第13話 落ちつかねばならない場面 二

 ひび割れが走った丸テーブルと右拳から血を滴らせ息を荒げるカボが、マギルスを含む全員の身動きをとめた。


「妹とマギルスは、俺の研究を虚仮こけにしないただ二人の人々だった」


 カボは、拳が血まみれになっていくのに任せたままだ。


「そして、妹はマギルスのことをひそかに愛していた。禁忌から逃れたくて狙ってたんじゃない」

「そ、そんな……」


 チェザンヌとしては、絶句するしか自分の心境を表現できなかった。


「術はあと一歩、あと一歩で完結するはずだった。難しい手だてはいらない。自分が愛する人の手を握ればよかった。お膳だても練っていたんだ」


 カボは右拳を握りしめた。


「舞踏会で私が手をとったのはチェザンヌだった。もちろん、そのときはスイシァの秘密など知らなかった。スイシァが目下や同格の人間に冷酷な仕打ちをするから遠ざけていたんだ」


 淡々とした口調で語るマギルス。


「俺の追放で、その一歩が台無しとなった。代わりに、精神的にも肉体的にももっと強い刺激が必要になってしまった」


 まさに、『手を握る程度』で終わる話ではなくなった。


「父上はそれらをなにかに利用なさろうとしている」

「今日の一件で確証は得られましたの?」


 なんでもいいから多少なりと違う角度の話にしたいチェザンヌであった。本当は、それこそ包帯でもカボの手に巻きたい。なにか気の利いた言葉をかけたい。しかし、本心とは裏腹に冷静な質問しかでてこなかった。


「ああ。父上は『逆行進化』を自分自身に使いたいようだ。そのために、スイシァを利用して魔物を異界から呼び寄せようとしている。正確には魔物の力で『逆行進化』を実行させる。私は、万が一スイシァが暴走したらおとなしくさせる役割だ」

「恐れながら、魔物がおとなしく陛下のご命令を聞くのでございますか?」


 結局そこに帰ってきてしまったが、しかたない。


「その切り札が君だ。『原初の炎』の使い手。なんなら君の力をそのまま陛下に移植してもいい」


 まだ拳から血が流れ続けるカボとは対照的に、チェザンヌは顔からすーっと血が下がった。


「それなら、宮殿にいくのは王様の思うつぼではないのですか?」


 クナムが初めて自らの沈黙を破った。


「遅かれ早かれ君達のことは王に知られる。デリグが魔王を介して王と手を組んでいたらなおさらだ。すぐにでも追っ手がくるだろうし、父上は中途半端なことをなさらない」

「はしたない言葉をこれから申します。あらかじめごめんあそばせ」


 言葉を切って、チェザンヌは深呼吸した。


「……ざり……」

「え?」


 マギルスは、自分の耳をそばだてた。


「うん……ざり……。うんざり、うんざりっ! 究極に愚にもつかないですわっ! バカげた話にも程がありましてよ? 仮に私の力が陛下のふざけたお遊戯に必要とおっしゃるなら……」


 再びチェザンヌは深呼吸した。


「陛下などこの世から……」

「そこまでだ!」


 マギルスは膝を打ってたちあがり、右手でチェザンヌの口を塞いだ。


「もがっ! むぐっ!」

「君の気持ちは理解した。しかし、陛下は私の父上でもある。だから、やめてくれ。頼む」


 その陛下は、これまでの話が正しいならチェザンヌの一家をわざと滅ぼさせたことになる。


「陛下にご改心を迫るよう、私達の実力をお見せするしかないですよね」


 クナムがいちじるしく現実的な提案をだした。マギルスは自然とチェザンヌから離れて座り直した。


「どうやって」


 カボの拳も、ようやく血が固まりかけていた。


「スイシァさんの身体を完全に元通りにして、チェザンヌさんと私で宮殿を半分くらい壊せば陛下もよりご賢明になられると思います」


 両方とも別な意味でありったけの勇気がいる。


「できるのですか? その……スイシァさん……」


 チェザンヌとしては、どうしてもカボに尋ねなければならない。


「ああ。チェザンヌの力を借りるが、旅の間中ずっとおよその術式を頭の中でまとめてきた」

「じゃあ宮殿にいこ……ふわぁ~あ」


 ルンが欠伸して、ようやくチェザンヌ達は自分達にのしかかる疲労を意識した。このまま強行軍を重ねるのは愚の骨頂だ。


「今日はもう寝よう。宮殿の門前までは、俺が責任を持つ」

「その前に、カボ」


 マギルスは改まった表情になった。


「なんだ」

「いろいろと申し訳なかった」


 チェザンヌもクナムも息を飲んだ。王族が、身内以外の人間に面と向かって謝罪するなどありえない。いや、スイシァは遠縁ということだったから少しはありえるのかもしれないが、それにしても平民の目の前で。


「いや……こちらこそ」


 カボもまた、素直に頭をさげた。


 解散。


 自分達の部屋に帰ったチェザンヌは、クナムとともに備えつけの寝巻きに着がえた。元々二人部屋なので不足はない。ルンは、その気になれば自分の服をどこからともなく魔法で呼び寄せられた。


「カッコいい啖呵たんかでしたね」


 自分のベッドに潜りながら、クナムは顔だけ布団からだしてチェザンヌを見つめた。


「いやですわ、恥ずかしい」

「でも……よけいなお世話かもしれませんけど、陛下を許すんですか?」


 提案と同様、ずばり要点をつく言葉だ。


「まだ……わかりませんわ」

「あんな国王がいつまでもご在位されたままだと、国民はたまったものではないですよ」

「それは……そうですけど……」

「ごめんなさい、生意気を口にして。でも、皆さんの中で庶民は私だけですから」


 そうだ。忘れかけていたが、クナムこそが平均的な『国民』の一人なのだ。それもまた、無視できなかった。


「もちろん、ありがたくちょうだいしますわ。仲間のご助言として……もう休みませんこと?」

「はい、お休みなさい」


 長い一日が、ようやく終わった。

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