第10話 手がかりは次の謎 二
すぐに体力を回復したのはいいが……実は、自分の胸に下からカボの腕が当たった感触が残っている。緊急事態ではあったが、服ごしとはいえ思いだしただけで赤面しそうだ。
「大丈夫か?」
「は……はい。ありがとうございます……」
顔色を悟られまいと、チェザンヌは軽くうつむいた。
「さてと。問題はこいつだな」
自称騎士が話を戻した。
「ああ、その前に……」
チェザンヌは、あらかじめ『製造』しておいた品を『引出』した。彼女の右手にでてきたのは一巻きの包帯で、軽い治癒能力がある。
「騎士様、手におケガをなさってますわ」
「こんなものかすり傷だ」
自称騎士が、右手の甲にできた切り傷からしたたる血を左手で軽くぬぐった。よく見ると、かすかに骨が見えかくれしている。
「なりません。しばらくお待ちくださいませ」
チェザンヌは、自らだした包帯を自称騎士の右手に巻いた。
「ありがとう。あっという間に傷がふさがったな」
「それならようございましたわ」
「また芝居の続きか。よっぽど芝居が好きなのだな。役者の卵か?」
「あ、ああ……いえ……その……」
カボの腕の感触をどうにかごまかす意味もあってやったことだが、別な意味でも赤面してしまった。
「芝居といえば、こやつの芝居にはもううんざりだな」
「ひ、ひいいいっ」
自称騎士だけでなくチェザンヌ達全員からこのうえなく敵意と冷酷さの混じった視線を浴び、デリグは床で頭を抱えて座りこんだ。もはや慈悲のひとかけらも必要ないのは明らかだ。
「さて。このふざけた事態について、なにか弁明はあるか?」
自称騎士は、ゆっくりと剣の刃をデリグの首筋に当てた。
「わ、わしは! 自分の研究をまっとうしたかっただけじゃ!」
「なるほど。自治都市の手にあまるほどの凶悪さだな。だいいち私の部下まで犠牲になっている」
「私は、いくつかこの場で伺いたいことがございますわ」
もともとチェザンヌとカボがネルキッドにきたのは、チェザンヌの持つ力の副作用……サメの謎を追究するためだった。ここまできて自称騎士にデリグを任せっきりにするなど承知できるはずがない。
「よかろう」
寛大にも……または尊大にも……自称騎士はうなずいた。
「まず、『さざ波の淑女』号が海賊に襲われたのをあなたは知っていますか?」
「もちろんじゃ」
「船がどこにあるかもご存知ですか?」
「知らん」
「えいっ」
ルンが魔法をかけた。
「ワハハハハハ!」
デリグは突然げらげら笑いだした。
「嘘をつくと笑うように魔法をかけたよ」
ルンはチェザンヌの肩に座った。別れてから数時間しかたってないのに、数日ぶりの気がする。
「船はどこですか?」
「知らん。ワハハハハハ! ギャハハハハハ! い、息が……できん! 助けて……くれ!」
「では事実を答えてくださいませ」
「ここから……ずっと南の……森の中じゃ」
それは、チェザンヌ達の体験と一致する。
「どうやってそんなことができたのですか?」
「わしは、環境そのものを『逆行進化』させる実験がしたかった。正確にはその結果どうなるかを知りたかった。だから、暗黒街から手をまわして海賊に『逆行進化』を実行する道具や材料を使わせたのじゃ」
「『逆行進化』を船全体に使ったのですか?」
「そうじゃ」
「乗客や乗組員は?」
「それも、実験の一環じゃ。海賊も。『逆行進化』した環境にいた人間がどうなるかの検証じゃ」
「道具や材料はなにを使ったんですか?」
「各種の魔法薬や、呪文を記した巻物じゃ。使い方はそれぞれ担当の係をきめて、わしが正体を隠して教えた」
「海賊はあなたの目的を知っていたのですか?」
「いいや。金目の品が増える呪文だと思わせた」
「実験の結果をどうやって知るつもりでしたか?」
「魔物に報告させる」
「魔物とは、森にいるハーピーですか?」
「そうじゃ」
「ハーピーは魔王の家来ではないのですか?」
「魔王……知ら……アハハハハハハ! ガハハハハハ!」
「あなたもまた魔王の家来だったのですか?」
「ち、ちが……ヒヒヒヒヒヒ! エヘヘヘへへ!」
「『逆行進化』の謎を解明したくて魔王と手を組んだのですね?」
「そうじゃ」
「魔王はどこにいるのですか?」
「知らん」
「じゃあ、ナプタさんについてはご存知なんですか?」
「知っている」
「どういうお知り合いですか?」
「わしの弟じゃ」
これは、自称騎士を除く全員が思わず目をみはった。
「弟さんに、海賊や実験について警告しなかったんですか?」
「しなかった」
「なぜですか?」
「時間が……グフッグフッグフッグフッ」
「なぜですか?」
「弟は、そろそろ邪魔になっていたのでまとめて片づけることにした」
「どう邪魔だったんですか?」
「弟はからくり細工の天才であり、本も書けた。わしの長年の主題、つまり『逆行進化』も熱心に支持していた。しかし、魔王にだけは反対していた」
当たり前だろう。デリグが異常なのにすぎない。
「このテーマパークを設計したのも、ミノタウロスを作ったのもナプタじゃ。じゃが、弟には経営の才能がなかった。反対に、わしは物作りはからっきしじゃが研究は得意じゃった。わしは金もうけの方策を研究し、弟の発明品を売ることで富を得た」
ナプタは兄に裏切られたとはつゆとも思わず、自分の発明品を兄が所有する船の船長に売りこんでいたわけだ。
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