後編
木崎さんの仮説
「被害者たちに共通点はない」
これまでの発表者のように、ホワイトボードの前に立たず、椅子に座りながら淡々と話す
「ないって……。そりゃあ
興が削がれたと言わんばかりに鼻を鳴らしながら
「そういうわけではない。共通点がないというのはあくまでも『被害者』にであり、『事件』そのものに共通点がないとは言っていない」
「つまり本人たちとは関係のない要因で、被害者たちは《
興味を引かれたのか、
「そういうことだ。だから被害者たちの関係性を探ったところで、この事件の根本的な『繋がり』が見えてくることはない」
そう言いながら木崎さんは、「まずこれらの写真を見てくれ」と、鞄から取り出した複数の写真を机の上に広げだし、そのうち一枚の写真を指差した。
「これは……三番目の被害者の現場ね?」
「そこの後ろに写り込んでいる工場の看板に注目してほしい」
「そんなもんあったか……?」日々崎さんはボヤキながら、その写真を食い入るように見つめる。「おお、あったあった」
言われるまでそれが工場の看板だというのに気付かなかったが、たしかにそこには白い板に黒文字で『
「次はこの写真。二番目の被害者
そこまで言われて何かに気付いたのか、突如ハッとした表情になる佐橋さん。「
「なるほど! よく考えつきましたね!」
「なにが『なるほど!』なんだい佐橋くん。我々には何のことだかさっぱり」
つまりですね。と御影さんに話し出そうとした佐橋さんを、「そこまでだ」と木崎さんは手で制す。
「これは俺の説だ、最後まで話を聞いてから発言してくれ」
そうしてようやく椅子から立ち上がると、そのままホワイトボードに歩み寄り文字を書きだす。
「俺の説はいたってシンプル、『現場は数字に関わっている』だ。他の事件も確認していこう。日々崎さん、さっきの地図を出してもらってもいいですか」
木崎さんに促され、折りたたんでいた地図をまた机の上に広げる。「ありがとうございます。これで説明しやすくなった。では最初の被害者、
そして。と木崎さんの指が滑らかに地図の上をすべる。
「四番目の被害者、
広げられた写真からそれを選んで全員が見やすい所に置く。それは被害者が倒れていた道路とその周囲を写した物のようだ。
「現場には数字と関係ありそうな看板や建物などは写っていないように思えるが、この写真の中華料理屋の名前がヒントになっている」
そうしてそこだけを拡大した写真をぼくらに提示する。
「『天天』というのがここの店名だ。てんてん、ten-ten、10-10、つまり二十だ」
「そこだけだいぶこじつけに思えるんですが、何か理由があるんでしょうか」
話を聞いて思い浮かんだことを、ぼくは木崎さんに問いかける。
「例えば、木崎さんが挙げたように数字が関連しているのだとしたら……。ほら、地図にも九十九化成本社や七七システムのように直球の数字で表されているスポットが多々あります。それなのに、どうしてわざわざこじつけに近い場所を選んだのでしょう」
探そうと思えばもっと見つかるはずだ。さてここにどのような解釈を付けてくるのか。
「勿論、選ぼうと思えばそこから無作為に選ぶことは可能だっただろう。しかし《切断師》はここに自分でルールを設けた──サイコロを振って出た目の数字がつく場所で殺害するというルールを、な」
この説に、「そんな馬鹿な!」と日々崎さんから反論の声が上がる。
「サイコロの最高値は六だろ! そんな二十のような数字が出るわけない!」
「……日々崎さんの世代的に、もしかしたら触れたことがないのでご存じないかもしれないが、この世には六面ダイスだけじゃなく、二十面ダイスという物が存在します」
「そんなダイス、あるの?」
羽柴さんもポツリと呟く。
