蛇足
蛇足
会が終わってから数日が経ったその日、ぼくと
「お忙しいところお呼びだてしてすいません」
「いいさ、きみが話すことに俺も興味があるからね」
ぼくはまだ熱いコーヒーを一口だけ飲み、口を開く。
「さて、《
木崎さんは無言でコーヒーを啜る。話を続けての合図だと解釈し、ぼくは続ける。
「先日の会のおさらいになりますが、ぼくと佐橋さんが提出したミッシングリンク──『《切断師》は現場の遺留品でしりとりをしている』と、『前回の被害者の患部を次の被害者から切断している』が、後堂はるかさんの事件までは成立していることは証明されています」
ここでぼくもコーヒーを啜る。御影さんが淹れてくれるものには遠く及ばないが、それでも長居するのには役立つ。
「単純に考えるなら、この両方が《切断師》のミッシングリンクなのだろうと結論付けられましたが、あの日新たに発生した第六の事件で佐橋さんの『前回の被害者の患部を次の被害者から切断している』説が否定され、結果的にぼくが唱えた説だけが当たっていると証明されました。ですが、ぼくはこの事件の内一つだけ、≪切断師≫とは関係がない事件があるように思えます」
「後堂はるかの事件だな」
間を置くことなく木崎さんは応える。やはりこの人も思うところはあったのだろう。
「そうです。この事件では、《切断師》のミッシングリンクに基づいて、『前の被害者が心臓を患っていた→だから心臓が抜き取られた』と、『櫛が残されていた→新聞紙を残した』が両立されています。いや、されているように見えます」
「あの場で次の事件の一報が入ってこなかったら、こんな疑問も浮上しなかっただろうに。不思議なもんだな」
「まったくですよ。さて、あの日の夜に舞い込んできた最新の事件──
「後堂はるかは腕に怪我なんかしていなかった」
こちらの議論の先を読んでくれているように、するりと欲しい答えが出てきてくれるのはありがたい。
「そういうことです。つまりその瞬間、佐橋さんが挙げた『前回の被害者の患部を次の被害者から切断する』という説は不成立になったのです。なったはずなのですが──」
言葉を溜めて様子をうかがう。こちらの言葉を今か今かと待つわけでもなく、ただ黙々とコーヒーカップを見つめている。この人の中でも、既にこれについての答えが出ているのだろう。そしてこの場は、それの答え合わせでしかないのだ。
「三番目──佐橋さんの言葉を借りるなら正確には四番目ですが──の被害者、
これはあの後で西野さんからもたらされた情報だ。あの人も気になっていたことなのだろう。
「さらに付け加えるなら、『後堂さくらの現場に残されていたのは新聞紙だった』ことか」
大きなため息がぼくの口から漏れる。さあ、ようやく折り返し地点だ。
「単刀直入に言ってしまえば、ぼくは後堂はるか殺害事件は、≪切断師≫の模倣犯によるものだと考えています」
『つまりこれは全部別の事件だったんだ』そうあの夜、ぼくらの前で発表した御影さんの姿が頭をよぎる。あの人の仮説は、部分的に当たっていたのだ。
「さて、その理由ですが、一旦この後堂はるかの事件を模倣犯によるものだと仮定し、《切断師》事件から外してみましょう。すると、ミッシングリンクはどうなるか」
備え付けの紙ナプキンを何枚か取り出し、内一枚に次のようなキーワードだけ羅列する。
「被害者の名前や要らない情報は今回省きました。重要なところだけ書きます」
一 目が悪い―切断なし―ナイフ
二 耳が悪い―両眼球―風呂敷
三 足が悪い―両耳―巾着
四 腕が悪い―両足―櫛
五 ?が悪い―両腕―写真
それを木崎さんに見せている間に、ぼくは違う紙ナプキンに新しい羅列を書き始める。
「後堂はるかの事件は抜いてありますが、それでも《切断師》事件のミッシングリンクは二つとも成立しているというわかりがありますね。逆に、このリストに後堂はるかの事件を入れるとどうでしょう」
一 目が悪い―切断なし―ナイフ
