第3話 サメと魔王と竜 三

 四人の衛兵達は油断なくクナム達を囲み、一人がマギルスの剣に顔を近づけた。


「よし。一緒にきてもらおう」

「はい」


 衛兵の一人が右腕を高くかざすと、城門がゆっくりと重々しく開いた。どうにか一人が通り抜けできそうな広さまで隙間ができたところで止まった。下手に全開するようなことをしないのは当然の用心だ。


 前後を衛兵達に挟まれ、チェザンヌ達は城門を抜けてからすぐ右に曲がった。城壁の内側であるから広義には市内だが、城門からすぐのところにドアがある。ノブそのものにナンバー錠がとりつけてあり、決まった数字に合わせないと開かない。むろん、操作はチェザンヌ達に見えないようにおこなう。


 ナンバーが合わされ、ドアが開いた。黙ったまま城壁の中に至った。狭い廊下が続いている。


「もういいぞ」


 カボの台詞を合図に、いきなりいくつかの出来事が同時に起きた。


 まず廊下の天井が吹き飛び、ついで膨らませすぎた紙袋が破裂するように左右の壁が膨らみながら弾け散った。チェザンヌ達は、あらかじめ切れ目を入れてあった縄を簡単にほどいた。


 常識を超越した事態に衛兵達が身体を麻痺させている間に、チェザンヌ達は壁の穴から市街地へと全力で走った。あちこちで笛が鳴り、やかましく鐘が叩かれる。松明やランプの小さな光が無数に灯り始めた。


 市街地に用はない。宮殿のような、街の中央にある大きな建物を目指す限り迷いようがなかった。それに、クナムは走りながらときどき路面を破壊して穴を開けたので衛兵達はどうしても速さが鈍る。ルンの魔法で強化された身体能力も手伝い、城壁よりはずっと簡単にでられた。


 宮殿の正門も衛兵も、走って跳び越えた。こんなところでいちいち力を使うのは愚の骨頂だ。市内が混乱からたちなおる前に国王までたどりつかねばならない。夜更けだし、国王は寝室にいるだろう。道案内はマギルスが果たすのは必然だった。


 中庭から玄関前の階段を一気に突き抜け、玄関のドアはクナムが壊した。一階の大ホールには、甲冑姿の騎士、すなわち王族の親衛隊が十数人集まっていた。これも相手にしなくて構わない。クナムが天井のシャンデリアを支える金具を壊し、騎士達の頭上に落として乱れを誘ったのを幸い階段をあがった。


 いくつものドアや部屋を過ぎて、チェザンヌ達は国王の家族が寝起きする階層にたどりついた。宮殿でも最上階に近い。最上階は戦時に非戦闘員の王族が使う避難所となるから関係ない。


「予想通りの顛末だな」


 階層の出入口で、王太子タニアンはチェザンヌ達を出迎えた。彼の背後に伸びる廊下には、当人の部屋もあれば国王の部屋もある。一方、チェザンヌ達の背後には階段があった。追っ手がこないよう、途中からクナムが破壊してある。階下では、親衛隊の騎士達が弓矢を使えとわめいていた。


「兄上。私を国王陛下に目通りさせて下さい」

「会ってどうする」


 タニアンは丸腰で、マギルスは武装している。にもかかわらず、タニアンに対してマギルスは指一本動かせないでいた。


「真実を語って頂きます」

「ブルギータ伯爵の件なら、むしろお前が私に報告せねばならないだろう。そのためにお前のわがままを聞いてやったのだ」

「国王陛下は、否、父上は人間の力ではまるでコントロールの効かない力を自らに取り込もうとなさっていらっしゃいます。兄上も薄々感づいてらっしゃるでしょう」

「感づくとは?」

「父上が恐ろしい力の研究に没頭するあまり、正気を失いつつあることに!」

「マギルス、我が国はもはやその力がなくば維持できないのだ。他の国々との魔法や錬金術の研究競争は限界になりつつある」

「だからといって無実の人々を……」

「マギルス、もういいだろう」


 カボが二人の間に割って入った。右手には小ビンが握られている。挨拶もなにもないまま、カボは小ビンの中身をタニアンの胴体にぶちまけた。


「ぐわあああぁぁぁ~!」


 タニアンは両手で胸と腹をかばって背中を曲げた。禍々しいトゲを生やした黒紫色の翼が一対、上着を破って左右に広がり、上半身が膨れて肥大化した筋肉が赤黒く脈を打っている。そして、オオカミと猛禽類を足して二で割ったような顔には理性の欠片も感じられない。


「あ、兄上!」

「とっくに魔物化していたんだ。もう手遅れだ」

「マリョク……レンキン……クウクウ! クッテワタシパワーアップ!」


 自らの台詞を裏づけるかのように、タニアンだったものはかっと牙だらけの口を開いた。そこに、一本の短い矢が斜め下から側頭部を貫いた。


 タニアンだったものはうなだれながらくずおれ、しゅうしゅうと音をたてて頭から溶けていった。彼を倒した矢もおなじ末路となった。


「間に合ってようございましたわ」


 矢を放ち終えたクロスボウのベルトを背中にかけ、スイシァが梯子を登ってくる。


「兄上……スイシァ……」

「せんえつながら……騎士達には王族同士の話なので結論がでるまで騒がぬよう、また市内と宮殿の治安維持に勤めるよう指示をだしましたわ」


 スイシァは梯子を登りきり、クロスボウを再び背中から両手にして二の矢をつがえた。


「私は、これで殿下の婚約者たるにふさわしい行動を示したつもりです。二人で陛下を説得しましょう」

「スイシァ!」


 ビンをだそうとしたカボの右手を、スイシァはクロスボウで容赦なく射ぬいた。


「うわぁっ!」

「これで当分おかしな真似はできませんわね」

「カボさん!」


 クナムは、スイシァがカボの妹である以上魔法を放てなかった。その隙を逃さずスイシァは三の矢を構え、クナムの左肩に矢を当てた。


「きゃあああっ!」

「チェザンヌ、下手な真似をするとそこのメイドがもっと酷い目に合いますわよ?」

「くっ……」


 またしても屈辱的な状況だ。


「父上! これが父上の望んだ様相ですか!」

「そういきりたつでない」


 場違いなほど穏やかな声がして、廊下の奥から国王その人が現れた。

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