「カードゲームやTRPGでは割とポピュラーな物ですが、日常生活ではたしかに目にすることは稀かもしれないし。知らなくても仕方はない」
そう言いながら、「これがそのダイスです」と、ポケットからそれを取り出し振って見せる。カランコロンと乾いた音を立てて机の上に転がったそれは、ここにいる人間の数と同じ、七の目を出して止まった。
「《切断師》はこれを振り、出た目の数字に符合する場所を探し、そこを犯行現場にしていた。これが今回のミッシングリンクだ」
「しかし、どうして《切断師》が二十面ダイスを使っていると思ったんだい? 他にもたしか、面が多いダイスはあったはずだろ」
そこだけが腑に落ちないといった様子で、御影さんは木崎さんに尋ねる。
「それはご丁寧に《切断師》が現場にヒントを残しておいてくれたからだ」
「ヒントだって⁉ そんなものどこに……」
驚く日々崎さんを尻目に、「どこって、ここですよ」と、ホワイトボードを指差す。
「最初の被害者の持ち物の風呂敷、その柄は賽の目模様だった。これがその写真です」
またしても新しい写真をぼくらの目の前に前に提示する。
「た、たしかにさいころだ……」
「そしてこの賽の目の数は全部で二十個──つまり二十面というわけだ」
「でも木崎くん、これが《切断師》が残したヒントだとは限らないじゃない? なんで被害者の持ち物だって考えないわけ?」
羽柴さんが鋭く問う。
「考えてもみてください。仮に羽柴さんが犬の散歩に行くとしましょう。そして被害者と同じように、携帯電話と小銭入れだけを持って出かける。その時に、この風呂敷に何を包んで行きます?」
あっ、と驚く声が誰かから上がる。
「もし風呂敷にその二つを包んでいたとしよう。そうすると、片手に犬のリード、もう一方にこの風呂敷を持つことになる。となると、現場に残されていた懐中電灯はどう持っていたのかという疑問が生じるわけだ。風呂敷を持っている方の手で両方持つことは不可能じゃないかもしれませんが、そう難しく考えるよりも、片手に犬のリード、もう一方に懐中電灯、そしてズボンのポケットに携帯電話と小銭入れと考える方が、だいぶ自然だ」
「つ、つまりその風呂敷は《切断師》が残していった偽装の被害者の所持品だと」
日々崎さんは目をカッと見開いて木崎さんに問う。
「偽装する気が最初から《切断師》にあったのかはわからないが、それが被害者の物だと誤認され、すんなり受け入れられてしまったことは事実だろう──ともかく、そういったこともあって、俺はこの説を考えるに至ったというわけだ。ご静聴、どうもありがとう」
佐橋さんの仮説
会が始まってから、もうかれこれ何時間も経とうとしている。スマホを確認すると、土曜日だったはずが気付けばいつのまにか日曜日へと変わっていた。
「さて、残るは佐橋くんと
全員分のコーヒーを淹れ終えた御影さんが席に着くと入れ替わるように佐橋さんは立ち上がる。
「前回の《切断師》事件から二週間。もしかしたら今日あたり犯行が起きるんじゃないかと思っていましたが、そういうこともないようですね」
「オイオイ、縁起でもないことを」
ギョっとした様子で西野さんは言う。
「失敬、口が過ぎましたね。しかし現実問題として、《切断師》はいまだ捕まっておらず、正体もわかっていないのですから、いつまた凶行が起きてもおかしくはないわけで。しかも四番目の事件から一週間後には何も起こりませんでしたし、タイミング的に今日が頃合いかもと思ったわけですが」
「やつにも休暇があるんじゃないのか?」茶化すように日々崎さん。
「もしかすると本当にそうかもしれませんね。まあ願わくば、もう事件など起きてくれないに越したことはないのですが……。さて、では気を取り直して私の説を話していくことにしましょう」