二 耳が悪い―両眼球―風呂敷
三 足が悪い―両耳―巾着
四 腕が悪い―両足―櫛
五 心臓が悪い―心臓―新聞紙
六 ?が悪い―両腕―写真
「こうなります。これだと、明らかに四と五の間で『前回の被害者の患部を次の被害者から切断している』というミッシングリンクの繋がりがおかしくなってしまいますし、六のミッシングリンクが『遺留品でしりとりをしている』だけになってしまう。これはどうでしょう、全体で考えてみると、どこかしっくりこないと思いませんか」
ぼくの問いかけに木崎さんは少し黙ってから口を開く。
「五番目の事件を抜いたリストの方が、一貫して二つのミッシングリンクが通っているように思える。後堂はるかの事件が入っているリストは、その事件の異物感が強い。二つ目の事件からでしか成立しない、俺たちが挙げた幻想のミッシングリンクとは違い、お前と佐橋さんが挙げたミッシングリンクは最初からずっと続けられている物だ。ならこの二つは真のミッシングリンクと断言してもいいんじゃないだろうか」
しんぶんし、逆から読んでも、しんぶんし。これならば、残されていた櫛と写真の間にあっても説が阻害されることはない。
そう話すと、木崎さんは再び大きなため息を吐いた。
「これで話を先に進めることが出来ますね。結論、後堂はるかの事件は模倣犯である。では、その犯人は誰か?」
ミッシングリンクも手口も再現した《切断師》の模倣犯。だがそいつは、少し詰めを誤った。
「違和感に気付いたのはいつだ」
「自分の説が誤りだったと認めた瞬間ですね。木崎さんもそのタイミングでしょ?」
そうだ。と木崎さんは頷く。
「あいつが今起きたばかりの事件でひっくり返されたとはいえ、あんなにあっさりと自分の説が誤りだったと認めるわけがない。それよりもむしろ、今俺たちが話し合ったこの結論まで辿り着くことは容易だったはずだし、あの場で今お前と話しているような内容に発展していてもおかしくはなかった──それなのに、あいつはこの話をしなかった。突き詰めれば合っていた説をあの場で捨ててしまったんだ。そんなことを、あの男がするわけがない」
徹底して真相を追求してきたその姿勢。真相を看破できる洞察力と推理力。それらを併せ持ちながら、ぼくらがあの瞬間に辿り着いた答えがわからなかったのだろうか。違う。わかっていたからこそが答えられなかったのだ。答えてしまったら──模倣犯説を持ち出してしまったら、すべてが明らかにされてしまうから。
「動機は何だろうな」
ぼくではなく、ここではないどこかを見ながら木崎さんはつぶやく。
「仮説ですが、おそらく心臓に関わる医療ミスじゃないかと」
模倣犯がしたかったのは殺人ではない、心臓が欲しかっただけだ。だからそのために殺害という方法を取らざるを得なかったのだ。
「またここでも仮説か」
ぼくの話に木崎さんはニヤリと笑いながら言う。
「そもそも、これらも全部ただの仮説にすぎませんからね。本当は全部≪切断師≫によるものかもしれませんし、模倣犯なんて存在しないのかもしれません。ぼくらの考えているミッシングリンクも実は間違っていて、次の会で佐橋さんが『やっぱりこれはこうだったんだよ~!』と、新たな説を提示してくるかもしれないですし」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。真相は全部、結局は藪の中ってわけだ」
この話はこれで終わりだと言わんばかりに、両手を上に伸ばし、伸びのポーズをしだす木崎さん。
「ああそうだ。ついでに一つ、≪切断師≫の事件で思いついたことがあるんだ。それだけ聞いてくれるか?」
「いいですよ、ぼくばかり話してしまいましたしね」
コホン。わざとらしく咳払いをし、木崎さんは口を開く。
