第57話
「お初にお目にかかります。この商会の会長をしております、アルベルトと申します」
そう言って頭を下げた男性を見る。
柔らかそうな物腰に柔和な笑顔……でも何だろう…目が笑っていない気がする。
白髪交じりの明るめの茶色の髪に少し吊り上がった青い瞳。
……瞳の色は確かにアイリスさんと同じだ。
「はじめまして。こちらの商会はいつから?」
と私が尋ねれば、
「ここに店を構えてからは半年程になりますかね。それまでは店を持たず、自分の身一つで行商人の様な事をしておりました」
「まぁ、そうでしたの。私も商会には顔が利く方ではあるのですが、ここには今まで顔を出した事がなかったものだから」
「オーネット公爵夫人の目利きは素晴らしいと伺っております。お眼鏡に適う物があれば良いのですが。
もしご希望の物が無ければ取り寄せる事も可能ですので、何なりと仰って下さい」
私との会話も卒なくこなし、偶に笑いも交えて話す様は、立派な商人として何の違和感も無い。ただ、何となく……胡散臭い感じは否めなかった。
私は、気に入った物は無かったが、また寄らせてもらう事を約束して、その商会を後にした。
馬車に乗り込んだ私は、
「どう?あの男に見覚えはある?」
と早速テオに尋ねた。
「俺が昔見た、あの人を訪ねて来た男に良く似ています。あの時より身に着けている物が高価そうになってましたが、雰囲気もあんな感じでした」
とテオは顎に手を当てながらそう答えた。
やはりアイリスさんを訪ねて来ていた男性というのは、アルベルトで間違いない様だ。
アルベルトを『兄さん』と呼んだアイリスさん。しかしアイリスさんは一人っ子だとギルバートにも聞いていた。
これってどういう事かしら?
私が考え込んでいると、ムスカが、
「例の食堂に向かいますよ」
と私に声を掛ける。私はふと我に返って、
「あぁ、そうね。そうしましょう」
と答えた。
それを聞いたテオは、
「食堂へ行くんですか?」
と驚いた様に私に尋ねる。
「ええ。ここから少し離れた所にとても美味しい食堂があるの。おばあさん一人で切り盛りしてるお店なんだけど」
「貴族は洒落たレストランにしか行かないのかと思ってました」
「そういうお店にも行くわよ?でも店が立派だからといって美味しいとは限らない。そういう所は店の雰囲気やサービスにお金を払っている様な物だもの。でも、今私は美味しいものが食べたいの」
と私が笑えば、
「ステラ様らしいや」
とテオも少し微笑んだ。
馬車の中で眼鏡を外して目頭を押えているテオを見て,
「馬車の中では眼鏡を外してて良いわよ。目が疲れたのでしょう?」
と声を掛ける。
「最近は掛けずに過ごす事も増えていましたから、久しぶりに掛けると……少し」
と言ったテオの眉間には皺が寄っていた。その顔は公爵様に良く似ている。
私がその顔をみてクスリと笑えば、
「……俺は公爵様に似ていますか?」
と私の笑顔の理由に気付いたテオが尋ねた。
「そうね。顔は確かに良く似てる。でも、公爵様よりテオの方が表情が豊かよ」
「『豊か』ですか?あまり言われた事のない言葉です。表情が乏しい……はいつも言われていましたが」
「そう?公爵様に比べればテオの気分は随分と表情に出てると思うわよ。……私の周りには何故か無表情な男性が多いものだから、読み取る癖がついたのかも」
と私は隣のムスカを見上げた。
ムスカはそんな私の視線を受け、
「私だけじゃないですよね。ギルバートさんもでしょう」
と真正面を向いたまま、ぶっきらぼうにそう答えた。そんな様子がおかしくて、私はまた笑う。
「ステラ様は良く笑いますね」
とテオに言われ、
「貴族としては失格よね。オーネット公爵家に嫁いで直ぐは、よくギルバートに注意されたわ。アルカイックスマイルって言うの?それを心掛けろってね。もちろん、外ではちゃんとしてるつもり。でも心を許した人ぐらい良いでしょう?」
「……俺もその『心を許した人』に入れて貰えてますか?」
「もちろん。だって家族でしょう?」
と私が答えれば、テオは嬉しそうに微笑んだ。
……ほら、テオの気持ちは分かりやすいでしょう?
食堂に着くと、女将さんが
「まぁ、まぁ、まぁ、ステラ様。ようこそおいで下さいました。どうぞ、どうぞ」
と笑顔で迎えてくれた。
「久しぶりね、ウナ。元気だった?公爵様が亡くなってから忙しくてなかなか来れなかったわ。ウナのご飯が食べたくて夢にまで見た程よ」
と私も笑顔で応えた。
貸し切りの食堂に私とテオの二人。
ムスカは入口に立ってこちらを見ていた。
「ムスカさんは食べないんですか?」
「一緒にっていつも言ってるんだけど、『私は護衛です』って言って、絶対に一緒のテーブルにはついてくれないの。ここは私が来る時間は貸し切りにしてくれるから、何の危険もないのに」
私はそう言って真面目な護衛の顔をチラリと見た。ムスカはいつもの無表情でこちらを見ている。その様子に私はクスリと笑った。
そして向かいのテオを見る。あの眼鏡のせいで、また眉間に皺が寄っているのを私は手を伸ばしてそっと撫でた。
テオはビクッとして私が撫でた眉間を手で隠す。
「な、何を?」
と動揺するテオに、
「急にごめんなさい。でも皺が寄ってたから。折角の美丈夫が台無しだわ」
と私が笑って言えば、テオは顔を赤くした。
食事はどれも美味しくて、私とテオは大満足で店を後にした。
屋敷に着いて馬車を降りる時、私の背中にテオが、
「デートみたいで楽しかったです」
と小さな声で話しかける。
……そう言えば男性と出掛けるなんてムスカ以外では初めてだと私もその時気付いた。
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