第63話

「そこからは、だいたいわかるわよね?」

と微笑むアイリスさんに、


「公爵様と結婚する為に……公爵様を誘惑した…とそういう訳ですか」


「誘惑ねぇ……仕方ないじゃない?彼は私を好きだったんだもの。私も彼に好意を伝えた、それだけよ」


『それだけ』の訳あるかぁ!!

まぁ……公爵様も男だった……という事だ。


「妊娠が分かった時、私は歓喜したわ。これで公爵夫人になれる!!ってね。でも現実は上手くいかなかった。公爵だから結婚するなら貴族の娘じゃないととか、平民との子どもを跡取りにするのは難しいとか……人を孕ませといて色々と言い訳を並べるディーンに腹が立ったわ」


公爵様も若かったのだな……というか、そもそも貴族令嬢と結婚する気あったの?!


「でも、結局公爵様はテオを跡取りにする準備をしていました。貴女と結婚する事は叶いませんでしたが、我が子にオーネット公爵を継がせる事が出来たのです。それは貴女に感謝します」


「あなたに感謝なんてされたくないわ。それに、私は私が貴族になりたかったの!ディーンのお父さんが死んで、ディーンが公爵になればきっと私を迎えに来てくれると思ったのに……。結局ディーンも自分の身が可愛かったのよ。しかも、テオドールを自分で育てるって言い出したの」


公爵様は、テオを直ぐにでも養子にするつもりだったのか……。初めて知る事実だ。



「私は『不味い』と思ったわ。テオドールを渡してしまったら月々のお金が貰えなくなるじゃない?だから、十八になるまで自分で育てるって言ったの。それといくつか条件を付けた。私と結婚しないのなら、誰とも結婚しない事。テオドールの誕生日には必ず当日、私に贈り物をする事」


……何故、テオの誕生日にアイリスさんに贈り物を?テオに、ではなくて?


「でも……誕生日にもテオは公爵様に会っていなかった……と」

と私が尋ねれば、


「だって……テオドールを見たら教育を付けていない事がバレるじゃない。家庭教師はクビにしてたし。たから八歳の誕生日からはテオドールとは会わせなかったの。ディーンは会いたがっていたけどね」

と笑うアイリスさんに、私は恐怖を覚えた。


「でも、公爵様は月の半分は領地に帰っていました。良くバレませんでしたね?」


「ディーンが領地に帰って来てたのは、私を心配してたからよ。私は良く……自殺を仄めかしていたから」


やっぱりか。あの引き出しの奥でグチャグチャになった手紙を見た時から、なんとなく想像は出来ていた。



「ディーンは私に優しかった。だから私の様子を気にしてくれた。……でも結婚だけはしてくれなかったわ。私にはテオドールだけがディーンとの繋がりを確かなものにしてくれたの。……そんな時だったわ。兄だと名乗る人物が私を尋ねて来たのは」


「それが、アルベルトね」


「ふん。調べたんでしょう?なら確認する必要ないじゃない」


「こちらで調べられたのは、『そうだろう』という事までです。状況やタイミングから考えての結果です。何故貴女はアルベルトの話を信じたのてすか?」



「手紙よ」


「手紙?」


「そう。兄さんの母親と父親がやり取りした手紙。あれを読んで……自分の父親をクズだと思ったわ。でも、あれは間違いなく父の字だった。それを見せられて、信じたって訳」


「……アルベルトは何をしに?」


「さぁ?最初は父のお墓参りに来たって言ってたし、自分の妹にも会ってみたかったって言っていたけど?でもある日……私がディーンに貰ったブローチを見て『それは何処で手に入れたんだ』って訊かれたの。『そんな高価な物、どうやって手に入れたんだって』私は上手く誤魔化せなくて……金持ちと付き合ってるって言ったの」


公爵様の事は言わなかった様で、少し私は安心する。少しだけだが。


「公爵様の事は言わないでいただけたんですね」


「あなたって私の事、馬鹿にしてるでしょう?そんな事する訳ないじゃない。そんな事をしたら直ぐにでもテオドールをディーンに盗られるじゃない。で、その時に兄さんに、もしその男からプレゼントを貰うなら、宝石にしろって言われたの。宝石なら後に価値が上がる事があるからって」


……もしかして、預けた宝石というのは……


「だから、私はディーンからのお金でせっせと宝石を買ったわ。知ってる?オーネット領の隣町って良い宝石を売ってる店があるの。そのうち、パン屋をテオドールに任せる事が出来る様になってから、私は隣町まで行ったわ。往復すると結構距離はあったけど、どうせ暇だったし」

というアイリスさんを殴りたくなった私は悪くないと思う。

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