第61話


「アイリスさん。アルベルト……という男性を知っていますね?」

私がそう口を開くと、アイリスさんの顔は一瞬強張った。しかし、直ぐに元に戻ると、


「ユニタス商会の会長でしょう?知ってるわ。あの商会でワンピースを買った事があるもの」


「ワンピースを買った?『貰った』ではなくて?」


「何で商会の会長から貰うの?普通は買い物に使うんじゃない?商会って」


「では逆に、どうして商会の会長からお金を貰っているのです?それこそおかしな話でしょう?」

今度はアイリスさんの表情が一気に曇った。


「何でそんな事を言うの?意味が分からないわ」


「お金を受け取っている時にはソニアが居ないからと気を抜いていましたか?貴女の行動はこちらで把握しています」


「まさか……見張ってたの?酷いわ!」

とアイリスさんはハンカチで涙を拭う……ふりをした。久しぶりの泣き真似だ。既に懐かしく思える。


「泣き真似やめろよ。うっとおしい」

とテオが吐き捨てる様に言う。………相変わらずアイリスさんには辛辣だ。私の前ではとても可愛らしいのに。


アイリスさんがテオをキッと睨んで、


「テオドール、あなたこんな女の味方なの?!」と言えば、


「馬鹿馬鹿しい。最初からあんたの味方なんてした事ないよ。それに『こんな女』って誰に物を言ってるんだ?世話になりっぱなしのくせに」

とアイリスさんにまたまた毒を吐く。


「アイリスさん。正直に話して欲しいの。テオの為にもとても大事な事をこれから貴女に尋ねるわ。……アルベルトは貴女の異母兄ね?」

と私が尋ねれば、アイリスさんはテオから私に視線を戻して、


「……そんな事まで調べたの?」

とふてぶてしくそう言った。いつもの彼女とは違うその物言いに、私達は少し驚いた。


「貴女が王都に来てからユニタス商会へと足繁く通ってアルベルトにお金を無心していた事、貴女が領地でもアルベルトに会っていた事、そして貴女がアルベルトと異母兄妹であった事は調べたわ。でも私が訊きたいのはそれだけじゃないの。貴女……アルベルトの正体を知っていたの?」

と私が訊けば、アイリスさんは心底不思議そうな顔をした。


「正体……って何?」

この表情が演技なら彼女は大女優だが……いや、これは私の希望的観測か。きちんと話を聞くしかない。


「それは追々。では……貴女とアルベルトの出会いから教えてくれる?」


「どうしてあなたにそんな事言わなきゃいけないの?」


その言葉を聞いたアーロンはそっとテーブルに書類を置いてこう言った。


「こちら……貴女がカンデラ商会に作った借金です。全て奥様が支払いました」

そう聞いたアイリスさんは書類を掴むと、


「ふん!だから何?恩でも着せたい訳?これだって私のせいじゃないのに、寄って集って私のせいにして。あれだって元々壊れていたのよ。私を平民だと馬鹿にして……貴族がそんなに偉いの?」

とアイリスさんは書類をグシャッと握り潰すと、こちらへ放って寄越した。


「おま……っ!」

とテオが怒鳴りそうになるのを私は手で制した。


「貴族だから偉いなどと私は思っていませんよ。平民の方々が作った農作物を食べ、平民の方々が育てた蚕から絹を作りそれを身に纏う。平民の方々が採った鉱石で生活を潤しています。その全てが平民の方々が居ればこそです」


「その通りよ。平民が居なければ何も出来ないくせに、偉そうに」


「でも、それを買い取る者が居てこそ、平民の方々の生活も成り立つのです。領主は領民の方々の生活を守ります。王族だって、ただふんぞり返っている訳ではありません。国民を守り、他の国々との国交を維持する為に尽力しています。確かに……くだらない見栄やプライドを大事にする貴族も存在しますが……それは平民だって同じ事。貴族には貴族の、平民には平民の役割があります。どちらが偉いのではありません。どちらも偉いのです」

私はアンプロ王国から人質として嫁いで来た王太后様の事を思い出す。王族だから……そう彼女は理解してこの国にやって来たのだ。


「そんなの……詭弁よ」


「そうでしょうか?その立場にならなければわからない事もたくさんあります。見えている事が全てではありません。……実際、貴女は貴族に憧れを抱いていた。……そうですね?」

と私が優しく問いかければ、アイリスさんは少し深く息をついて、公爵様との事、アルベルトとの事を話し始めた。


「私の両親が死んで、トミー叔父さんに引き取られてこの王都に来て、こんな素敵な生活があるんだって心が踊った。領地では両親がパンを売って細々と暮らしていたけど、それなりに幸せを感じていたの。母は優しかったし。パンをオーネット公爵家に父が納品に行く時に私も付いて行って、そこでディーンと知り合った。ディーンは無愛想であまりお喋りする人じゃなかったけど、王都の珍しいお菓子をくれたり、リボンをくれたり……優しかった。月の半分も会えなかったけど、二人で過ごす時間は楽しかったの」


アイリスさんは公爵様の話をする時、とても優しい顔をした。私としては、女の子に贈り物をする公爵様を想像出来ずに苦労したのだった。

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