第26話 土人形を破壊しろ

 舞踊を舞う如く少女が身を翻せば、金の属性のあやかしが熱で溶ける。再び地を蹴れば風切音と共に水のあやかしが色を変えて容を失った。


「……圧巻だな」

「それはどうも! 見物料徴収するわよ!?」

「構わんが。南で採れる辣椒トウガラシの瓶詰めでいいか」

「……っ、ああもう!」


 どこからその話を聞きつけたのか。水母娘娘スイボニャンニャンか、颯雨ソンユか、師傅センセイはさすがにないと思いたい。腹立たしい気持ちで跳躍し、こちらへと触手を伸ばしてくるあやかしを逆に踏み台にするように潰した。追撃が来る前に再び身体は宙を舞う。


「──気がついたか」

「……ええ。あいつら、わね」

「ヒトの形を模しているのは五行それぞれの力を込めるのに有益だからとして、人形らしい単純さだ」


 宙を跳び龍帝から距離を取った静麗の方へと、構わず武器を向けて来ていることからもそれは明らかだ。

 一度龍帝の隣へと着地すれば無数の手がこちらに伸ばされた。匕首でそれらを切断していくが、生えた先からまた現れ、頭をつぶれば動きを止めるがしばらくすると回復して立ち上がる。


「ったく、厄介ね! 龍帝陛下様? あんたの配下でこういうものを使ってくるやつに心当たりはない!?」

「いくつかいるが……人餌派に絞るなら二属を操る書物の化身の類がいたはずだ」

「……人間が記した書物の付喪ね」


 書は草木から作られるものだが、記された文書如何によってもう一つ、内容に纏わる属性を得ることがある。


「五行全ているとはいえ、根本は土人形だろう。核となる素体を破壊すれば新たな発生や修復は防げるはずだ」

「なら話は早いか。私が核を引きつけて壊しにかかるわ……残りがいくらか居座るかもしれないけど、片付けは任せていいかしら?」

「龍帝を顎でつかうなど、貴様らあやかし狩人くらいのものだが。……いいだろう。数が限られるなら元の姿で飲み込んだ方が早い。あの奥にいる人形が核だ。置いていくなよ」

「交渉成立ね」


 飛剣を飛ばしては捉え、符を放ち穿つ最中。狩人の少女が新たに取り出した獲物は錘のついた縄。有象無象のあやかしたちの上を跳び舞いながら、獲物に向かって一直線に飛んでいく。


「捉えた! この辺りで戦いに向いた場所は!?」

「一対一に持ち込むなら酉の塔、広大さを求めるなら巳の宮に地下洞窟がある」

「なら南南東ね」


 一対一に持ち込むのは総数からして難しい。地下洞窟のある巳の方角が無難だろう。

 縄が人形の腕へ巻きついたことを確かめて、静麗は扉へと跳躍する。成体の龍が何か起きた時に直ぐ目的地に飛べるようにと広い出入り口が近くにあることは知っていた。此処までの騒ぎを起こしている時点で人餌派の何某かの介入はされているだろう。


 事実外へと出れば、あやかしの気配が薄い。宮中全体に結界を張っているのか、或いは位相をずらされているのか。どちらにしても裏にいる存在は一筋縄ではいかなさそうだ。


「……ま、だからって負けるつもりはしないんだけど。急急如律令!」


 まじないと共に符を投げれば、炎が現れ人形たちを飲み込む。十数の人形がその熱に溶かされていき、潰れていく人形の上を別の人形が押し潰した。


 ──核の人形には疵一つついてない。なら物理で壊さないと駄目かしら。

 炎が途切れるまでも足を止めずに人形たちを誘い出しながら、静麗は冷静に判断する。核の人形が揺れるたびに人形が幾重にも分裂して現れていることは察し付いていた。本来正しい手順で解呪せねばならないが、あまりに情報が薄い。


 出した結論は簡潔なものだ。場所を定めた後に力づく。


 師傅が聞けば指をさして爆笑したのちに静麗を正座させて懇々と真顔で選択の不利益について語ったことだろう。

 だが今ここにいるのは静麗のみだ。文句があるなら乱入でも何でもしなさいと脳裏で説教をしてくる師傅に吐き捨ててから、飛刀を放ち迫りくる人形を突き飛ばして転倒させた。



 ◇



 静麗ジンリーは人の世界の後宮には詳しくないけれど、あちらにもこんな空間はあるのだろうか。いや、ある筈がないと思い直す。


 平屋の一つや二つどころか、十は余裕で入りそうな空間だ。地下へと続くなだらかな下り坂をひたすら辿った先にこのような空間がある筈がない。海をこえた東の国に冥府に続く坂があると聞くが、これも類似のものだろうか。そこまで下り道を駆け降りた記憶もないのに、天井が遥か高くにある。

 人形たちはといえば、執務室という空間の枷がなくなったせいか際限なく拡がりを見せはじめている。これは一撃で全てを破壊しないとならない。


「ちょっと失敗したかしらね……。符全部使わないとかも」


 核の人形を周囲もろとも吹き飛ばすにはそれなりの力が必要だ。が、新たに符を造るには時間と余裕が足りない。

 なるべく最小限の余力でここを脱する為に──。思考を巡らせていた静麗ジンリーの耳にその時届いたのは、羽音だった。命の躍動を感じる羽ばたきはこれまで聴いた何よりも力強かったのに、不思議と誰のものなのかが理解できた。



「…………颯雨ソンユ!!」

静麗ジンリー!」



 見上げれば、そこにいたのは先日目にした翼龍よりも更に猛々しい姿。青銀の鱗は地下の暗闇にも関わらず自ら光を放ち月を懐わせる。その輝きは静麗へと天啓を与えた。


「颯雨! 前に教えたまじないを五行として唱えて!!」

「っ!? …………分かった。『かしこみかしこみ申し上げる。五行のひそめき、包括せし気よ、地に巡るいぶきを示したまえ』」



 異質な声質に呼応するように地面にはいくつもの光の線が現れる。どれも薄いものだが、それでも目を凝らせば微かに幾つもの色の光が重なる場所が見てとれた。


「……! そこね。来なさい!」


 未だ縄を巻きつけていた人形を勢いよく引き寄せる。他の人形たちが其れに縋ることもなく、体制を崩した人形は重なる光の上に転がった。



「────なるほど。ならば援護しよう。《行石》」


 再び大地を揺さぶり動かすような声が聞こえる。鋭い音を立てて五色の宝石のような見目をした石が落ちてきた。天龍の力を結晶としたもの。

 圧倒的な力に息をのむ少女は、けれども続く鼓舞する言葉に気を取り直した。



「その力を使ってかまわない。やれ、静麗ジンリー!!」

「……!! これなら最小限で……っ、急急如律令!」



 五色の石が輝きを増したと思えば、それは中央にいた人形を起点に爆発を起こす。静麗へと近づこうとしていた人形たちをも飲み込み、後に残っていたのは一人と一柱の人とあやかしだけだった。

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