第13話 天の力
「そういえば
「なんだ?」
あやかし避けのまじないとやらは覿面の効果を示していた。それなりにあやかし通りがあってもおかしくない道だが、曲がろうとした先の気配を探れば次から次へとあやかしたちは別の道へと向かう。
何となくこの道をやめておこう、別の道から行こうと潜在意識に働きかけるまじないらしいが、やり方を彼伝てに教えてもらいたいくらいだ。
「あなた、天の力を持っているってことは五行全部使えるんでしょ? 私は木霊だから隣り合う属性までしかわからないの。金と土の属性の龍脈を探すのは任せていいかしら」
ここに来るまでで考えていた説明をつらつらと唱えるが、無論嘘だ。
──五行全ての力を人間は使うことができる。だが彼の前では私は木犀の木霊として振る舞わないといけない。なら木霊にできないところは任せてしまったほうが自然だし、彼だって龍脈のたどり方を知ることは今後を思えばよい経験と言えよう。
そう思っていたため、提案を投げた瞬間の
「……」
「ええと……嫌だったら別にいいのよ。日を改めて
「嫌ではない。ついてくるのを決めたのは私だし、必要ならやる」
「やりたくないなら無理にやらなくていいって」
口の端をこれでもかと下げる姿は、控えめに見ても前向きには受け取れない。同じく娘娘に頼まれごとをされた者同士ではあるが、彼の役割は外朝なのだし。いまだ雨の気配が残る外に一緒についてきてくれているだけで静麗としては十分ありがたかった。
「そうではない。……ただ、いつ知ったんだ。私が、天龍だということを」
「え、ああ。この間
元より低い彼の声がさらに低くなっていることを察知し、努めて軽い口調で静麗は言葉を返す。深いため息が颯雨からこぼれるが、あげられた顔は先ほどよりも平常に近しいものだった。
「……ただ五行を扱えるというだけなら良かったんだがな。天龍という称号と合わさると、厄介な扱いをされる。気に病ませたなら、わるい」
「いえ。私は別に平気だけど……なに、ひょっとして帝の後を継ぐのが嫌なの?」
「継ぐ、という形なら否やは言わない。兄上を押し退けてまでその地位につくのは御免だという話だ」
「……んん? どういうこと?」
もう少し何も知らない相手にもわかるように教えてほしい。静麗が今度は眉間にシワをよせれば、相対的に颯雨の表情が緩んだ。
「天龍は、皇位継承権としては最優先となる。故に成龍となった段階で現皇帝が天龍でない場合、現皇帝は退位して皇帝の座を龍帝に譲らなければならない」
「は⁉︎ 前の帝の治世がいいか悪いかとか、そういうの無視して決められるの?」
あやかしの世界についてのことわりを
「そうだ。だが私は兄上ほど他の者の上に立つ才覚がないことを自覚している。だというのにその兄上の治世を、私の存在が踏み躙るやもしれない」
「想像以上に悩ましいわねそれ……ん? ってことはもしかして、あんたが雛のままなのはそのせいなの? 大人になりたくない〜……って」
「そこまで義姉上たちは話してたのか……」
眉を下げるがまだ笑みは崩れない。先ほどよりはずっと軽い調子の中、ぬかるんだ場所を避けて歩く。
「静麗も見た通り、私の龍としての姿は雛のままだ。だがそれが、君のいう通り兄上の治世を損なわないためなのか……あるいは、他に理由があるのかはわからない」
「なるほどね。そうなると迂闊に大人になりなさいとか言えないわね……」
──天龍である自分が今の御世に満足いってるのだからって触れ書きをするとか? そんなことで解決するならここまで悩んでないわよね……。
口元に手を当てて唸る少女を、柔らかく見守る視線。
「……ありがとう」
「ん? 何がよ」
「私が天龍だと聞くと、それだけで皆跪き敬うものだったから。成龍となることを願われたものだから」
「……」
「だから、そうしないでくれて。ただの颯雨として見てくれることが、嬉しいんだ」
天から刺す光のように神々しく、けれども柔らかい微笑み。師傅がそばにいたこともあって美醜にさして関心のない
「……、……タラシってあんたみたいなのを言うんでしょうね」
「? タラ……?」
「何でもないわ。それじゃ、龍脈をみるためのまじないについて教えるから」
「ああ、よろしく頼む」
指を組み、印と共にまじないを唱えていく。
「『かしこみかしこみ申し上げる。五行のひそめき、木の気よ、地に巡るいぶきを示したまえ』」
言葉と共に大地がほんのりと輝きを放つ。とは言っても術を唱えた張本人である静麗と対象に含んだ颯雨の目にだけそう映っているだけだが。
「これが地脈、龍脈ともいうけれど。この光を辿って後宮の地図に線を引いていくわ。同じように他の属性でも線を引いて、複数の属性が重なるところや光が特に強いところが龍穴になるの」
「なるほど、承知した」
「じゃ、行きましょ」
短く促して歩き出す。妖避けをしているこの間に、急いで仕事をすませてしまおう。
もう、雨は止んでいた。
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