我らの会が誇る正答率ナンバーワンの発表だ。もうそろそろ、ぼくが考えてきた説が先に出てきてしまっても不思議ではない。
「私の考えた説ですが、これは医者という観点から導き出せた物と言っても過言ではないでしょう──着眼点は、《切断師》が切断した部位についてです」
そうして佐橋さんはホワイトボードをクルリと回転させ、まだ何も書かれていない面を表にし、そこに書きだしていく。
「切断された部位──これは皆さんも当然疑問に思ったところだと考えます。何かの意図がそこにはある、でなければ、人間は切断なんてしないものです。ではそれは何か」
新井弁慶―両眼球
千葉大地―両耳
藤原恵梨香―両足
後堂はるか―心臓
「こうしてみると、全員持ち去られた部位は別の物であるというわかりはありますが、それ以上の発展はありません、これが何を意図しているかは、ここからでは読み取ることが出来ません。ではどんな文脈があれば、ここからその意図を組むことが出来るのか──それは被害者たちにあります」
「《切断師》による何らかの理由によって切断されたわけじゃなく、被害者たちに何か理由があって、その部位が切断されたということかい?」
御影さんは問う。
「端的に言えばそういうことです。被害者たちを繋いでいたのは、実は《切断師》ではなく被害者たちだった──そういうことです」
「なんという……」口をパクパクさせながら絶句した様子の日々崎さん。羽柴さんも同じように驚いている。木崎さんは? そう思い隣を盗み見るが、こちらは表情を動かすことなく落ち着いた様子だ。
「ではそのミッシングリンクとは何か。これが冒頭で述べた、医者という観点から導き出せた物という語に繋がります」
そう言いながらつらつらとその説を書いていく。
「『切断された部位は、それぞれ被害者の患部だった』これが私の仮説です」
「ん? それは変じゃないか?」
真っ先に異論を唱えるのはやはり木崎さんだった。
「たしかにその説だと、心臓病を抱えていた四番目の被害者の後堂はるかは当てはまるが、他の被害者たちには当てはまらないように思えるが」
「ええそうですよ」その反論をさらりと肯定する佐橋さん。「木崎さんの言うように、その理屈なら藤原恵梨香は足を切断される理由にならないし、千葉大地も耳を切断される理由になりません。しかし、ある考えをこれに付け加えると、これらがしっくり当てはまるんですよ」
「それはいったいなんだ佐橋」しびれを切らしたのか西野さんが割って入る。
「まあ待ってくださいよ。これから順を追って説明しますから……。いいですか、これはわかる範囲で得られた、被害者たちの特徴です」そう言って、今しがた書いた文の下にそれらを書き加えていく。
新井弁慶―両眼球―耳が遠くなってきている
千葉大地―両耳―事故の影響で足を悪くした
藤原恵梨香―両足―年のせいか心臓が痛む
後堂はるか―心臓―心臓病を患っている
なるほど! と椅子から立ち上がらんばかりの勢いで膝を叩いた木崎さん。「なかなか面白い仮説だ」
「ありがとうございます。あなたの説も中々に面白かったですよ。しかし、真相はこっちの方が肉薄しているという自負があります」
ニヤリとした笑みを佐橋さんは浮かべ、木崎の言葉に応じる。
「もうっ! 二人だけで盛り上がらないでよ! 私はともかく。白鷺ちゃんや日々崎さんがついてこれないでしょ!」
「いや、ぼくはわかりましたが……」
「ほら! わかってないみたいだからさっさと説明しなさい!」
都合のいい時だけ発動するノイズキャンセラーが羽柴さんの耳には実装されているようだ。これは酔っている時の機能ではなく、平時からも使える優れものである。
「つまりですね、このリストを見てもらえばわかるように、《切断師》は前回の被害者の患部を次に被害者から切断しているんです。だから千葉さんは耳が遠かった新井さんの代わりに耳を、藤原さんは足を悪くしていた千葉さんの代わりに両足を……と切断されたわけです」
