第66話
「……という訳なのです。ただ、信じていただきたいのはアルベルトとアイリスさんが異母兄妹であった事をこちらが知ったのはつい最近である事。アイリスさんはアルベルトの悪事について全く知らなかった事。
そしてテオドール様に至っては、アルベルトと何の関わりもない事です」
「ふむ……。実はそれについてだが……アルベルトはアイリスとは兄妹ではない、とそう本人が言っている」
………へ?どう言う事?
私が目を丸くしていると、
「アルベルトが逮捕され、こちらでも色々調べてアイリスとの関係が異母兄妹ではないか……との推測の元、アルベルトに話を訊いた。
もちろんアルベルトの元にアイリスが通っていた事も、領地にアルベルトが赴いていた事も把握済みだ。だが、あいつは『違う』と。アイリスには嘘をついていたのだと、そう言って譲らない」
「で、では……」
「本人が違うと言うのだ。証拠がない以上アルベルトとオーネット家を繋ぐものは何も無い。アイリスという女がアルベルトという男と懇意にしていたからと言って、アイリスとディーンは血縁関係でもないからな」
と陛下は言うとニヤリとした。
私は肩の力が抜け、思わずホッとした。それを見た王太子殿下は、
「公爵夫人大丈夫か?随分と緊張していた様だ」
と微笑む。
「……全てを知っていたのなら、先に仰っていただきたかったです」
と少し恨みがましく私が言うと、
「ハハハ!夫人が嘘をつくかどうか見極めたかった。夫人は一人で何でも抱え込む様だが、もう少し私を頼って欲しいものだと思ってな」
と陛下は笑った。
笑い事じゃない。私は寿命が縮まった思いだ。
隣の王太子殿下は、
「いや……今回の一件があって、私は公爵にそんな女性が居た事も、ましてや息子が居た事も初めて知った。本当に驚いたよ。あの堅物の公爵が……」
と信じられないといった感じで首を緩く振った。
陛下は、
「ディーンはどう思っていたか知らないが、私は少なくともあいつを友と思っていたんだがな。
学園では年齢が違ったせいで学友というのはおかしいかもしれないが、それなりに接点は持っていたつもりだった。
父親同士の仲は険悪だったが、私は友好的に接していたつもりだったんだがなぁ……」
と顎を擦った。
「それでも、ディーン様はアイリスさんの事で陛下を頼りました。それがディーン様の気持ちでは?」
そう私が答えると、
「どうかな。渋々といった感じだったろうよ。それに、あいつはそれを弱点と思っていた様だから、結婚にも逆らわんかった。我が国としては助かったよ。他国に鉱山の情報を掴ませる訳にはいかないからな」
と言った陛下の脇腹を、
「陛下!夫人の前で失礼ですよ!」
と殿下が突っついた。
……失礼よね。確かに。
「あぁ、これは本人の前で失礼」
と陛下は頭を掻いた。
「いえ、とんでもございません。私との結婚は単なる王命でしかない事、十分理解しております故」
と私が微笑むと陛下はホッとした様だったが、殿下はあまり納得がいっていないようだった。うん、本当は私も少しムカついている。少しだけだが。
「で、アルベルトとアイリスとの関係について、これ以上こちらとしては追求するつもりはない。取り調べをした近衛にはアイリスと公爵家の関係は秘密にしているが……このままアイリスをオーネット公爵家に置いておくのは感心せんな」
と言う陛下に、私は自分の考えを述べた。
「今回、陛下よりアイリスさんの責任を追求される様な事があれば、テオドール様を一度私の実家の養子として迎え入れる事を考えておりました。であれば、テオドール様への追求は免れますでしょう?それと同時にアイリスさんには……領地へお戻りいただくつもりでおりましたの。
アルベルトによる証言のお陰でアイリスさんが罪を問われる事はないようですが、アルベルトと面識があり、親しくしていた事は事実。私としては最初の考えの通り、領地へお戻り頂くのが適当と考えております。……しかし、私はこの判断をテオドール様にお任せしようと考えているのです」
「ほう。それは何故?」
「テオドール様には、この約半年、私が公爵家の仕事を教えて来ました。彼がどのような判断を下すのか、知りたかったからです」
「では……、もしテオドールが母親をオーネット公爵家に置いておくと判断したら?」
「もちろん、私はそれに従います。私はもう半年でお役御免です。今回の件で彼がオーネット公爵家の為にどう動くのか、それを確かめたいのです」
と私が言えば、陛下は、
「夫人は自信があるようだな。テオドールは正しく判断出来ると」
とニヤリと笑った。
「自信は……ありますわ」
と私が微笑めば、
「半年間しか一緒に居なかった夫人と同じ判断を下すと?十七年共に暮らした母親を遠ざけても?」
と陛下は試すようにそう言った。
「テオドール様はやはりディーン様のお子様でいらっしゃいます。ディーン様が公爵家を捨ててまでアイリスさんと一緒にならなかった様に、テオドール様も公爵家に有益でない事で判断を鈍らせる事はないでしょう」
「そうか?案外ディーンは公爵家に有益でない事を自ら行ったように思うがな。あの崖からの転落事故が良い例だ……あの訃報を聞いた時、あの女とスッパリ別れさせておけば良かったと後悔した」
と言う陛下の顔はとても悔しそうだった。
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