再度パン屋を開くには……えっとこれだけの費用が掛かるかと。これが見積もりです。ちなみにパン屋の二階を住居とする予定であります」
とアーロンは書類をテーブルの上に置いた。
それを覗き込んだギルバートは、
「前に一度、私がパン屋の再建については見積もりを取ったぞ?これは、それより随分と安いじゃないか」
と眉を潜めた。
アーロンはそれに答える様に、
「貴方はかつての場所、かつての規模でパン屋の再建を考えて見積もりを。その上、この王都の大工に依頼するつもりでしたよね?
しかしテオドール様からの要望は『村のメインストリートで無くても良い。規模は以前の物より小さめ、女性一人が生きて行くのに十分であれば良い』との事でしたので、その条件で見積もりを取り直しました。ちなみに大工は地元の連中を使います」
と説明を加えた。
なるほど。テオは自分が公爵となった後のアイリスさんの処遇について、きちんと考えていた様だ。
「では、テオはアイリスさんを領地へ帰すべきだと考えているのね?」
「はい。元々俺が公爵を継いだら、領地へ戻って貰うつもりでした。あの人がどんなに嫌がっても。
公爵様やステラ様が俺の事を守ろうとしてくれているのに、あの人が王都に居たら……やはりこの公爵家には都合が悪いと思っていたので。
でも今回の事があって……俺が公爵になるのを待っていては問題だと、今は考えています」
とテオが言うと、
「今、領地に空き家があります。そこに手を加えてはどうでしょう?」
とギルバートが補足するように答えた。テオの意見に早々に乗っかる事にしたらしい。
「それなら直ぐに住む事は出来そうですね。パン屋に改装は出来そうですか?」
とアーロンもギルバートに尋ねた。
「何とかやってみましょう」
と言うギルバートに、テオは
「費用については……」
と口を開くと、私を見て、
「アルベルトって人に預けた宝石ってどうなっているんてしょう?もしそれを売って支払えるなら……」
と尋ねる。
「もしアルベルトの手元にあれば、証拠品として押収されているかも。アイリスさんにもそう答えて諦めて貰うつもりだったんだけど、一度聞いてみるわ。でも、あまり期待しない方が良いかもね」
と私が言うとアーロンも、
「その宝石もオークションで売られている可能性がありますね。我が国は鉄鉱石だけでなく、他の鉱物も有名ですから、他の国では高く売れるてしょうし」
と付け加えた。
確かに我が国では宝石も特産品であり、珍しい石は輸出を制限しているので、その可能性は否定できない。
するとテオは少し俯いて、
「お金はいつか必ずお返しします。今は貸しておいていただけませんか?」
と頭を少し下げた。
「何を言ってるの。公爵になればここのお金は貴方のものよ。といっても全て自分の好きに使う事は出来ないけれど、それでもある程度は自由に出来るのだから気にしなくて良いの」
と私が言えば、
「でもステラ様が、自由気ままにお金を使っている様には見えませんけど……」
とテオは不思議そうにそう言った。
ケチな公爵様のせいだ。私も思いがけず節約が身についてしまっているのだ。
「私はあくまで代理だもの。それでもちゃんと使うべきお金は使ってるわ。貴方もそれで良いのよ」
と私が微笑めば、テオは、
「では、ギルバートさん、その空き家の件お願いしても良いですか?」
とギルバートに頼んでいた。
私がテオにアイリスさんの事を任せるまでもなく、テオは既に考えていた様だ。私が思うより、はるかにテオは成長していたらしい。
……子どもの成長を見守っている様で感慨深い。
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