ふむぅという声にならない唸り声を御影さんは上げ、西野さんはメモ帳に聞き漏らすまいと何事かを書き込んでいる。
「でもそうすると、どうして最初の被害者の新井さんは両目をくり抜かれていたんだ? その説だと微妙に説明がつかないような気がするんだが」日々崎さんが問う。
「その指摘を待っていました。そうです、その通り。私の説の瑕疵となっているのは、なぜ新井さんの目がくり抜かれていたかということなのです。もしこの説が正しいとするなら、新井さんの前に目が悪い人間がいるはずなのです。しかし、《切断師》の事件にはそんな被害者は登場していない──いや、登場していなかっただけなんですよ。《切断師》の被害者はこの四人だけではなく、この前にも一人いたんです」
今度こそ全員が驚く番だった。
「そんな」と木崎さんですら驚き、羽柴さんにいたっては飲みかけのお酒を思いっきり床にぶちまけている(御影さんはそっちにギョっとした様子だが……)。
「そんなことがあるか! そんな事件が以前に起きていたら、まず間違いなくこの事件と関連付けられて語られるはず。それが起きていないってことは、そんな事件が発生しているわけが……」
ジャーナリストとして、あくまでも素人にその情報を出し抜かれたのが悔しいのか、顔を赤くし佐橋さんに詰め寄る。
「ええ、日々崎さんがおっしゃることはごもっともなことです。しかしそれが現実に起きていたんですよ、《切断師》事件と紐付けられずにね──なぜならそれは、切断も何もない、ただの通り魔的な殺人でしたから」
「えっ?」
詰め寄った手の動きがぴたりと止まった。
「それは……もしかして二か月前に起きた資産家が通り魔に殺害されたあれのことか?」
「さすが、ジャーナリストだけあってこういう時の引き出しが多くて助かります。そうです、その資産家殺しも《切断師》の仕業だったのです」
その事件はまだ記憶に新しい。今から約二か月前のこと。銀行に行った主人がいつまで経っても帰ってこない上に連絡もつかないんですと、泣きながら交番に駆け込んだ老夫人。最初は邪険に扱っていた警官だが、その主人が銀行からウン百万の大金を下ろしていたらしいとの知らせを受けると態度が急変、これは何かあったに違いないと急遽捜査を開始。その結果、自宅から遠く離れた雑木林でその老主人がナイフで刺され殺害されているのを発見された……という事件だ。
「たしかにあれも犯人はまだ捕まっていなかったはずだが、どうしてそれが《切断師》との繋がりになるんだね」不思議そうに御影さんは問う。
「その事件がこの土地でここ半年以内に起きた殺人事件の内、唯一未解決の事件だったからですよ。そして極めつけが、起きたその事件の被害者は、当時七十歳だった
「……この事件が最初だったから、《切断師》は死体を切断することがなかった」
絞り出すように木崎さんは言う。そうなっている彼の心情は痛いほどわかる。なぜなら、この事件が本当に《切断師》によるものだとすれば、おそらく彼の仮説は破綻するからだ。
「ちなみにですが、被害者の名前はさっきも述べたように青木正平、AとSなのでアルファベット順ではなさそうですね。佐橋病院への通院歴はありましたが、最近は市内の別の眼科にかかっていたようです。そして犯行現場になったのは長浜という場所のようですが……」
ここで言葉を区切り、佐橋さんは自分の説が破られた面々を眺める。
「ではどうして《切断師》は次の事件からがらりと事件性を変えたのか。これは本来のミッシングリンクを悟られたくなかったからだと考えます。木を隠すなら森の中、ミッシングリンクを隠すならミッシングリンクの中といった具合に……。さて、事件についての話はこんなところです。しかしながら、私の挙げた『前回の被害者の患部を次の被害者から切断する』という説は、中々有効のように思えます。以上、QED」
