和光同塵
三鹿ショート
和光同塵
学校で目にする彼女と、街の中で目にする彼女の姿から、同一人物だと即座に分かる人間は、おそらくほとんど存在していないだろう。
何故なら、学校での彼女は制服を着崩し、必ずといって良いほどに教師から注意されているような人間だったのだが、眼前の彼女は、堅苦しそうな格好をしていたからだ。
私がそのことに気が付いたのは、彼女の浮かべる笑みが、変わっていなかったためである。
そのことが分かるほどに、私は彼女に夢中だったのだ。
私に声をかけられると、彼女は目を見開き、すぐさま私を路地裏へと引っ張っていった。
彼女は周囲に人影が無いことを確認してから、
「このことは、学校の人間に対しては口外しないでください」
彼女の頼みであるゆえに、私は迷うことなく首肯を返した。
だが、何の見返りも求めることがない私のことを彼女が不審がっていたために、私は条件として、何故そのようなことを頼んでくるのかと問うた。
私の問いを耳にすると、彼女は軽く息を吐いた。
「場所を変えて、話しましょうか」
***
学校の関係者が訪れることは無いであろう洒落た雰囲気の喫茶店へと移動すると、彼女は私に事情を語り始めた。
いわく、学校で見せている彼女の姿は、演技であるらしい。
その理由は、素行が悪いと噂される学校に潜入し、内情を調査するためだということだった。
本来の彼女は、国内の様々な問題を調査する機関の人間であり、既に学生という身分を失っているような年齢なのだが、若く見えるということで、白羽の矢が立ったということのようだ。
何故、わざわざ潜入してまで調査する必要があるのかと訊ねると、
「他者から聞く情報は、何処までが真実なのかは分からないでしょう。それと同時に、話す人間の主観に邪魔をされてしまう場合も考えられます。ゆえに、提供された情報が真実なのかどうかを確認するために、実際に問題に触れるということが、我々の方針なのです」
生真面目な表情で語る彼女は、学校で目にする姿とは別人だった。
そもそも、私が学校で目にしている彼女という人間は、作られた存在ではあるのだが。
彼女は私に自身の事情を語った後、私の肩に手を置くと、
「私のことが露見した場合はどうなるのか、知らない方が良いでしょう。そのためにも、あなたには黙っていてほしいのです」
笑みを浮かべてはいるが、威圧のようなものを感じた。
しかし、そのように脅さなくとも、私は彼女の言葉に従うつもりである。
私が首肯を返すと、彼女は満足そうな表情を浮かべた。
***
彼女の正体を知ってからというもの、私は彼女に対して、以前よりも愛おしさを感ずるようになっていた。
本来ならば制服を着用するような年齢ではないにも関わらず、それに身を包み、同時に、若者と同じような言動に及んでいる。
無理をしているようには見えないが、年上の人間が若者のように振る舞っているその姿は、見ていて思わず頬が緩んでしまう。
そのような呑気なことを考えながら、私は学校生活を満喫していた。
だが、何事にも、終わりは訪れるものである。
それが、考えたこともないような状況だったとしても。
***
寝坊したために、謝罪の言葉を吐きながら教室の扉を開けるが、反応する人間は皆無だった。
教室の中の生徒たちが揃って机に突っ伏している姿は異様だったが、さらに異様だったのは、教壇に立っている人間が着用していた、有毒な煙から逃れるために使用するような顔面用の護身具である。
教壇に立っている人間は私に気が付くと、私を廊下に押し出した。
教室の扉を閉め、護身具を外したその人間は、彼女だった。
学校であるにも関わらず堅苦しいその格好から、今日の彼女は、本来の姿としてやってきたということなのだろう。
彼女は真剣な眼差しを私に向けながら、
「今すぐ、自宅に戻るのです」
常ならば彼女の言葉に従っているが、今日は事情が異なっている。
私は教室を指差しながら、
「何故、皆が皆、あのように眠っているのか」
その問いに、彼女は口を開こうとしたが、即座に閉じた。
逡巡するような様子を見せてから、何処かへと連絡を始めた。
やがて、この場所には存在していない相手との会話を終えると、彼女は教室の内部に目を向けながら、
「調査により、この教室の内部に存在する生徒たちが害悪であると認定したために、然るべき施設へと移動させることにしたのです」
その言葉通り、確かに素行が良いと言うことはできない生徒ばかりだった。
弱者を殴っては金品を奪い、心優しき人間を騙しては自身の思い通りに動かし、それらを苦に相手が自らの意志でこの世を去ったとしても罪悪感をまるで抱くことはない人間で溢れている。
その性根をたたき直すために、連行するというのだろうか。
私の言葉に、彼女は首を左右に振った。
「善良なる人々が傷つけられないようにするために、彼らを隔離し、肉体労働に従事してもらったり、この国を支えることになる未来の子どもたちを産みだしてもらうのです。性根をたたき直すよりも、新たに誕生する子どもたちを真面に育てた方が、楽ですから」
其処で私は自身を指差しながら、私もまた、その中の一人だったのかと訊ねた。
彼女は首を横に振ると、
「あなたは平凡な人間であり、害がありません。他の生徒たちに巻き込まれないためにも、今日は登校する必要が無いと連絡されていたはずですが、聞いていませんでしたか」
そういえば、昨日の帰り際に、教師から何かを伝えられたような気がしたが、聞き流していた。
私がそのことを伝えると、彼女は大きく息を吐いた。
「もしも登校していた場合は、あなたの人生も奪われることになっていたことになるのですよ。他者からの言葉というものをしかと聞いておくべきです」
それならば、実行する前に、私を教室から出せば良いのではないかと思ったが、このような行為に及ぶ機関に逆らってはならないと考え、私は黙って頷いた。
和光同塵 三鹿ショート @mijikashort
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