「白鷺、お前が話した『遺留品でしりとり』説は≪切断師≫が残したミッシングリンクで間違いないだろう。だが佐橋が出したもう一つの説、『前回の被害者の患部を次の被害者から切断している』は間違っていると思う。おいおい、そんな顔するなよ。わかってるよ、『なんで今そっちも正しいという話をした直後に否定するんだ、なんなんだよこいつは』そう思われても仕方がない。だが、そう考えるのには理由がある。なぜなら、この説が正しいとするなら、≪切断師≫は相当被害者たちの身体事情に詳しくなければならない──言い換えるなら、犯人は何らかの事情で彼らがどんな病気なのかを調べられるツテを持ち合わせた人間ということになる。そんな立場にいる人間が、わざわざそんなミッシングリンクを作って自らの身を危険に晒すだろうか? いいや、俺だったらしないね、こんなことを考える人間だってしないだろう。つまりそれも偶然なんだ。俺の説や羽柴さんの説、そして日々崎さんの説同様に、出された物を見て点と点をありもしない線で繋ぎ合わせただけの幻想に過ぎないということだ」
ミッシングリンクは、一つだけだ。
そのことを話し終えると、木崎さんはカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
ぼくは何も応えない。ただ、彼が話し出すのを待つ。
「……自分でも言っていたが、あの点に気付いたのはさすが医者というところだろう。彼だったからこそ見つけた──いや、見えてしまった幻想の
「じゃあ木崎さんは、≪切断師≫が被害者の身体の一部を持ち去っていることには意味がないというんですか?」
この問いに彼は首を横に振る。
「いいや、その行為がミッシングリンクではないと言っているだけだ。むしろ≪切断師≫の目的は、殺人ではなく身体の一部を持ち去ることだろうよ」
「……もしそうだとしたら、なぜそんなことを≪切断師≫はしたんですか?」
ハッハッハ。と。おかしくもないのに無理矢理おかしそうに、そんな笑い声を木崎さんは上げた。
「身体のどこかが不調な場合、その調子の悪い場所と同じ物を食べると良くなるという同物同治という言葉が存在する。目なら目を、耳なら耳を、そして心臓なら心臓を──≪切断師≫はそれを人間でやりたかったのさ」
本当の蛇足
「ところで、《切断師》が残したあの真っ黒な写真の意味は何だと思う?」
話を終えて帰ろうとすると、何気なしに木崎さんが問いかけてきた。
「あれですか? そんなのは簡単ですよ。しりとりなんですから、最後に『ん』が付いちゃったんで終わり──つまり《切断師》事件も終わりって意味ですよ」
茶化しながらぼくは答える。
「いや、それなら写真は別に真っ黒じゃなくても良くはないか?」
「ああ、それは写真を撮ったスマホのカメラが壊れていて、何も映せなくなってしまったからですよ。ほら」
そう言いながらぼくは木崎さんに真っ黒な写真で埋めつくされたここ最近のカメラロールを見せる。
「……冗談だろ?」
ぼくはこの人がここまで驚いた表情をしたのを、初めて見たかもしれない。
「さあ? どうでしょう。答えは風に舞っていると言いますが、これについては《切断師》しか知らないことでしょうし。まあ結局のところ、最後までぼくたちは論理と理屈をこねくり回して、それっぽい仮説を作ることしかできないんですよ」
たとえそこに真実が含まれていようが、証明されなければいくら真実に近かろうがそれは仮説でしかないのだ。
こうやって綺麗に締められたら良かったのだが、そういえばドタバタしてしまいまだ疑問が解消されていないことに気付いた。
結局この会の創設者が誰だか羽柴さんに聞けなかった。まあいい、どうせあのメンバーでまた集まることはあるだろう。それはその時にでも聞けばいいや。集まる機会がなさそうなら、今回の《切断師》のようにまた事件を起こせばいいだけの話なのだから。
ミッシングリンク・ミッシング 神崎蒼夜 @sawyer1876
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