白鷺(ぼく)の仮説
「えーっと。まさか佐橋さんのあの仮説発表の後に自分の番が回ってくるなんて考えてもみなかったものですから、ちょっと色々説をいじくらせてもらいながら話をしたいと思います。さて、ぼくが考えてきた仮説──それは、《切断師》は、現場に残したアイテムでしりとりをしているというものです」
盛大に何人もむせた。まあ予想していた通りの反応だ。
「アイテムでしりとりって……連続殺人犯がか?」目を丸くしながら日々崎さんが言う。
「連続殺人犯が、です。そりゃあ驚くのも無理もないですが、成り立っちゃうんですよ、これが」
しかもみんなが話をしてくれているうちに、それも補強されていったし。
「ではまず、最初の事件……ああ、佐橋さんが最初の事件を見つけてくれたから、これが最初じゃなくなっちゃいましたね。新井さんの事件から話していきましょう。ここの現場には、携帯電話、小銭入れ、懐中電灯、風呂敷が残されていました。そして先ほど木崎さんが述べてくれたように、この風呂敷は《切断師》が現場にわざと残しておいたアイテムであると考えられます。というわけで最初は
ぼくはホワイトボードにそう書く。
「次に千葉さんの事件です。ここにも色々と現場に残されていましたね。しかし中には、普通のサラリーマンが普段から持ち歩くか? と思うような物までありました。それがこれ、巾着です。発見当時中身が空だったのも、この疑惑に拍車がかかります。なので、この事件は
風呂敷→巾着。
「では三番目、藤原さんの事件です。しりとりという規則性を見つけているので、現場に残されていたアイテムで当てはまりそうなやつを考えていくと、鞄からなぜか放り出されていた
風呂敷→巾着→櫛
「そうして四番目、後堂さんの事件。これはもう即答できますね、
風呂敷→巾着→櫛→新聞紙
「ね? しりとりになってるでしょ?」
「本当だ、ちゃんとしりとりになってる……」
呆気にとられた表情で御影さんは言う。
「いやはや、まさかそんな単純な説が成立するなんて……」
「しかし白鷺くん。もしこの説が成立するとしても、私が挙げた本来の最初に事件とは全く関係がないように思えますが」
佐橋さんから当然飛んでくるだろうと思っていた意見が来る。だからそれに対する反論も準備してある。
「いや、多分成立するんですよ。まだわかりませんが……。たしかあの事件って、被害者の身体に残されたままだったんですよね。たしか、凶器として使われたナイフが」
死体に残されていたナイフ。他の《切断師》事件とは決定的に異なる点。最初の事件現場にだけ残されていたナイフ。切断していない死体だからこそ《切断師》事件と考えられていなかった、その死体にわざわざ残したナイフ──
「これを《切断師》があえて残したアイテムだと考えないヒトはいますでしょうか。いや、いますまい。つまりこのナイフこそが、最初の事件とこれまでの事件を繋ぐ手掛かりであり、《切断師》のミッシングリンクなのです──」
はあ。と大きくため息を漏らしたような声だけが空間に静かに響いた。そしてその静寂をぶち壊すように、誰かの携帯電話のベルが鳴り響いた。
*
「もしもし、どうした」
その人物──西野さんはすぐさま電話を取ると、足早に階下へと続く階段へと向かう。「ああ、そうか……」タンタンタン……軽快なリズムの足音が離れていくにつれて、声もどんどん離れていき、すぐに聞こえなくなった。
「こんな時間に大変ねぇ警察官も」
新しく注いだお酒を飲みながら羽柴さんはしみじみした口調で言う。しかしあなた、それ今日何杯目だ?
