第56話
翌日は良いお天気に恵まれた。絶好の外出日和だ。
「さて……と。テオ、出掛けましょうか」
と私が声を掛ければ、外出用の洋服に例の分厚いレンズの眼鏡を掛けたテオが現れた。
テオがこの屋敷に来て、街へ出掛けるのは初めてだ。
運動は庭を散策するぐらいしか出来なかったテオには、良い気分転換になるのではないかと私は思った。……本来の目的は別にあるが。
馬車には私、テオ、ムスカで乗り込む。私の向かいにはテオが腰かけていた。
テオは珍しげに馬車の窓から外を見る。
そんなテオの様子は何故か可愛らしかった。
「ずっと屋敷に閉じ込めていてごめんなさいね」
と私が声を掛ければ、テオは窓の外を眺めるのを止めて、こちらへと顔を向けた。
「今の自分の立場が難しい事ぐらい理解しています。それにステラ様のせいじゃない」
「そう言って貰えると、少し心が軽くなるわ。王都は……今回が初めて?」
「はい。別に興味はなかったし。あの人は自分が王都に住んでいた時の事を、よく自慢気に話してましたけど」
相変わらずアイリスさんの事を話す時のテオの顔は険しい。折角、この数ヶ月で柔らかな表情になってきたというのに。
……親子だからと無条件に愛を注げる訳ではない。
アイリスさんはテオを手塩にかけて育てた……という感じはしない。
それなのに何故、十八まで手元に置いておきたいと思ったのだろう。
「アイリスさんは王都に住んでいた少女時代が眩しい想い出なんでしょうね。田舎の少女が王都に憧れをもつ事は何の不思議もないわ」
「……ステラ様もですか?」
とテオは私に尋ねる。
「そうねぇ……憧れなかったと言えば嘘になるけど、心の何処かで『自分なんて』という思いが強かったのも確かだわ」
「今のステラ様からは想像も出来ません」
「そう?でもそう見えているのなら、はったりが利いているって証拠ね。
実は今でもたまに自信のない自分が顔を覗かせるのよ。内緒だけど」
と私は唇に人差し指を当てた。
「そんな時には……どうやって自信を取り戻すのですか?」
「自信ねぇ。自信というよりは負けたくない相手の顔を思い浮かべるの。そうすれば俯いていられなくなって、私はまた前を向ける」
「その相手って、……公爵様ですか?」
テオは少し声を落としてそう訊いた。
死んだ人の話をするのは、少し気を遣う。その気持ちはよくわかる。
「そうね。多分、私は今まで公爵様に負けたくないって気持ちでここまでやってきた。これからもずっと、その考えは消えそうにないわね。……それと、ギルバート」
とギルバートの名を私が少しむくれた様に言えば、私の横に座るムスカの肩が静かに揺れた。笑っているらしい。
「……ステラ様の心の中には、いつも公爵様が居るんですね」
と言うテオの声は何故かとても暗かった。
「さあ、着いたわ」
「ここは?」
少し暗い表情のまま、馬車を降りたテオが尋ねた。
「ユニタス商会。テオにはここに居る男性の顔を確認して欲しいの」
私達一行が目的地としていた場所は市井の中でも人通りの多い場所に店を構えている『ユニタス商会』
そう、ここは、アルベルトが独立後自らが立ち上げた商会だ。
なかなか立派なその建物に私は思わず、
「随分と儲かってるのかしら?まだ出来て間もない筈でしょう?」
と疑問を口にしたが、その答えを持っている者はこの三人の中には居ないようだった。
ムスカがその商会の扉を開く。私とテオはそれに続いて店へと足を進めた。店へ入ると、
「ようこそおいでくださいました。今日はどういったご用件でしょうか?」
と綺麗なブロンドの女性が私達に、にこやかに近付いて来た。若そうなその女性に、
「はじめまして。私、ステラ・オーネットと申します。
実はガゼボのテーブルセットを買い替えたいと思ってますの。
ここの前に贔屓の商会にも顔を出したのですが、他の店の物も見てみたいと思いまして。ここは、まだ新しい商会なのでしょう?少し興味がありまして」
と私が微笑みながら言えば、その女性は大きく頭を下げ最上級に体を折り曲げた。そして顔を上げると、
「オーネット公爵夫人でいらっしゃいましたか!お会い出来て光栄でございます。お噂はかねがね。うちの顧客の皆様方も口を揃えて『オーネット公爵家のお茶会に招待されてみたい』と仰っておりました」
と目をキラキラさせて私を見る。そんな目で見られても困る……私はアルベルトの顔を確認しに来ただけなのだ。
何か買って帰らなきゃケチだと思われちゃうかしら?
「うふふ。悪い噂でなければ良いのですけど。では早速ですけど、品物を見せていただけるかしら?もちろん現物でなくても構いません」
「悪い噂なんてとんでもない!皆様公爵夫人を褒め称えるお話ばかり。あ!今すぐ会長を呼んで参りますので、少々お待ち下さい」
そう言うと女性は慌ただしく店の奥へと姿を消した。そして直ぐ様一人の男性を連れて戻って来る。
……この男性が、アルベルトである事は間違いないだろう。
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