第62話

アイリスさんは続ける。私は黙って聞いていた。


「でも両親が事故で亡くなって、私は王都へ。ディーンから聞いていたから王都には憧れていたの。トミー叔父さんは母と仲が良かったからか、私の事も大切にしてくれて、領地では着たことのない様な可愛いワンピースを着て、素敵なカフェにも行ったわ。私は幸せだって思えてたの……彼女に会うまで」

アイリスさんの言う『彼女』

これは間違いなくドナ様の事だろう。


「上には上が居るのね。平民では逆立ちしても敵わない……彼女は私に自慢ばっかり。本当に嫌な女だったわ。体が弱いって言ったって死ぬ様な病気でもないくせに。だからネックレスを壊したって言われた時も、正直『ざまぁーみろ』って思ったわ。見せびらかすあんたが悪いのよって。でも、その後が最悪だったけど」

と言ったアイリスさんの顔はいつもの可愛らしさは皆無だった。


「カンデラ商会への借金の事ね」


「トミー叔父さんはまだ十七歳だった私に借金を負わせるのは無理って言ってたのに、コビーの奴……あいつが余計な事を言ったせいで私は大きな借金を背負う事になった。

そのうちトミー叔父さんが病気になって、あの家に居辛くなって、十八になって直ぐに私は領地に帰った。……そこで思いついたの。そうだ!私にはディーンが居るじゃない!って」

と良いこと思いついた!みたいな顔で公爵様の事を語るアイリスさんに不快感が湧いた。


「それはどういう意味で?」

と私が問えば、


「え?ディーンが私に好意を持っていたのは分かっていたから、彼は貴族だしお金持ちでしょう?なら、借金払って貰えないかお願いしようかなーって」

とあっけらかんというアイリスさんに私は目を丸くした。


子どもの頃の公爵様との思い出を話す時には、あんなに優しい顔をしてたのに、アイリスさんって……二重人格か何かなの?まるで別人なんてすけど?


「でもそれより『ディーンと結婚したら私も貴族になれるんじゃない?』って思ったの。それに子どもの頃はよく分かってなかったけど、ディーンは公爵でしょう?あの女より上になれるって思ったら楽しくなってきちゃって」

と嬉しそうに言うアイリスさんを私は知らない人を見るような目で眺めた。


「テオ……部屋を出ていて」

私はこの後の話をテオに聞かせたくなくて、横に座る彼に声を掛ける。


「別に良いですよ。この人に何て言われても」

と言うテオに私は、


「私が聞かせたくないのよ。ごめんなさい、今は私の言う事を聞いて」

ときっぱり言った。テオにはこれからの話が予想出来ているのかもしれないが、流石に私が無理だ。


テオは、


「わかりました」

と素直に頷いて部屋を出る為に立ち上がる。するとそれを見たアイリスさんは、


「ふん。その女の言う事は素直に聞くのね。私とは会話すらしてくれなかったくせに」

とテオに吐き捨てた。


立ち上がったテオは座っているアイリスさんを見下ろす様にして、


「会話しなかったのはあんただろ?子どもの頃、俺が話しかけたって返事もしなかったじゃないか。今更だろ?」

と馬鹿にした様に笑って部屋を出ていった。


私はアイリスさんに向き直ると、


「どうぞ、続きを。でもあまりテオや公爵様の事を馬鹿にした物言いは私ですら不快に思いますから、そのつもりで」

と私が厳しい表情で言うと、


「あー怖っ!なんなの、あなたって結局ディーンの事好きなの?ざーんねん。ディーンは私の事を愛してたの。好きな男に抱いても貰えないなんて、本当可哀想」

とアイリスさんは私を煽るようにクスッと笑った。


「アイリスさん、貴女からどう言われても、私は痛くも痒くもありません。と言っても貴女には悔し紛れの言葉にしか聞こえないでしょうから、これ以上は無用な言い合いは止めましょう。

で、アルベルトとのお話はどこらへんから始まりますの?」

と私が首を傾げれば、アイリスさんは、ちらっと私を睨んで話を続けた。


「私が領地に帰った事をディーンは喜んでいたわ。別に彼も王都に居たんだから、私に会いに来たら良かったのにね。……まぁ、私も領地に帰るまでディーンの事は忘れてたんだけど」


公爵様は流石に前公爵様の目が届く王都でアイリスさんと密会する勇気はなかったのだろう。……いや、下手をすれば前公爵様の手でアイリスさんに縁談でも持ち込まれて引き裂かれていたかもしれない。それを恐れていたのかも。

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