「いやいや、今日も白熱した楽しい会だったね。出てきた仮説もみんなバラバラだったのも良かった」
「そうだな。まあ外れちまったみたいだけど……」
「諦めるのは早いですよ、日々崎さん。最初の事件と銘打ったあの事件が別の事件だということがわかれば、その途端に佐橋さんと白鷺の仮説が消滅し、俺たちの仮説が一気に有力な仮説に躍り出ます」
「ふふ、どうでしょうね。はたしてそんなことが起こることか」
全員の発表が終わり、後はこうして雑談を交えながら緩やかに一人ずつ帰路についていく。そうやって終わるのが、この会らしい終わり方なのだが──
「生憎様、今日はまだお開きには早いようだ」
いつの間にか、電話を終えた西野さんが戻っていた。これまでの影でいた雰囲気は消え、張り詰めた空気を身に纏っている。
「それはどういう意味だい?」
きょとんとした様子で御影さんが問う。こんな風な西野さんの姿を見るのは初めてなのだろう。それはぼくらも同じで、全員が何かが起きたことをすぐさま察知した。
「……今署の人間から電話があってな。《切断師》五番目の事件が起きたようだ」
「え!?」その言葉に、ここにいる誰もが驚く。
「そんな……」と、今日あたり起こるかもしれませんね。と軽口を叩いていた佐橋さんまで絶句している。
「まあ起きちまったもんはしょうがねぇ。忌々しいが、俺はこれから署に戻って現場に向かわなきゃならねぇ。だがその前に、誰の仮説が合っていそうなのかだけは確かめさせてもらいたい。《切断師》のヤローの手掛かりをつかめるなら、少しくらい遅れても許してくれることだろう」
だからお前ら、もう一度席に着け。苦虫を嚙み潰したように機嫌が悪い西野さんに逆らうことが、ぼくらに出来るはずがなかったし、《切断師》の最新事件に興味がないと言ったら嘘になる。
答え合わせ
「じゃあ掻い摘んで事件の概要を説明していく。事件が発見されたのは、日付が変わってすぐの十九日。被害者の氏名は
西野さんがメモを読み上げるのと同時に、隣の席で木崎さんはすぐさま地図アプリを立ち上げる。
「話を続けるぞ、まず遺体が発見された経緯だが、事件現場の古橋の近くには飲み屋が多く、発見者も当時かなり飲んでいたらしい。飲みすぎて気分が悪くなったそいつは、道路に吐くのはさすがにと理性が働いたのか、慌てて脇の側溝に近付いたようだ。そしていざ吐こうと下を向いたその瞬間、死体とご対面しちまったわけさ」
「わー、かわいそー」酔っ払い代表の羽柴さんは、全く感情のこもっていない相槌を打つ。
「驚きのあまり一瞬で酔いも吐き気も醒めたんだろうな。慌てて持っていた携帯で警察に電話。人が側溝で死んでいるという連絡を受けて警官も駆け付けたから、そいつらもびっくりだ。なぜって? 発見者は暗くて気付かなかったようだが、その死体には両腕がなかったんだ。そしてなによりこれは他の事件とは異なっているところなんだが、死亡推定時刻は前日──つまり金曜の午後十一時から翌三時にかけての間だそうだ。つまり丸一日程度、そこに放置されていたんだと。まったく、どういうことだ」
忌々しくことの顛末を西野さんが語り終えるのと同時に、チッという木崎さんの盛大な舌打ちの音が部屋に響いた。
「畜生、数字に関する物は周りに何もない」降参の意思を示すように、持っている携帯電話を机の上に放った。「残っている説はどっちかだな」
「現場、いえ、遺体でもいいんですが、何か遺留品は残されていませんでしたか?」
ぼくの言葉に西野さんはメモを読み返す。
「あった。被害者が持ち合わせていたのは、携帯電話。中身が入ったままの財布、雑貨諸々、それと真っ黒な写真だ」
「写真……」みんなの視線がホワイトボードに移るのがわかった。
「新聞紙、写真、成立している」
ぼくは佐橋さんを見据える。
「佐橋さんの仮説はどうでしょう」
ふぅむ。そう唸り声を上げていたが、すぐにお手上げのポーズをとった。
「心臓からの両腕じゃあ説は成立しないな。残念ながら、今回は私も誤っていたようだね」
「ということは、《切断師》のミッシングリンクって」机に突っ伏した羽柴さんが呻く。
「『遺留品でしりとりをしている』だと! まったく! 意味がわからん!」
メモに何事かを殴り書いた西野さんはそう吐き捨てるように叫ぶと、足早に階段を下り、店から荒々しく出ていった。
こうして、あとに残されたぼくらは、しばしその新しい事件が発生したことと、ミッシングリンクを見つけたという少しの達成感の余韻に浸っていた。
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