第60話


「メアリーを呼んで頂戴!何があったのかを訊くから!」

と王太后様は近くに居た使用人に叫ぶ様に指示を出した。


私は彼女が落とした扇を拾うと、王太后様に、


「メアリー様が修理をお願いした商会の名前、わかりますか?」

と扇を彼女に渡しながら尋ねた。


私も結構色んな商会に顔が利く方だ。名前がわかれば何か手がかりを掴めるかもしれない。


しかし、王太后様は額を抑えると、フラフラとその体が揺れ始めた。危ない!そう思うより先に私の体は動いていた。


後ろに倒れそうな王太后様の手を掴み、咄嗟に抱きとめる。


「あぁ……ステラ、ごめんなさい。何だか急に気分が……」

という彼女を抱きかかえる様にして、長椅子へと座らせた。私も隣へ腰掛ける。


メイドに医者を呼ぶよう伝え、私は他のメイドが持って来た果実水を王太后様へと手渡す。


「ごめんなさい。最近、少し血圧が高いと医者に注意をされたばかりなの。感情を大きく乱すと良くないと……」


「左様でございましたか。ではこの果実水を飲んで、一旦落ち着きましょう」

と私は言って、彼女の手にあるグラスの水を一口飲む様に促し、背中を擦った。


「……あぁ。少し落ち着いて来たわありがとう。でも、どうしてこんな事に……」

と嘆く王太后様に私は、


「とりあえずメアリー様を待ちましょう。寝室でお休みになりますか?」


「そうね。医者も来るでしようから。……ステラ、今日はこんな事になって申し訳なかったわ。でも、貴女が居なければ、絵が偽物になっていた事に気づかなかったかも……」


「偶々、拝見した事のある絵で良かったです。他の絵は?修理、修復に出した物は御座いませんか?」

正直、他の絵は見たことがないので、すり替えられていても、私が気づく事は不可能だ。

私の特技は『一度見た物を忘れない』であって、『偽物を見抜く』ではない。他の物は別室に保管してあるとの事で、一先ず私達は安堵した。


私は王太后様の侍女に彼女を託して宮を後にした。

彼女の様子は気になるが、留まった所で今は何の役にも立たない。


馬車の中で難しい顔をした私に、侍女が心配そうに話しかけてきた。


「奥様、いかがなさいましたか?」


「あぁごめんなさい。少し考え事をしていて」


私はまたビアンキの言葉を思い出していた。『ポール・ダンカンの絵が闇オークションで取引きされている』というあの言葉を。

そして同時に商会の名を聞く事が出来なかったな……と考えていた。



「まさか…………」

と言ったっきり私は絶句してしまった。


「間違いありません。王太后様所有の絵画を贋作とすり替えた罪で捕まったのは……ユニタス商会のアルベルトです」

そうはっきりとアーロンは言いきった。手には陛下から私への今回のお礼の手紙と共に、犯人が捕まったとの報告書が握られていた。  


アーロンは続けて、


「今から取り調べをしてすり替えた理由等を追求していく予定だそうですが、どうも闇オークションが関係している様です……どうしますか?」


アーロンが心配している事。それはアイリスさんとアルベルトが異母兄妹であるという事が王家にバレた時の事だ。

アルベルトとアイリスさんが兄妹という事は、アルベルトはテオの伯父となる。伯父が犯罪者……しかも王家を相手に詐欺を働こうとした人物となれば、テオに影響がないとは言えない。いや、絶対に不味い。

そして……もっと不味いのはアイリスさん自体がアルベルトの罪を知っていた、或いは加担していた場合だ。それを考えると目眩がしてきそうだ。


………困ったわ。それが王家にバレたら……テオがこの家を継ぐ事が不可能になってしまうかもしれない。


「アイリスさんと話をしましょう。全て……話して貰うわ」


「テオドール様は如何いたしましょうか?」

私は少し悩んで


「テオも同席させるわ。彼の人生だもの。彼にも意見を聞きましょう」



私はギルバートに手紙を書いた。もしかすると、オーネット公爵家を守る為にテオを跡継ぎには出来なくなるかもしれない。


公爵様至上主義のギルバートがこれを知ったら……大騒ぎをするに違いない。彼にとってはテオを跡継ぎにする事が公爵様の遺志を継ぐ事なのだから。




「何?何か用なの?私、今日も出掛けないといけないの。早く済ませて貰えるかしら?」

応接室には、私、テオ、アーロン、ムスカ……そしてアイリスさんだ。


急な呼び出しに、アイリスさんは不満顔で私達を見ていた。観劇に出掛けるつもりだった様だが、状況によっては、二度とアイリスさんは観劇に行けなくなるかもしれない事は、今は黙っておこう。

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