第59話


「あのアルベルトとか言う男と揉めてましたよ」

と言うソニアに、


「あら、アイリスさんも随分と大胆になったわね。ソニアが一緒なのにユニタス商会へ行ったの?」

と私は驚いてみせた。


「見たいワンピースがあるから……と。でも、私は店の外で待たされました」


「でも、揉めてる声が外まで聞こえてきた……と」


「はい。『またお金の無心か』と男の方が言えば、『なら預けた宝石を返せ』と言い争っていました。異母兄妹なんですよね?二人は」

と殊更小声になったソニアに、私も少し顔を近づける様にして、


「証拠はないけど、多分ね。でも預けた宝石って……何かしら?」

と私が尋ねれば、


「さぁ……?」

とソニアも首を傾げて固まった。

ギルバートにでも調べさせるか……。


そんな中、私は王宮へと呼ばれた。私を呼んだ張本人は……


「ステラ様、どうぞ」

と少しやつれてはいるが笑顔のパトリシア様だ。


「お加減は如何ですか?少し食べれる様になったと聞いたので、苺を持って参りました。パトリシア様、お好きでしたよね?」

と私がツヤツヤの真っ赤な苺を入れたカゴを見せれば、パトリシア様は殊更明るい笑顔になった。


殿下によれば、危機は脱したという。私はその報告に心から安堵した。

少し元気になったパトリシア様から会いたいとの手紙を受け取った私は一も二もなく王宮へと駆け付けたという訳だ。


「自分の体なのに、自分の思い通りにならなくて……辛かったわ」

と言うパトリシア様の手を私は握る。


「困難を乗り越えたのですから、きっと強いお子様である筈です。パトリシア様もあまり無理をせず」


「王妃陛下には『妊娠は病気ではないんだから、流産の危険がなくなったのなら、早く公務に復帰するように』と言われたのだけど、まだ怖くて」

と俯くパトリシア様に、


「こんな時こそ殿下を頼って良いのでは?今はパトリシア様のお体を第一に考えませんとね」

と私が微笑めば、


「ずっと……男児でなければ、そう思っていたの。でも今は健康に生まれてきてくれるなら、どちらでも良いと思えるわ」

とパトリシア様も微笑んだ。


「会える日が楽しみですね」


「ええ。とっても」

そう言ったパトリシア様の顔はまるで聖母の様だった。


「そうだわ。この前は王太后様への贈り物、ありがとうございました。昨日、早速王太后様もお見舞いに来て下さって、お礼を言われたわ」


「王太后様もパトリシア様の事を大変心配しておいででしたから、元気そうな顔を見れて、さぞやお喜びだったでしょう」


「王太后様には本当に可愛がっていただいてるの。有り難いわ。あ、この前贈った絵もサロンに飾ったのですって。是非、ステラ様にも見ていただきたいと仰っていましたわ」


「まぁ、それは是非見てみたいですわ。王太后様の宮へお邪魔しようかしら?」

なーんて笑っていたら、直ぐ様、王太后様から本当に呼び出されてしまった。


「ステラ、いらっしゃい」


「ご招待ありがとうございます。こちら、最近私が気に入っている紅茶です。香りがとても良いんてすのよ」


「ステラが言うなら間違いないわね。さぁ、座って」

と私はサロンの長椅子を勧められて腰を掛けた。


その後は私の持ってきた紅茶を飲みながら、パトリシア様の話をした。

お互い、危機を脱した事を嬉しく思いつつ笑顔を交わす。その時、


「あぁ、そうだわ。パトリシアから贈られたあの絵、飾ってみたの」

と私が背を向けていた壁を王太后様は指し示した。

私は体ごと振り返ってその絵を見る。


「素敵ですね。アンプロ王国の王宮の庭園はとても花が多く美しいのですね。……あれは噴水でしょうか?」


「そうよ。あれはアンプロ王国の神話、豊穣の女神を模した物なの。アンプロ王国の王族は代々芸術や美術品に造詣が深い者が多かったせいか、こういった芸術品が多く飾られていたわ」

と王太后様は楽しそうにアンプロ王国の話を続けた。

自分の両親の話、兄弟の話、子どもの頃の話をたくさん話してくれた。……きっと、今まで誰にも話せなかったのだろう。

彼女は笑顔でたくさんの思い出を語ってくれた。


すると、


「王太后様、あの人物画の額縁の修理が終わったそうですよ。先程メアリー様の従者の方がお持ち下さいました。直ぐに元の場所へ飾りますか?」

と王太后様の使用人が包まれた絵を抱えてサロンへと訪れた。


「そうね。お願い出来るかしら」


「畏まりました」


その使用人は丁寧に包みを剥がすと、踏み台に乗ってその絵を元の場所へと飾る。

パトリシア様が贈った絵の隣にその人物画が収まった。

…………あれ?何だか、違和感が………。


私は思わず長椅子から立ち上がり、その絵に近付く。


「……違うわ。王太后様、これ、前に私が見た絵と違います!」

と王太后様に振り返り大きな声で言った。はしたないなんて言ってられない。


「まさか……!」

王太后様も慌てて立ち上がると、私の隣へ並んだ。


彼女はその絵を穴が空くほど見つめる。そして、


「……そう言われるとそんな気が……」

と呟いた。


「かなり似せていますが、微妙に筆のタッチが違うように思います。とても良く出来た……贋作です」

と私が頷けば、王太后様は手に持っていた扇を落としワナワナと震え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る