第58話

数日後


アーロンが私の執務机の前に立つと書類を私の目の前に置いて、


「骨が折れましたよ。金も使いましたけど」

と言うアーロンを見上げて私は、


「ご苦労さま」

と労った。


書類を読んで私はもう一度顔を上げてアーロンを見る。


「これは…」


「正直に言って証拠はありません。しかし周りの話や状況、時期、タイミング、その全てを総合的に考えると間違いないかと」

とのアーロンの言葉に、


「アルベルトとアイリスさんは……異母兄妹……って事ね」


「という事になりますね」

とアーロンは頷いた。


アルベルトの母親が結婚を約束していた男性。それがアイリスの父親という事の様だ。確かにアルベルトの母親は結婚を約束した男性に捨てられたと前の報告にあった。

その男性が他の女性に心変わりした……とも。


「アルベルトの父親が心変わりした女性がアイリスさんの母親って事ね。アルベルトの母親は妊娠に気づかずにその男性と別れたんでしょう?なら、証拠はなくても間違いなさそうね」


「ですね。その上、アイリスがアルベルトの事を『兄さん』と呼んでいたのなら、その事をお互いに知ってるって事でしょう」

と言うアーロンの言葉に私も頷いたのだった。


二人の関係は分かった。男女の関係という訳でなかった事も。

しかし、あの店。例えばアイリスさんが公爵様からの支援金を横流ししていたとしても、あんな場所にあんな立派な建物を建てる程の資金になるだろうか?うーん。



私が首を捻っていると、執務室をノックする音が聞こえた。

私が返事をすれば、テオが顔を覗かせた。


私は机の上の書類をサッと片付けながら、


「テオ、もう勉強は終わったの?」

と声を掛ける。


「はい、今日の分は。ステラ様はお仕事終わりましたか?」


「ええ。私も今日の分は終わったわ。じゃあ、行きましょうか?」

と私が答えたら、アーロンは、


「今日はダンスレッスンの日でしたね」

と私に確認した。


「そうよ。テオは運動神経が良いから、もうレッスンは必要ないくらいなんだけど」

と私が言えば、


「まだまだですよ!」

とテオは謙遜した。

そんな二人のやりとりにアーロンは、


「……この状況……どうすっかな。まぁ、成るように成るか……」

と呟いたのだが、私にはその言葉の意味が全くわからなかった。



さて、今日も今日とてアイリスさんは観劇に出掛けている。ソニアの話だと、お気に入りの俳優がいるらしい。

アイリスさんは、自分の事で忙しいのか、テオが離れに移った事すら気づいていないようだ。


フランクの話では、テオは既に学園卒業ぐらいの学力を身に付けているらしく、フランクも目を丸くしていた。

きっと無理をしたのだろう。……テオは熱を出して寝込んでしまった。


それをアイリスさんに伝えようにも、屋敷に不在では伝えようがない。


私は離れのテオの部屋へと向かった。


ノックをするが、返事はない。私は部屋へと入るが、テオは寝室だ。

私はまた寝室の扉を小さくノックする。眠っているのを起こすのは可哀想だ。


やはり返事はないため、寝室の扉を細く開いた。ムスカをその部屋に残し、私は寝室へと足を踏み入れた。


そっと寝台に近づくとテオは熱があって辛いのか、眉間にシワを寄せて眠っていた。


私はナイトテーブルの上の桶を手に取り水を替えに行く。


改めて冷たい水に浸した布を硬く絞り、テオの額に当てようとした時に、テオが薄っすら目を開けた。


「……誰?」


「ごめんなさい、起こしちゃったわね。ステラよ。額に冷たい布を乗せるわ、いい?」


「ステラ…さま?」

私は頷いて、そっとテオの額に布を乗せた。


「…気持ち良い……」

と言うテオに、


「眠って良いわ。様子を見に来ただけだから」

今日はソニアはアイリスさんに付いて出掛けている。私が指示した事だが、テオの面倒を看る人が居なくなってしまったのは誤算だった。


「……もう、行ってしまいますか?」

と少し不安そうにするテオに、  


「いいえ。貴方の側に居るわ。だから安心して眠って」


「でも……仕事が……」


「そんな心配はしなくて良いの。ゆっくり休んで」

と私がテオの手を握ると彼は少しだけ口角を上げた。

そして、ゆっくりと目を閉じる。熱が高いのだろう。握った手はとても熱かった。


目を閉じたテオは、一言


「俺の側に……ずっと居てください…」

と言うと、寝息をたて始めた。


熱で不安なのだろう。私は返事の代わりに彼の手をキュッと握りしめた。

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