第8話 頼ってもよろしいのでしょうか? 三

 幸か不幸か、クナム達をあとにしてからかなり時間がたっている。日づけそのものが変わっていてもおかしくない。ならば、『明日』になっている。クナムが、夜明けまで捜索を待つかすぐに実行するかは賭けに等しかった。そうであっても勝つ割合を少しでも高めるべく粘るのは当たり前だ。


「なんじゃ?」


 自分の賢さを誇る人間は、ましてそれが今一つ世間から評価されてないと思っている人間は、他人から自分に寄せられた関心を無視できない。まともな評価を受けていたら、こんな廃墟を構える必要はないだろう。


「この廃墟は、あなたのお金で造ったものなのですか?」

「当然じゃ! 莫大な資金を投じた!」


 案の定食いついてきた。


「なんのために造ったのでしょう?」

「『逆行進化』の理想を世間に知らしめるためじゃ! ここだけでなく、周囲一帯がいまでもわしの物じゃ!」


 つまり、表の顔は成功した実業家で裏のそれは暗黒街の帝王というわけだ。


「それなら、どうして廃墟になってしまったのですか?」

「理由は二つじゃ。まず、世間が『逆行進化』に対してなんの興味も持とうとしなかった。そして、わしがこのテーマパークを隠れみのに禁忌の実験をしているなどと濡れ衣を着せられたからじゃ」

「『逆行進化』とは具体的にどんな仕組みですの?」

「それこそ基本中の基本じゃ。簡単に説明しよう。まず、この世の生き物は気が遠くなるような歳月を経て魚、両生類、爬虫類、鳥類または哺乳類と進化してきた」

「はい」


 貴族の若者達ならたいてい居眠りするような講義が始まった。しかし、こちらが敬意を払って聞いているように思わせねばならない。


「人間の起源については諸説ある。大別すれば二つ。サルから進化したとするもの、『双頭の竜』の卵が劣化して生まれたとするもの、その二つじゃ」


 ソロランツの王家は、『双頭の竜』の直系の子孫だと公に明言している。逆に、王家以外の人々はサルから進化したという主張だった。


 もっとも、そんな話はあやふやな神話を下じきにした建前にすぎない。王家に優秀な魔法使いや剣士が現れやすいのは事実なものの、厳しい訓練と最良の教師や施設がもたらした結果である。


 チェザンヌは貴族だが血筋として系図をさかのぼる限り王家ではなく、それでも王子と婚約していた。実家の謀反云々は『双頭の竜』と別次元としかいいようがない。


「わしは、その両方が正しくもあり間違ってもあると考えている。つまり、天下万民が誰でも竜の血を引いてもいればサルの子孫でもあるということじゃ」

「純血と混合の違いでございましょうか?」

「おおっ! ついに! ついにわしの論考を理解できる人間が現れた! やればできるではないか! 素晴らしい! 高貴な身分になればなるほど竜の純血の子孫に近づく!」


 だんだん知りたくもない領域に近づいてきた。


「それを三人そろえて『逆行進化』を実行すれば竜が人工的に合成できるはずじゃ! もちろん、実験が完結すればわしが全てのエキスを回収する」

「エキスの回収って……された方はどうなるのでしょう?」

「物理的かつ肉体的には死ぬ。しかし、精神的には完璧じゃ! わしのパワーアップ、すなわち不老不死に協力できるのじゃから!」

「盗賊達を従えていたのも、もっぱら高貴な血筋の人間をさらってくるためだったのですか?」

「うむ、正解じゃ! たまに、好奇心で暗黒街にくる貴族の若者などがいるからな。様々な予備実験に協力してもらった。それだけではないぞ! たとえばそこの騎士、お前は城門で衛兵ともめていたな? 剣の長さを計りなおすよう他人が衛兵にもちかけて、ようやく通過できただろう」

「な、なぜそれを知っている」

「この街でわしの知らぬことはない! 表も裏もだ!」


 鼻息を荒げる音が聞こえてきそうだ。


「盗賊が口を滑らせる可能性もございませんこと?」

「秘密を一切明かさないよう、ちょっとした手術で特別な刺青をほどこしてある。その刺青の力で、本人は金目の物を盗んだと思いこむようになっておる。わしとの連絡にも使えるから一石二鳥じゃ」

「高貴かどうかはどう確かめるのですか?」

「盗賊達が目にした人間で、それと判別されたらわしの頭に報告がくるようになっておる」

「判別そのものも刺青の力ですか?」

「そうじゃ」


 なにからなにまで合理的すぎて吐き気がする。


「サメと竜はなにか関係があるのでしょうか?」


 鼻をつまむ気持ちで、チェザンヌは質問を続けた。


「あるとも。『双頭の竜』が一方の口から海水を吐いて海を作ったとき、吐く勢いが強すぎて牙が一本折れた。それがサメになったのじゃ。ただし竜の卵から生まれたのではないから、サメを『逆行進化』させてもせいぜいヒドラにしかなれぬ」


 ヒドラは巨大で貪欲な大蛇の魔物である。ごくまれに、人里を荒らして退治される。


「でも、盗賊が全滅したら高貴な血の確保に困るのではありませんか?」

「心配ない! いまやそんな段階は過ぎさった。お前達のお陰で始末する手間も省けて大助かりじゃ! さて、そろそろとりかかるかの」

「私達をどうするんですの?」

「まずはこのまま特別な液体をお前達一人一人にかける。心配するな、衣服を溶かすだけじゃ」


 ものすごく心配に値する。


「それから、お前達の全身に刺青をほどこす。これも、痛くないよう麻酔をかける。刺青はお前達の精神を連結させるためにおこなう。そのうえで……」

「いいっ加減にしてーっ!」


 どこかでドアが開く音がして、クナムの叫び声とともに爆発音が轟いた。


「皆さん、大丈夫ですか?」

「はい。クナムさんですよね?」

「あたしもいるよ」


 ルンの自慢げな主張は、まさに蘇生する思いをもたらした。


「と、いうことはそういうことか」


 カボも、チェザンヌの二重の変身を踏まえて納得できたようだ。


「なんのことだかさっぱりわからぬぞ」


 自称騎士だけは置いてけぼりになっている。


「まず皆さんを自由にしないと」

「ありがとう。たぶん、各自のベッドにスイッチかなにかがあるはずだ」

「わかりました……たぶん、これですね」


 カボの助言に従い、クナムは一人ずつ拘束を解いていった。


 チェザンヌにもクナムとおぼしき足音が近づき、カチっと音がして自由になった。


 身体を起こしてようやく自分達の置かれた環境が理解できるようになった。森にある、カボの小屋なら五つ六つは入りそうな広さの部屋だ。ドアは一つしかなく、開いたままになっている。


 デリグはクナムの魔法で爆裂し、細切れになって消滅した。チェザンヌ達を助けるためだし、そもそも彼女は訓練を受けた魔法使いではない。だからクナムに責任はないのだが、デリグ本人を調べようにもお手あげだ。せめて部屋だけでも調べねばならない。

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