第64話
「で、価値が上がったら兄さんが売ってお金に替えてやるって言うから、私は今までたくさんの宝石を預けてやったのに、ぜーんぜんお金を払ってくれないの!『まだ価値が上がるからそのうち』とかなんとか言って。
私、頭に来ちゃって。この前『なら預けた宝石を返せ!』って言ってやったの」
「でも、貴女はアルベルトにお金を無心していましたね?」
「人聞きの悪い事言わないで!あれは宝石を売ったら私が手に入れる筈のお金を前借りしてるだけよ!元々は私のお金。
なのに兄さんったら、私が店に行くと嫌な顔をするんだもの。本当に腹が立つったら」
「貴女が王都に来たのは……アルベルトに会うためだったのではないてすか?」
「それもあるわ。宝石も返して欲しかったし。
でもどうせテオドールがここの当主になれば、私もここに住むんだし、一年早くても別に構わないでしょう?王都は刺激的だし、毎日が楽しいもの。田舎はやっぱり退屈よ。偶に兄さんが素敵なワンピースを贈ってくれたって、来て行く所もありゃしない」
「アイリスさん、ここから本題に入りますが……アルベルトは逮捕されました。窃盗です。しかも王族の所有物を偽物にすり替えて。それについて、彼から何か話を聞いた事は?」
「嘘!?そんなの嘘よ!!まさかそんな……。私は何も知らない!知らないわ!」
と目を見開いて驚き、声を発するアイリスさんに、
「落ち着いて、冷静になって下さい。話を聞きたいだけなのですから」
と私は宥めるも、
「知らないわ!私は関係ないし!」
と叫ぶ様にアイリスさんは言った。
その声が聞こえたのか、テオが部屋へ再度戻って来た。
「うるさいな。少しはステラ様に協力しようと思えないのか?」
とテオは低い声でアイリスさんに言うと、再び私の横へと座り、
「今、この人の部屋を調べて来ましたが、アルベルトって男との繋がりがわかる物とか、あの男からの手紙とか……共犯を疑われる様な物は見つかりませんでした」
と私に報告した。……私は別にそんな事を頼んだ覚えはないのだが、テオなりに私の役に立ちたかったのかもしれない。
「テオドール!あなた、私の部屋に勝手に入ったの?そんな泥棒みたいな真似しないでよ!」
とテオを批難するアイリスさんに、テオは
「泥棒はお前の兄さんだろ?!それがどれだけステラ様に迷惑をかけているのか、わからないのか!」
と怒鳴った。
初めて聞くテオの怒号に、私もアイリスさんも驚いてしまった。
アイリスさんは、その声に泣き出した。
嘘泣きではない。本当に泣いている。
「テオ、落ち着いて。調べてくれてありがとう」
「あ……すみません」
と小さくなるテオに私は微笑んだ。
「アイリスさん。貴女……子どもの頃お父様に厳しくされていたのではない?」
「……どうして?」
涙を拭いながら、アイリスさんは私を見た。
「いえ……。貴女は男の人から大きな声で威圧されるのが苦手な様に見えたので」
「父さんは厳しかったわ。私が言いつけを守らなければすぐに叩かれていたし」
「なるほど。そうでしたか」
「……小さな頃。私の頬のアザを見てディーンは言ったの『僕のお嫁さんになったら、アイリスを僕が守ってあげられるのに』って。……嘘ばっかり」
とアイリスさんは吐き捨てる様にそう言った。
「子どもの頃の口約束ですが……公爵様は自分なりのやり方で貴女を守っていたと思いますよ。結婚は出来ませんでしたけど……」
と言う私に、
「綺麗事言わないで!ディーンは結局、貴女と結婚したの!貴女を選んだのよ!」
「それは違います。私との結婚は王命です。公爵様の気持ちはそこにありません」
「ディーンは……あなたを認めていたわ。最初は地味で凡庸だと言っていたくせに。『彼女は一を聞いて十を知る人物だ』ってね。格好つけた言い方しても、結局は若い女が良いって事でしょう?」
その言葉を聞いて、
「お前……!!ステラ様に失礼な……!」
とテオが立ち上がろうとするのを私は彼の腕を掴んで止めた。
「貴女は……公爵様を愛していましたか?」
と私はアイリスさんに尋ねた。
「…………さぁ?どうだったかしら?使える人間だった事は確かね。もう死んじゃったけど」
とアイリスさんはふんぞり返って足を組むと私にそう言った。
私はそんな彼女にゆっくりと話す。
「……公爵様は貴女を愛しておいででした。貴女と彼の間にどんな会話があったのかはわかりませんが、公爵様は貴女との約束を守っておいでてしたよ。
私と仕方なく結婚しても貴女以外の女性を愛する事はなかった。月の半分領地へ帰っていたのだって、心配だったから、だけではありません。きっと、貴女にも……テオにも会いたかったんです。純粋に。
公爵様は不器用な方でしたから、それを上手く表現出来ていたとは思えませんが。
前に、公爵様に尋ねた事があるのです。『公爵を後継に譲った後、公爵様はどうされますか?』と。公爵様は領地に戻るとおっしゃいました。きっと貴女と一緒に最期を迎えたかったからです。最期は貴女に看取られたかったのだと思います。
その未来予想図には、私の姿はありませんでした。ええ、皆無でしたとも。公爵様にとって私はただの仕事のパートナーです。それ以上でもそれ以下でもありません。
どうか……公爵様の気持ちを疑わないであげて下さい」
と私が言えば、アイリスさんは少し驚いた様な顔をした。
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